破滅しろ、ボケ!
「リュウジさん……クリムゾン・アイが1位になると信じていたのですか?」
アオイはこの結果をリュウジは知っていたのではないかと思い、そう尋ねた。
「賭け事に絶対はない。だが、キングスナイトに賭けず、クリムゾン・アイに賭けることは、ちゃんと考えて出した答えだ」
「どういうお考えなのですか?」
「まずはキングスナイト。ここ最近、絶好調だったが前回のレースで様子がおかしかった。勝つには勝ったが、勢いがそれほどではなかった。それでレース前の様子を観察していたのだが、足の中指の爪の色が緑かかっていた」
リュウジはそうアオイに説明した。デザートリザードは砂漠に生息する生物だ。リュウジは冒険で何度も遭遇してきた。戦い、撃退し、時には逃げることもあった。その生態は経験から知り尽くしていたのだ。
「緑になるとどうなるのですか?」
「それは脱皮の兆候。そうなると奴らの運動機能は低下する」
「そ、それで……」
キングスナイトが失速した理由が分かった。でも、アオイには疑問がある。なぜ、リュウジは10番人気のクリムゾン・アイに賭けたのか。キングスナイトが負ける可能性が高いと判断したのなら、2番人気のスペシャルウィークなり、3番人気のゾフィーなりに賭ければいい。
「あの蜥蜴は面白い奴でね。レースに出ればほとんどビリ。だが、レースに出られるのは突然勝つことがあるからなんだ」
「突然勝つって……勝率はほとんどないのでしょう?」
「勝率は1割あるかないか。よくて10レースに1度だな」
「ますます、分からないわ。そんな低い確率の蜥蜴に賭けて、よく余裕でしたね」
アオイはそう皮肉を言った。リュウジのことだから、何か調査に基づく理由があったのだと思った。
「あの蜥蜴、クリムゾン・アイという名の由来は、目が燃えるような赤色から来ていると言う……。デザートリザードには種類があってね。ああいう赤い目の種は、ルビーリザードと呼ぶこともある。生息地が限られて、非常にレアなのだ」
「それが1位を取った理由になるのですか?」
「……赤目は特段に能力が高いわけではない。ただ、特殊な性質があってね。満月になると異常に興奮し、その能力は普段の2倍とも3倍になるのだ」
「……今日は確か……満月」
「ちなみにクリムゾン・アイが1位になったレースは、3回しかないが全部満月の日。満月の日のレースに出場するという偶然はそうそうないから、今まで注目もされなかった」
クリムゾン・アイの評価は、その他大勢の引き立て役。ごくたまに1位を取る意外性があるので、レースに出場する機会が与えられるだけの存在である。
「リザードリザードの性質に詳しく、クリムゾン・アイのこれまでの戦績と満月の関係に注目すれば、買えないレースではなかった。現に何人かはクリムゾン・アイに賭けていた幸運な客もいるだろう……俺みたいにな」
そう言うとリュウジは賭け札をアオイに見せた。リュウジは金貨10枚を賭けていたから、その100倍。金貨1000枚を得ることになる。大金貨10枚の利益である。
「ち、ちょっと、待ってくれ!」
不意にニックの情けない声が響いた。黒い服の男たちに取り囲まれている。アオイはその黒服の男たちが誰なのか分かった。
「債権回収部……」
冒険者ギルドの中の借金回収部門の人間だ。本部直属である彼らは、腕っぷしも強く、また、追跡能力も高い。
冒険者ギルドの金融部門は、冒険者に金を貸して利子を取ることを生業にしているが、一般人にも貸して利益を得ることもしていた。国から与えられた貸金免許を有効に使っているわけである。
冒険者ギルドは公的機関と位置付けられているから、利子は低利ではあるけれども、返済が滞った場合は容赦がなかった。
「これでお前は大金貨5枚を返せなくなったことは確実になった。よって、預託金である大金貨1枚は没収。炭鉱での30年無償労働をしてもらう」
黒服の男は契約書のようなものをニックに突きつける。そこにはニックの直筆のサインがあった。
「ま、待ってくれ、返す宛てはある」
ニックは憐れみを乞うような目でアオイの前に立つ。両手を合わせ、そして膝まづいた。
「アオイ、金を貸してくれ。大金貨5枚。今すぐ、頼む。でないと、明日から暗い炭鉱で強制労働をしなくてはならない。な、な、いいだろ。まだ、蓄えはあるのだろう」
「……」
アオイはニックを見下ろす。そして、ちらりとリュウジを見てまた視線を戻した。その時のアオイの目は冷たく、そして感情は一切感じないものであった。
「あなたに貸すお金はないわ」
「いや、何とかできるだろう。君なら今すぐに金を作ることができる。ほら、そこのクエスト調査官に金を借りるとかできるだろう。一晩寝るとか言えば、そのおっさん、喜んで貸すはずだ」
「……」
アオイの視線はますます温度を失う。
「な、頼むよ。そうじゃないと僕は破滅だ。破滅する。頼む、助けてくれ!」
「リュウジさんはそんな人ではありません。私にビタ一文貸すものですか」
アオイの答えにゆっくりと頷くリュウジ。それを見てニックは泣き始めた。みっともないくらいの号泣である。
それでもアオイは動揺することがない。その視線は氷のごとくである。
「頼むアオイ。僕を助けてくれ。お願いだ。僕の借金の肩代わりをしてくれるだけでいい。毎月の給料から返済すればいいだろう。それで恋人を助けられる。君ならできるだろう。ギルドでも評判の優しい人だろ、君は!」
そう言って涙をぬぐい、精いっぱいの笑顔でアオイの手を取った。しかし、アオイはその手を振り払う。
「触らないで。手が汚くなるわ!」
「ち、ちょっと、待てよ、アオイ。僕を見捨てるのか?」
ニックの声にはいつもの張りがない。余裕がなくなったのだ。
「あなたには言いたいことは山ほどあるわ。でも、言わない。たった一言だけしか言わない。よく聞いて!」
アオイの気迫に腰が抜けるニック。それを見下ろすアオイ。ものすごく冷たい視線だ。
「破滅しろ、ボケ!」
「そ、そんな~っ」
交渉が不成立だと分かり、ギルドの取立人が両サイドをがっちり固める。暴れるニックだが、びくともしない。そのまま、競技場の外へと連れて行かれた。
今日中に町のゲートから、ギルド所有の鉱山へ送られるだろう。そこへ行けば、もう町に戻って来ることはない。




