クリムゾン・アイ
「くくく……。おっさんはまったく素人だな。いるんだよな、レース前の蜥蜴の様子を観察して、元気な奴に賭けるって方法。それ無理だから。そもそも、見わけもつかないだろう。そんなんじゃ当たらないよ!」
リュウジは第9レースは見送った。ニックは1番人気が来ず、金貨5枚を失うが、先ほどの勝ちが大きく、終始はプラスである。
第10レース。リュウジは7番人気に10枚賭ける。ニックは金貨10枚を賭けるが1番人気は沈んだ。だが、ニックは上機嫌である。
「くくく……。おっさんは残り金貨40枚。ここまで一度も的中してない。それに比べて僕は3勝。金貨で80枚以上のプラス。この勝負、僕の勝ちだな。今日の僕はもってる、もってるんだよ!」
「もってるねえ……。何をもってるか知らないが、ぼっちゃんよ。レースはあと1つあるぞ」
ぼろ負けしているはずのリュウジは、ひどく落ち着いている。まるで現時点で大勝しているような態度である。
(リュウジさん、全然、いいところがないじゃない。だから、レースの半分で確率の高いのを選ぶように言ったのに……)
アオイは訴えるような目でリュウジを見る。このおじさんに期待した自分が馬鹿だったと思った。
(私は一体、何を期待していたのだろう……)
アオイは絶望感にとらわれる。
「もう僕の勝ちだね。どうやら、最終11レースに逆転を狙っているようだけど、それは無理だね」
ニックはそう言った。もう100%自分の勝利を疑わない。
「元々、この11レースに僕は賭けていたのさ。このレースはガチガチの鉄板レースだからね。1番人気の蜥蜴、キングスナイトは無敗の帝王と呼ばれた蜥蜴。圧倒的勝利はほぼ間違いない。その分、配当は少ないけど、掛け金を多くすれば問題ないからね。それに比べて、おっさんは金貨40枚。キングスナイトにかけたところで、僕を逆転することはもはや不可能!」
ニックは高らかに勝利宣言する。そして、今まで儲けただけの金額を全て1番人気のキングスナイトに賭けた。
「ぶっ!」
ニックは最終レースにリュウジが賭けた蜥蜴を見て思わず噴き出した。それはあり得ない選択であった。
「おやおや、負けが確定して自棄になったのか?」
リュウジが賭けたのは、10番人気の蜥蜴であった。オッズは100倍。今日のレースの中で一番の高配当であるが、勝てる確率はほぼない。こんなところに賭けること自体、勝負を投げているとしか思えない。
だが、リュウジは何も言わない。顔色一つ変えていない。アオイはもうだめだと思った。いくらなんでもそこに賭けるなんて素人でもしない。
「リュウジさん、これはどういうこと?」
「心配するな。最後に勝てば、問題ない」
「でも……10番人気で100倍なんて奇跡が起きないと勝てるとは思えないです」
アオイはそう言ったが、リュウジは顔色一つ変えず金貨10枚を賭けている。残った金貨は30枚。このレースに勝てなかったら、ニックの勝利である。
ニックはここまで儲けた金貨のうち、31枚を残して全部1番人気に賭けた。外したとしても、リュウジが賭けた蜥蜴が1位にならなければ、のこり金貨1枚の差でニックの勝ちが決まる。
さらにニックは勝負とは別のお金で買い増しをしている。かなりの大金である。リュウジにもらった大金貨のほかに資金を調達したようだ。どうやら、彼は11レースに大勝負を賭けるようだ。
「さあ、スタートだ。予想通りの結果でお前は負け、僕は勝利して大金とアオイをいただく。おっさんはそこで悔しがれ」
ニックはそう言って双眼鏡でスタート地点を見る。レースも最終戦ということで観客の盛り上がりは最高潮に達している。
ニックが賭けた蜥蜴、キングスナイトはここ最近の大きなレースで圧倒的な強さを見せて勝利。その強さは盤石であった。
ゲートが開き、10頭の蜥蜴が飛び出した。キングスナイトは5番手につく。レース後半に勝負をかける好位置である。
リュウジの賭けたクリムゾン・アイは、8番手と出遅れた。アオイは天を仰ぐ。どう考えても勝てるわけがない。
「よし、来い、来い、来い……!」
レースは後半に差し掛かる。キングスナイトは5番手。先頭は3番人気のゾフィー。2位は2番人気のスペシャルウィークがつけている。
「キター!」
ニックが両手を振り上げた。1番人気のキングスナイトが大外から仕掛ける。素晴らしいスピードでどんどん順位を上げた。
「そうだ、そのまま、そのまま、いけー!」
観客が総立ちになる。凄まじい歓声がレース場に響く。
「よし、よし、よし……ち、ちょっと、待て、待て、待て……」
勢いづいたニックの声が不意に沈む。それはレース場に押し掛けた観客の歓声が悲鳴に変わったと同時だった。
キングスナイトの勢いが止まった。スピードが落ちる。そして、レース場に新たな驚きの叫びが渦巻く。
「うそ!」
アオイは自分の目が信じられなかった。落ちて行くキングスナイトを抜き去り、大外から思いがけない蜥蜴が駆け抜けて行く。
1着はなんと10番人気のクリムゾン・アイである。
紙吹雪のように舞う掛札。大半の観客の紙くずとなった掛札である。
「嘘だ、これは夢だ、悪夢だ……。このレースは鉄板なんだ。どう考えてもキングスナイトが勝つはずだった。それしかない……」
へなへなと床に崩れ落ちるニック。彼はキングスナイトに全有り金を賭けていた。倍率が低いから大量賭けをしないと儲けがでないからだが、彼はこのレースに賭けていた。これまで損した分を大きく取り返そうとしたのだ。




