ニックの必勝法
競蜥蜴に出場する蜥蜴は、デザートリザードという種類である。これは主に大陸中央部のズハラ砂漠に生息する蜥蜴で、全長は5m。普段は4足歩行しているが、走る時だけ2足歩行する性質があった。
騎手の人間を背中に乗せて2kmほどの距離を全力疾走することができた。基本的に気性は穏やかでかしこく、人間の調教にも従うので、馬に変わって移動手段として用いられることもある。
速く走ることのできる蜥蜴同士をかけあわせることで、より速く走る個体を作り出すことができ、それがこの蜥蜴を競争させて賭け事を成立させるためのゲーム性を高めていた。
デザートリザードを競争させる場所は、町の中心にある専用レース場である。1周2kmのコースはである。開始は昼の12時。レースは全部で11レースが行われる。
「勝負は元金の大金貨1枚。11レース後にどれくらい増やせたかで勝負する。お前が負ければ、大金貨5枚を僕に支払う。僕が負ければアオイは諦める。その条件でいいか?」
「いいだろう」
リュウジはそう返事をした。不安そうな表情のアオイも一緒だ。ニックは勝ち誇ったようにうんちくを語り始めた。
「競蜥蜴で勝つには、長年の経験と勝負勘がものをいうんだ。おっさんはどれくらい経験があるか知らないが、データがどうとか言っている時点でど素人だ。今日はプロの賭け方というものを教えてやるよ」
そう言うと予想屋が発行する新聞を開く。赤鉛筆で丸を付けながら第1レースでどういう組み合わせで賭けるかを考え始めた。
リュウジはというと、レース場のコースを眺めている。砂で覆われた一周2000mのコースの周りは、ギャンブルを楽しむ観客でいっぱいである。収容人数は3千人あるレース場はおおよそ埋まっており大盛況であった。
「リュウジさん、いよいよ始まりますけど、ニックをあまり過小評価をしない方がいいと思います。確かにギャンブルは弱いですけど、運がよくて勝つときもあります。リュウジさんを上回れば大金貨5枚が手に入るのですから、手堅く勝ちにくるかもしれません」
アオイはリュウジに忠告した。仮に元金を下回る結果だとしても、下回り率でリュウジに勝てば大金が手に入るのだ。ずる賢いニックなら、何か作戦を立ててくるかもしれない。
「問題ない」
リュウジはそう言うのみである。第1レースは静観するようで、どの蜥蜴にも賭けないようだ。
「はん……、もしかしたら、ずっと賭けずに僕が損するのを待っているという作戦かい。賢いようだけど、ギャンブルは攻めないで勝てるほど甘くないよ」
ニックは第1レースに本命3番の蜥蜴を1位と予想し、金貨5枚分を賭けた。結果はニックの予想とは違った。2番人気の蜥蜴が1位を取ったのである。だが、ニックは落ち込んだ様子は微塵もない。
「残念。だが、俺の必勝法は11レースをやって最終的に勝てばいいやりかたでね」
そうニックは第2レースにも本命の1番人気に今度は金貨10枚を賭けた。しかし、これも失敗。3番手人気の蜥蜴が1位となり、ニックが賭けた蜥蜴は2位に甘んじた。
それでもニックは3レース目に賭けた。これも1番人気の蜥蜴。金貨20枚を賭けた。そしてついに1番人気の蜥蜴は、多くの観客の期待に応え、ぶっちぎりでゴールポストを通過した。
「やりい!」
ニックはガッツポーズをしてリュウジにどや顔をした。
「予定よりも早く勝てた。どうだ、そっちの方は?」
ニックは配当金を受け取る。2番人気だから、配当は低い。わずかに2倍。それでも金貨40枚を得た。最初の5枚。次の10枚、そして20枚賭けたから、ここまで失ったのは金貨35枚。差し引き5枚のプラスである。
「なるほど……お前はそのやり方で今まで散財したのだな」
リュウジはそう皮肉を込めて行った。言われたニックの方は、その言葉に逆上する。
「貴様はこれまで1回も賭けていないじゃないか。現時点で僕はお前を金貨5枚分上回っている。11レース目だったら、僕の勝ちだ」
「最後まで続けばな」
冷ややかにリュウジはそう述べた。アオイはリュウジの考えがよく分からない。確かにニックの賭け方は、大きな儲けにつながらないが、勝つ確率は大きいように思える。誰もが勝つと予想する1番人気にずっと賭け続けるのだ。
1回や2回は外すかもしれないが、倍々に賭けて行けば取り返せるし、トータルで勝つ可能性が高い。
「リュウジさん、このままではニックに逃げ切られるのでは?」
そうアオイはリュウジに忠告した。だが、リュウジは鼻で笑っただけであった。リュウジはレース前の蜥蜴の様子をつぶさに観察している。それがアオイにはどんな意味があるか分からなかった。
(競蜥蜴はギャンブル。突き詰めれば確率論。倍率は低いけど、当たりやすいところへ倍々と賭けて行けば、取り戻せる……)
4レース目は初めてリュウジは7番人気の蜥蜴に金貨10枚を賭けた。しかし、当たらず。ニックも1番人気が来ず、先ほどのプラスを吐き出した。
「こっちも外れたが現在はプラスマイナス0。それに比べておっさんは金貨10枚のマイナス」
ニックは第5レースに金貨10枚賭けて見事に当てた。倍率は1.8倍だったから、配当は金貨18枚。第4レースで5枚賭けたからプラス金貨3枚。
今回もリュウジは金貨10枚を6番人気に賭けて失敗した。その差は金貨で23枚になった。
「リュウジさん、そんな賭け方じゃ、絶対勝てないんじゃ……」
まだレースの折り返し地点である。アオイはリュウジに手堅い方法に変えることを提案したが、リュウジは首を振った。
そして第6レースもリュウジは10枚を8番人気に賭ける。しかし、やはり失敗。ニックも金貨5枚賭けたが外す。
第7レース。リュウジは7番人気に賭けるが失敗。合計金貨40枚の損失。軍資金はあと金貨60枚となる。
ニックも外したので金貨15枚のマイナス。
第7レース。ニックは金貨20枚を1番人気に賭ける。これも失敗。損失は金貨32枚。9番人気に金貨10枚賭けて失敗したリュウジとの差は、金貨15枚。二人ともマイナス街道まっしぐらである。
「よっしゃあああっ!」
第8レースは1番人気が来た。金貨40枚分を賭けたニックが2.5倍の配当を獲得した。金貨85枚。金貨53枚分のプラスとなる。
リュウジは賭けなかったので、その差は金貨103枚に開いた。ニックは勝ち誇る。
「ここでもう止めてもいいんだ。おっさんは残り金貨50枚。こちらは金貨138枚。圧勝じゃないか。どうだ、ド素人め」
ニックは心配そうに成り行きを見守っているアオイに向かって、舌を出す。
「アオイ、どうやら僕の勝ちのようだ。お前は絶対に離さないからな」
アオイは思わず下を向く。このクズから逃れられないと考えると恐ろしさで体が振るえてしまう。
リュウジはそんなニックの憎たらしい態度に顔色一つ変えない。相変わらず、レース前の蜥蜴の様子をつぶさに観察している。




