男の証明
「だ、大丈夫か……」
「え、ええ……」
ルインは握ったサラの手に力を込めた。そうしないと手が離れてしまいそうであった。力を込めたとはいっても、力は思うように入らず、せいぜい布を掴むのが精一杯の握力であった。
落ちる途中でサラは鉄化魔法を唱えた。手を握っていたからサラの鉄化はルインにまでつながり、二人は地下奥底の水面に落ちた。
落下までの距離があったため、相当の衝撃であったが鉄像になった二人には問題がなかった。
最初の衝撃で鉄化が解けた二人は、体が麻痺したまま水に浮かんでいる。腰と前にしたリュックに入った殻の木樽の器の浮力で上半身と下半身が浮いている。
麻痺して体に力が入らないことも有効であった。水に浮かんで呼吸ができたからだ。
水が地熱で温められ、温かったことも幸いした。これが冷水であったら、体に力が入るようになった30分後まで耐えられなかったであろう。
岸に上がった2人は、身に着けてきた木樽を岩陰に捨て、山と積まれた宝には目もくれずゲートの魔法で脱出した。
脱出した先は嘆きのダンジョンがある森の東の端。そこから歩いて村に行き、定期馬車に乗って東の町トヨハへと向かった。
ここにはサラの修行先の修道院があった。ここに1か月ほど身を潜め、国を出るための準備をしていたのだ。
*
「サラさん、ルインさん、冒険者ギルドの方が訪ねて来ていますが」
僧侶見習いの少年が2人にそのことを告げた時、2人は固まった。今日、身を潜めていた僧院を出て東の町へ旅立とうとした日だ。
「冒険者ギルド……ど、どんな人だ?」
ルインは恐る恐るそう聞いた。見習いの少年は若い女性と中年の男だと告げた。面会の拒否などできない。何しろ、この僧院では冒険で負ったケガを治すという理由であったからだ。
冒険者ギルドに追われているなどと思われたくはない。
「ルイン・ソードさんとサラ・オードリーさんですね」
ルインの前に現れた女性はそう事務的に聞いてきた。頷くしかない二人。
「私はワミカの町の冒険者ギルドの職員アオイと言います。こちらはクエスト調査官のリュウジ調査官です」
「ク……クエスト調査官?」
ルインはたらりと汗が頬を伝うのを自覚した。クエスト調査官のことを知らないわけではない。ルインが知っている範囲内では、自分たちのことがクエスト調査官に調査されるとは思えなかった。
「君の父親の伯爵が調査依頼をかけたのだ。運がなかったな」
「そ、そんな……」
ルインとサラは思わず腰を落とした。冒険者ギルドの職員が来たということは、自分たちのやったことも全てばれてしまったということだ。
「あなたがたのやったことは、パーティの仲間に対する裏切り行為です。理由はあるかもしれませんが、死んだことにするなんて許されません」
アオイの言葉は強い。不正を許さないと言う気真面目さがそうさせていた。ただ、2人がそんなことをした理由は予想がつく。だから、それ以上は悪態をつくことができなかった。
「み、見逃してもらえませんか……」
「お願いです……」
抱き合っていた2人は意を決してそうアオイとリュウジに懇願した。だが、リュウジはゆっくりと首を横に振った。アオイも任務上、見逃すことはできないと唇を噛んだ。
心情的にはそうしたいが、ソード伯爵の依頼は正式に冒険者ギルドにされたもの。伯爵は相当な代金を支払っていた。それを捻じ曲げるわけにはいかない。
「それはできません。冒険者ギルドの信頼に関わります」
「……何も全てを離して見逃してくれとは言ってない。僕たち2人を死んだことにしてくれるだけでいいんだ。お願いだ、お願いします!」
そうルインは懇願した。サラも両手を合わせている。だが、リュウジの返答は冷たかった。一緒にいたアオイもそんな言い方をしなくても……と思ったほどであった。
「できない。もう伯爵には報告してある。間もなく、ここへ来る予定だ」
「そ、そんな……」
放心状態のルインとサラ。伯爵がくればもう逃れられないだろう。ルインは拘束されて伯爵家へ連れ戻されるだろう。
「坊ちゃんよ……情けないなあ」
追い打ちをかけるリュウジ。ルインはますますうなだれる。
「女一人も守れないのか、お前は……」
「ぼ、僕は……貴族なんかになりたくないんだ……サラと一緒になりたい」
リュウジは突然、ルインのむなぐらを掴んだ。そして顔を近づける。目は鬼の形相である。
「だったら、死ぬ気で伯爵を説得しろ。お前たちは嘆きのダンジョンの最下層まで落ちたのだろう。あの恐怖に比べればそのくらいできるはずだ!」
「そ、それは……」
「言い訳するな、坊ちゃんよ。好きな女を守れないようじゃ、男じゃない」
そう言うとリュウジは掴んだむなぐらを離した。ルインはサラをそっと見る。灰色の髪が小刻みに震えている。手を伸ばしてそれに触った。サラの温かさが伝わってくる。
「サラ……」
「ルイン……」
「サラ……僕はやるよ。おじいさまを説得する。できなきゃ、本当にここで死ぬつもりでやるよ。一度は死んだことになったんだ。2度目も同じだ」
「ルイン……死ぬときは私も一緒よ」
僧院の表玄関に大型の馬車が到着した音が伝わった。リュウジは踵を返した。アオイも慌ててその後を追う。
怒り心頭でルインの元へ急ぐガルマ伯爵とすれ違ったが、リュウジの歩みは変わらなかった。
「意外と優しいのですね……」
冒険者ギルドの馬車に乗ったアオイは正面に座り、目を閉じているリュウジにそう話しかけた。
「なにがだ……」
ぶっきらぼうにそう答えるリュウジ。アオイはクスリと笑った。リュウジがルインを励ますとはアオイも思っていなかった。
「ルインさんを励ましたことですよ。リュウジさんに言われると説得力があります。好きな女を守れないようじゃ、男じゃないってところ」
「……」
「リュウジさんは男ってことですものね」
「いや……俺は男じゃない……」
アオイの言葉にリュウジはそう呟いた。アオイは意表を突かれてリュウジを見た。
「俺は好きな女も守れなかった情けない男だ」
そう言うとリュウジは黙った。その顔がどこか悲しそうだとアオイは感じ、それ以上、リュウジに尋ねることはできなかった。
聞いても恐らく、リュウジは答えてくれないであろう。
ただ、アオイは確信していた。リュウジがいつも首から下げている猫の置物。あれが関係しているのだと言うことを。




