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異世界ぼっち酒 ~クエスト調査官リュウジの事件簿~  作者: 九重七六八
第2話 御曹司のダンジョン転落死事件
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婚約と計略

「サラ……僕と結婚をしてくれ」


 ルインは冒険者宿の安ベッドに腰かけている女僧侶に跪いて、指輪を取り出した。結婚を承諾してもらうために男は、自分の年収と同じ価値のある宝石の指輪を女性に贈るのがこの世界の慣例となっている。


「は、はい……お受けします。ルイン……」

「ああ……サラ、夢みたいだ……」


 指輪の入ったケースを手に取った砂色の髪の女僧侶をルインは抱きしめた。

 サラもその抱擁に応える。やがて、体を少し離した2人はゆっくりと口づけを交わした。


「でも、ルイン……。おじいさまやおじ様たちは、私のことを認めてはくださらないのでしょう?」


 口づけを終えたサラは、そう心配そうに2つ年下の青年にそう尋ねた。長い金髪の髪を揺らす王子顔の伯爵の孫は、そんな婚約者の心配を振り払った。


「僕はソード伯爵家を捨てるよ。ただの冒険者ルイン。伯爵の孫じゃない僕でも愛してくれる?」

「もちろんよ。私が好きになったのは伯爵の孫じゃない。冒険者ルインだもの」


 サラはそう答えた。これは心の底からの正直な気持ちだ。ルインを好きになってから1年経つが、彼が貴族出身ということは最近まで知らなかったからだ。

 ルイン・ソードはソード伯爵家の出身。現在の当主の孫にあたる。ただ、ルインは父親が市井の娘に産ませた私生児であった。

 育ててくれたのは母のみ。父は時折訪ねて来て、生活費を置いていくだけであった。そうやってルインは15歳まで庶民の町で育てられた。

 母が流行り病で亡くなり、駆け出しの冒険者になったルインにある時、ソード伯爵家から迎えが来た。

 父が急死し、隠居していた祖父が伯爵家の当主に再びつき、ルインを後継者に指名したのであった。

 ルインは伯爵家に入ったものの、あまりにも考え方も生活のしきたりが違い、戸惑った。一番、嫌だったのはどこぞの貴族の令嬢と結婚させられそうになったこと。

 その貴族令嬢は、ルインの庶民丸出しの物腰を鼻で笑い軽蔑しつつも、伯爵夫人になるためにルインとの結婚を承諾したのだ。彼女はルインのことなど見ていない。目も合わせなければ、1m以内に近づこうともしなかった。

 そんな境遇を拒否し、冒険者となってルインは生きているという実感を味わうことができた。もうあんな狂った社会では生きていきたくないと思っている。

 だが、祖父であるガルマ伯爵の力は侮れない。自分がいくら拒否しても、抗うことは難しい。


(ならば、死んでしまったことにしよう……そしてサラと駆け落ちする)


 そう考えるのは自然であった。冒険者ならクエスト途中で死ぬことは珍しいことではない。


「でも、ルイン。偽装してもばれてしまうのでは……」


 サラはそう心配した。サラが言うとおり、仲間の冒険者まで欺くのだ。偽装は相当な準備と場が必要であった。


 2人が以前から温めていた駆け落ちの計画を現実のものにするきっかけになったのは、ギルド内の食堂である人物に出会ったからだ。

 その人物は酷く酔っぱらっていたものの、話していることは具体的で信じるに足りるものであった。

 オドという名の老齢の男は、僧侶をしており冒険者レベルはD。どこにでもいる聖魔法が使える冒険者である。


「これは本当のことだ……嘆きのダンジョンの地下5階にある岩の裂け目は最下層まで続いているのだ……」

「最下層……あそこはまだギルドでも地図は公開されていないが」

 

 酔ったオドにルインはそう尋ねた。オドは下を向いて歯をカチカチと鳴らし、手に持ったグラスから酒を少しだけ飲むと、淀んだ目でルインとサラを見た。


「最下層だ……間違いがない。俺とサイノスが実際に落ちたのだ」

「落ちた?」


 サラは優しくそう聞き返した。5階から最下層に落ちたのなら、体が無事であるわけがない。


「最下層には湖がある。深さは十分だが、高さがありすぎて不用意に落ちれば大怪我を負う。運が悪ければ即死だ」

「あなたは大丈夫だったのですか?」

「ああ……俺とサイノスは運がよかった。他の連中はダメだった」


 そういうとオドは声を落とした。岩の裂け目に落ちたオドのパーティは5名。かなりの高さから落ちたために、水面にたたきつけられた3名はそのまま即死したという。偶然、足先から落ちたオドとサイノスは少しの骨折と打撲で済んだのだという。


「それであなた方はどうやって脱出したのですか?」

「最下層には脱出用のゲートがあったのさ。それがなければ、こんなところで酒なんて飲んでいない」

「サイノスさんという方は、どちらに?」


 そうサラが聞くとオドの顔色がみるみる変わっていった。そして歯をカチカチと小刻みに鳴らした。


「死んだ……奴は死んだ……恐ろしい……俺は恐ろしい」

「落ちた時のケガで亡くなられたのですか?」

「違う。奴は俺よりも軽傷だった。軽傷だったから欲張りやがった。あんなバレバレの罠にかかって……」

「罠?」

「そうだ……罠だ。いいか、あそこへ行ったら絶対に欲を出すな。すぐにゲートで逃げるんだ。俺みたいに……そうすれば生き残れる」

「そのことはギルドに報告したのですか?」


 そうルインは聞いた。嘆きのダンジョンは冒険者ギルドのクエスト依頼にある。オドが話したことは貴重な情報のはずだが、どこにも書かれていなかった。嘆きのダンジョンは、地下5階までの途中しか地図の公開がなく、情報も不確かなものしか知られていない。


「してない……できるものか……」


 オドの話を聞いてルインは口をつぐんだ。オドたちが冒険者ギルドを通さない違法な行為をしていたのだと確信したからだ。

冒険者ギルドがクエストを公開しているフィールドには、登録した冒険者しか活動を許されていない。ギルドは冒険者の獲得した利益の原則4割程を徴収するのだ。冒険者の収入は冒険途中で獲得したものの6割とクエスト達成報酬となる。

 冒険者ギルドが4割も取るのは暴利を貪っているようであるが、フィールドの調査、冒険者の捜索、救難等のサポートをしているから、これは必要な経費と言うべきであろう。

 ほとんどの冒険者はクエストを行う時には、冒険者ギルドを通して許可証をもらう。許可証をもらうことなくフィールドに侵入して冒険する行為を「モグリ」という。モグリをした冒険者は、フィールドで得た利益を全て独占できるが、もし、冒険者ギルドに知られれば厳しい罰を受ける。

 冒険者登録の剥奪。これをされると冒険者はギルドで仕事を斡旋してもらえなくなる。二度とまともな冒険者にはなれない。

 それでもモグリで続けていると冒険者ギルドから刺客を送られて殺されてしまうとも言われているが真意は分からない。

 いずれにしてもオドたちは、おおっぴらに言えないことをしていたのだ。パーティが全滅したからと言って救出部隊は派遣されないし、調査も行われない。

 しかし、ルインとサラにとっては貴重な情報であった。地下5階までは地図も公開されているし、自分たちも近々、このダンジョンに臨む予定だったからだ。

 ルインはオドに金を支払い、詳しい情報を聞いた。岩の裂け目の幅、オドたちが落ちた場所を地図に落とし込んだ。


「これはうまく行くかもしれない。戦闘途中に事故を装って岩の裂け目に落ちるんだ」


 ルインは計画をサラに打ち明けた。問題は30m以上下の水面である。15mくらいで水深が5m以上あれば安全であるが、30m以上となると危険が伴う。

落下スピードにより、水面は石畳のようになり即死もありえる。

 実際にオドのパーティも3人が死んでいる。足から落ちて接地面を最小にしても大けがする可能性がある。腹から落ちれば死は免れない。重傷を負っても水の中だ。そのまま溺れ死んでしまうだろう。


「ルイン、衝撃についてはよい考えがあります」


 そうサラがルインに提案した。それは『鉄化魔法』の活用である。鉄化した体は水面との衝突を耐えることができる。ただ、その衝撃のあと鉄化は解除されるから、そのままだと溺れてしまう。

 なぜなら、鉄化魔法が解けた直後は最低でも10分ほどは体が動かないのである。


「このような小さな木樽を腰に装着してはどう。しばらくは水に浮いて体の麻痺がなくなるまで浮いてられます」

「なるほど……」


 木樽は飲み物を携帯するときに使う器で、市場に行けばいくらでも手に入った。長さは20cmほどで1リットルほどの水を入れられる。

 2人は木樽を使って体が仰向けになってしばらく浮いていられるようにするにはどのようにすればよいか試行錯誤した。

 背負い袋に5本ほど空の木樽を入れ、腰に2本。足に2本付けると十分な浮力を得られることを確かめた。


「落ちる際に背負い袋を前に替えれば十分浮いていられる……」

「これでうまく行くといいけど……」


 後は仲間に不審がられないようにすることだ。2人は嘆きのダンジョンに向かう前に行った小さなクエストで、水分補給係りを買って出て、木樽に水を入れて運んだ。最初は重かったが、冒険が進むにつれて水を飲むため、最後は空になるから楽に持ち運べた。

 嘆きのダンジョンへ行く前に2回ほどこれを行ったので、仲間からも木樽のことは不審に思われなくなった。


 そして二人は作戦を決行した。

 地下5階でショートカットのためにロープで簡易な橋を設置するように意見した。行った先でアンデッドの群れと遭遇し、撤退を余儀なくされた時に殿を買って出たのも作戦であった。


「ここは俺たちで防ぐ。先につり橋を渡って逃げろ」

「分かった、ルイン、サラ、頼む」


 グールの群れだけなら何とかなったかもしれないが、それを統率する死霊の騎士が厄介であった。既にここまでで十分な戦利品を得ていたルインたちが無理をする必要はない。


「危ないぞ、グールの吐しゃ物はロープを溶かす」


 先に渡った仲間が叫ぶ。時間稼ぎをしたルインとサラはつり橋を渡り始めた。吐しゃ物がロープにかかる。じりじりと溶けるロープ。

 岩の裂け目を半分以上渡り切ったサラとルイン。仲間は二人が渡りきるものだと思った。一人は手を伸ばし、サラの手を掴む寸前であった。


「わ、わあああっ……」

「き、きゃああああっ……」


 バランスを崩したルインがサラの肩を掴んだ。掴んだロープを離した2人はそのまま漆黒の闇の中へと落ちて行った。

 無事を祈って叫び続ける仲間たちの声は虚しく虚空の裂け目の穴に響いただけであった。


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