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異世界ぼっち酒 ~クエスト調査官リュウジの事件簿~  作者: 九重七六八
第2話 御曹司のダンジョン転落死事件
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白ワインとカサゴの煮込み

 海辺の小さなバル。

 くたびれた様子の中年男が外に続くテラスのテーブルに、猫の首飾りを置いてぼーっと座っている。夕日に照らされてオレンジ色の景色の中で、海風の潮の匂いが心地よい。


「リュウジ……久しぶりに会えたクゲ。名無しで残念だったにゃ……」

「ああ……。残念だった。今度こそ、お前を助けてやれると思ったのだが」

「うちのことは忘れるにゃ。名無しならともかく、もっと階位が高い奴だったらリュウジが勝てる保証はないにゃ」

「……勝つさ。絶対に勝つ。そのために、俺は今まで生きてきたのだ」

「ぼっち酒を飲みながらにゃ」

「寧音、ぼっちじゃない。お前がいるじゃないか」

「照れるにゃ……」


 独り言をしゃべっている中年の男に、ホールスタッフの女性は注文を取る言葉を飲み込んだ。明らかに困惑している。それでも注文を取らないわけにはいかない。


「あ、あの……飲み物のご注文は?」

「……ワインをもらおう。本日のおすすめは何だ?」

「本日の赤と白がありますが……」

「そうだな……白にしょう」


 リュウジは即座にそう答えた。すかさず、寧音が茶々を入れる。


「さすがにリュウジも任務後には、血を連想させる赤ワインは注文しないにゃ」

「……そういうわけじゃない」


 そうリュウジは答えたが、嘆きのダンジョンの最下層。アンリたちAランク冒険者パーティが壊滅的な打撃を受けた。

死んだ冒険者たちが流した鮮血は、ワインの赤い色と同じであった。

アンリたちの件は、クエスト調査官のリュウジがその場にいたので、調査は行われない。そして、その理由も『強敵の出現』の一言で片づけられた。『クゲ』の言葉は伏せられた。

その名前は一般冒険者には知らされていない。人間を超越するその存在は、冒険者ギルドや国の一握りの上層部にしか知られていない情報なのだ。


「本日の白ワインです。ユクトク地方のブドウで造ったワインです。熟成2年と若いですが、その分、鮮烈さとフルーティな香りが楽しめます」

 ホールスタッフにそう説明されて、リュウジは広めのグラス口に鼻を近づけた。花の香りのように心が落ち着いていく。


「いいね……」


 香りを楽しんだ後、リュウジは一口飲んだ。ほどよい酸味が舌を刺激する。

ワインはブドウを原料とした酒。人間の歴史上、もっとも古い酒と言われる。

ぶどうを原料としていれば、ワインとなるがその他の果物なら果樹酒と言われる。ワインもアルコール度数や加えるものによって、別の酒となる。

 ワインの白と赤は、醸造工程の違いで生まれる。赤は破砕したブドウをそのまま発酵させて作る。白は圧搾し、果汁のみを発酵させるのだ。

 白ワインには甘みの度合いで極辛口、辛口、やや辛口、やや甘口、甘口、極甘の6種類に分けられる。

 リュウジの飲んでいる白ワインは、食中酒で甘みを抑えたやや辛口にあたるものであった。


「白ワインを飲んでいるのでしたら、魚料理の一品をつまみにいかがですか?」


 そう緑色の洒落たエプロンを身に着けた店主がそう声をかけた。

 店頭には魚市場で仕入れた魚が積まれていた。何種類かの魚があったが、リュウジはその中で『カサゴ』を挙げた。


「それではカサゴの煮込みを作りましょう」


 店主は微笑んでそう応えた。氷の上に置かれた新鮮なカサゴを手に取ると、店の中へ入っていく。

 料理が出来上がるまで、ワインと共につまむ3種類のチーズが出される。それをちびちびかじり ながら、太陽が海へ沈んでいくのを眺める。

 カサゴの下ごしらえは難しくはない。まずは包丁の背で尾から頭に向かってうろこをはがす。ペキペキと音を立ててうろこが剥がれていく。

 次は腹に包丁を入れる。腹からわたを取り出す。そして今度はえら。えらぶたを開いて包丁で切り落として取り出す。

 後は水できれいに腹の中を洗って水気を拭きとれば、カサゴの下ごしらえは終わりだ。

 店主はさっそく調理にかかる。まずは塩コショウを振って、薄力粉を軽くまぶす。フライパンにオリーブ油を入れてカサゴを投入。焼き色を付ける。

 オリーブ油によってカラっと表面が焼けたカサゴと塩水に着けて十分砂出しを終えたあさりとはまぐり、ケッパーにブラックオリーブを鍋に入れる。

 ここへ、水と白ワインを入れて強火にかける。やがて沸騰するが、ここで火を弱くしてスプーンでアクを取り除く。

 あさりとはまぐりがパカーンと口を開き始める。そうなったら取り出す。火を入れ過ぎると貝の身が固くなるからだ。

 ここまでしたら鍋に蓋をしてじっくりと煮込む。約20分ほどで煮込みは完了だ。

 そうしたら、今度は魚を取り出す。残ったスープは貝や魚の出汁が十分出ている。

 そこへオリーブ油と塩、こしょうで味を調え、貝類を加えて温めて皿に盛った魚にかける。プチトマトを散らせば完成だ。


「お待たせしました。カサゴの煮込みです」


 店主自ら運んできた至高の魚料理は、潮風の中で体の中から食欲を奮い立たせるものであった。

 既に2杯目の白ワインを舐めるように飲んでいたリュウジは、3杯目を注文すると運ばれてきたカサゴの身をフォークで突いた。

 プリンとした感触がフォークの先に伝わり、突き刺して空いた穴から魚のスープがあふれ出す。


「リュウジ、これはたまらないにゃあ……」

「ああ……これはたまらん」


 リュウジはフォークの先で切り取ったカサゴの身をスープによく絡めて、口へ運ぶ。

 口に入った瞬間に魚介のスープが爆発する。


(う、うめええええええっ!)

(お、美味しいにゃあ……)


 リュウジと寧音は心の中で同時に叫ぶ。さらにアサリとハマグリの身を口に運ぶ。これは噛むと濃厚なスープが口に広がる。


「ぐあああああああっ!」


 思わずリュウジは天を仰いだ。

 今回の任務はリュウジには複雑な結果となった。クエスト調査官としての任務は問題なく解決したが、戦神との戦いは不本意であったからだ。


「やっぱり、ここにいましたね!」


 リュウジがカサゴの煮込みに舌鼓を打ち、白ワインを楽しんでいるのを見つけた人物がいる。

 リュウジには最近、よく聞きなれた声である。


「リュウジさん、まだ調査の結果が出ないのに、お酒を飲みに出られては困ります」

「アオイか……。無粋なことはするな。今は仕事後の一人酒を楽しんでいるのだ」


 リュウジはそうアオイの名前を呼んだ。今まで名前で呼ばれたことがなかったので、アオイはびっくりした。

 だが、それはリュウジが自分の仕事を認めてくれた証拠だと思いうれしくなった。リュウジを観察していたアオイは、彼が相手のことを名前で呼ぶのは、その仕事ぶりを認めた時だけだと知っていたのだ。

 最初は嬢ちゃんと呼び、途中から統括官と職名で呼んでいた。調査のサポートを地道にしてきたアオイだったが、それがリュウジに評価されたということだ。


「リュウジさんの言う通り、パメラ教の僧院が嘆きのダンジョンの近郊にありました。そこに2

週間前から女僧侶と若い男性が滞在しているとのことでした」

「やはりな……。恐らくほとぼりが冷めるまでその僧院に隠れているだろう。場合によってはケガをしてそれが完治するまで、滞在していると見た方がいい。そうなるとそろそろ移動する頃だろう。その辺のところは抑えてあるのだろうな」


 リュウジの質問にアオイはにっこりとほほ笑んで答えた。


「もちろんです。今は僧院に人を配置して監視下に置いています。さらに僧院がある村には定期馬車が週3度来ていまして、その行先は南の大都市ヘキーナ。来週初めに出る定期馬車の予約をしていることが分かっています。村から出る前に確保は確実かと……」

「アオイ、手際がいいな。それなら、俺がここで飲んでいても問題はないだろう」


 リュウジはグラスに残ったワインに口をつけ、そしてカサゴの身をほおばった。


「問題はあります。リュウジさんは、2人が生きていて近くの僧院に潜伏している可能性があるとだけ伝えただけで、詳細な報告をしていません」

「書面で書いたつもりだが……」

「簡単すぎます。それにクエスト調査官への聞き取り調査は義務付けられています」

「では、主義には反するが、ここで聞き取りに応じよう」

「こ、ここですか?」

「ああ。もうすでに酒を飲んでしまっている。酒が抜けてというのなら、明日になるが」

「一刻も早く必要なんです!」


 アオイはそう言うとリュウジの対面に座る。手を上げてホールスタッフを呼んで、飲み物を注文した。


「それでは、リュウジさんがルインとサラが生きていると判断した理由を教えてください」


 やがて運ばれてきたシナモンティーをテーブルに遊ばせながら、アオイは調査書を作成するためのメモ用紙を広げたのであった。


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