クゲという名の……
「……な、なんだ……こいつは!」
アンリたちですら、初見のモンスターであった。いや、モンスターと言えるかどうか。なぜなら、それは人語を話したのだ。
「人ヨ……ヒザマヅケ……ワレハ従7位……クゲデアル……」
「従7位ってなんだ。公家だと……」
「召喚されたモンスターが人の言葉ををしゃべるだと!」
アンリは聞きなれない言葉に戸惑った。大魔法使いのハイネは警戒を露わにする。人の言葉をしゃべるモンスターは、ほぼ強敵である。
「ちくしょうめ!」
ガストンが戦斧を構えるが、攻撃に出ることができない。そのクゲと称する生物から発せられる気の圧力に、体が硬直しているのだ。
これはガストンだけでない。アンリも老魔法使いも神官長もアサシンも同様である。黒いオーラをまとうそれに魅入られたように呼吸すらできない。
「人ヨ……我ノ言葉ガワカラヌノカ……ヒザマヅイテ、非礼ヲワビヨ。サスレバ、苦シマズニ、殺シテヤル。ナンジノ魂ハワレニ食ワレ、輪廻カラ解放サレル」
「何を言っているのだ。貴様は誰だ。何なのだ!」
やっと、アンリがそう叫んだ。
「死ヌガイイ……下等生物ヨ」
公家と名乗った人型の生物は、右手を前へ突き出した。青い鱗で覆われたその右手には長い爪が赤く不気味に光る。
「まずいぞ、魔法の詠唱をしている!」
ウィザードの老魔法使いがそう警告する。すぐさま、神官の男が魔法攻撃からパーティ全体を守る防御魔法を唱える。
「老師、倍化の呪文。神官長、ガストンとアサシンの武器に祝福を……」
アンリはそう命ずる。目の前のモンスターが、普通の武器では効果がないと判断したのだ。
「全テ、凍リツキ、時ヲ止メルガヨイ……神ノ奇跡……氷結流水」
右手を中心に氷の粒が無数に出現する。やがて、それが水しぶきと共に向かって来る。氷結系の魔法である。それもかなり強力な魔法である。
まともに受ければ、骨まで凍り付き、一瞬で壊死してしまうだろう。
だが、神官の唱えたマジックガードが発動し、見えない障壁で弾き飛ばす。
同時に攻撃力を2倍にする老魔法使いの魔法がアンリとガストンに放たれる。
「いくぞ!」
「うおおおおおおっ……」
アンリとガストンが飛び掛かり、剣と戦斧で斬りかかる。だが、その刃先がモンスターの衣に触れるか触れないかの距離ですさまじい反発を喰らう。
続いて接近戦を挑んだアサシンの短剣による一撃も跳ね返された。
「愚カナ人ドモ……我ニソノヨウナ攻撃ガ通ジルモノカ」
「こいつ……魔法障壁を備えてやがる……」
弾き飛ばされたアンリは、辛うじて体勢を整えて次の攻撃態勢に入る。
「それだけじゃないぜ。魔法の無効化もしやがる」
同じように再び戦斧を構えたガストンがそう低い声でつぶやいたのは、老魔法使いのファイアーボールの魔法が弾き飛ばされたからだ。
「アンリ、こいつはデーモン族だ、デーモン族に間違いがない」
神官長と呼ばれていた男がそうアンリに向かって叫んだ。
『デーモン』。神に対抗する力を備えた闇の存在。一説には元々は地方で崇められた神であったと言う。神々の戦いに中で敗れ、闇へと落とされモンスターと化したと言われている。
元神であるから、その能力はモンスターの能力を軽く凌駕していた。ありとあらゆる魔法の詠唱。
皮膚は固く、通常の武器では傷つけることもできない。そもそも、体全体に常時、防御魔法を発動しており、金属の武器を弾く。
だが、自らを「クゲ」と名乗ったデーモンは、固い皮膚を持っているようには見えない。小柄な人型で体は頑強でもない。ただ、ひらひらとした位袍を身に着けているだけである。
「デーモンだからと言っても、魔法無効化は100%ってわけでもない。老師は攻撃魔法による攻撃を続行。神官長は回復魔法に専念。ガストンとアサシンと僕で倒す!」
アンリはそう指示すると、息を深く吸い、そして吐き出した。
「ゾーン……発動まで3秒……」
老魔法使いの光の矢の魔法がデーモンに炸裂する。無数の矢はやはり魔法障壁の前で弾かれたが、そのうち1本だけが位袍に突き刺さった。
赤色の液体が飛び散る。魔法攻撃も全く効果がないわけではないようだ。ただ、苦痛の叫び声を上げるでなく、まったく動じる様子がない。
「準備完了!」
同時にアンリが動く。その動きは常人の目ではとらえられないスピード。剣が鞭のようにしなやかに切っ先の軌跡を描く。
「おりゃああああっ……」
アンリの剣が回転する。デーモンの左肩から胸にかけての一閃。だが、その攻撃すら弾かれる。同時に戦士ガストンが両腕を交差させてから左右へ払ったが、それも虚しくされる。同じくアサシンが放った弓矢も弾かれた。
「ば、ばかな……ありえない」
後方へ下がったアンリとガストン。自分たちの最大の攻撃は、薄緑の位袍に穴をあけることすらできない。
「だめだ、それでは奴は倒せない!」
後方で見ていたリュウジは思わずそう叫んだ。指先に血が通う感覚が戻ってきた。あと5分もすれば動ける。
リュウジの言葉は、ただ単にクゲの防御力が高いことだけを指してはいなかった。リュウジは知っている。クゲと呼ばれるモンスターの本当の恐ろしさを。
アンリの目の前で信じられない光景が広がっていく。
辛うじて魔法の矢で傷つけた肩の傷がみるみるふさがっていく。飛び散った赤い血も戻っていく。
「下等生物ガ……玉体タル、神ノ体ヲ傷ツケタ罪……万死ニアタイスル」
「さ、再生能力まであるのか!」
驚くアンリ。再生能力のあるモンスターと戦ったことがないわけではない。だが、目の前の再生力は信じられないスピードなのだ。
「ちくしょう、早く破壊しなければ。気を付けろ、敵は奴だけではない!」
リュウジはそう声を振り絞るように出したが、その声は虚しく岩壁に跳ね返されるだけであった。




