最下層
「リュウジ……グールにロープを切られて落ちたということは、この事件は事故ということかにゃ……」
アンリたちが去り、再び、5階エリアに静寂が戻った。再び、冒険者が落ちた現場を見て、これまで沈黙していた寧音がしゃべった。
「寧音、そう結論づけるのはまだ早いな……これを見てみろ」
リュウジはロープの切れた場所を示した。切れて垂れさがったそれは対岸に近いところで溶かされている。
「う……どういうことかにゃ?」
「グールはつり橋を渡る二人めがけて胃酸を吐いた。それが対岸に近いということは、2人はつり橋のかなり対岸に近いところにいたと推測できる」
「なるほどにゃ……。その位置なら切れる寸前に対岸へ跳べるにゃ」
「それをしなかったということは……」
リュウジはつり橋のロープを回収する。3本をつなぐと30mほどになった。その先端に石を結びつける。
「これで深さを確かめる」
真っ暗な裂け目にロープを落とす。石の重みで落ちて行く。そしてやがてかすかな水音がした。それをリュウジは聞き逃さない。
「高さは25mってところだ……下は水が溜まっている……深さは……5mというところか」
石が水底に着いた感触がリュウジの手に伝わる。着水してから、送り出したロープの長さで水の深さを推測する。
水の深さが5mあれば、水底に激突して死ぬことはないが、25mの高さから飛び込むのは危険である。
「このダンジョンの未確認情報だが、どうやら正しい情報だったようだ」
アオイから入手したダンジョンの情報の中に、まだ確認できていないものがいくつかあった。その一つが最下層には湖があるというもの。
「どうするにゃ……」
「危険だが、降りてみよう」
リュウジはロープを2本準備する。一本は体に縛り付け命綱とする。そして水底まで垂らしたロープを握り、壁伝いに慎重に降りて行く。
「リュウジ、気を付けるにゃ。下は水があるけれど、どうなっているか分からないにゃ……」
「ああ……分かっている」
ダンジョンの地下にある湖。真っ暗で視界がないところで、水に落ちるほど危険なことはない。
しかも水温が冷たかった場合、すぐに陸に上がらなければ死に直結する。
こんなところへ、女僧侶と一緒に落ちたルインが生きているとは誰も思えないだろう。
足をかけた壁は10mほどでなくなり、あとは1本のロープ伝いに水面まで降りたリュウジ。ロープにぶら下がりながら、周りを偵察する。
直径は100mほどあろうかという丸い形の湖が広がる。外延部には人が歩ける通路がある。
一か所に他のエリアとつながっていそうな通路も見えた。おそらく、ここはこのダンジョンの最深部。目的地なのだろう。
湖には飛び石のように平らな岩が通路のように置かれていた。それは湖の中心部まで伸びると2方向に分かれている。
1つは金貨や宝石が山と積まれた広場につながっている。もう一つは青白く輝く床の小さな広場に行く。
この青白い光でこの最深部のエリアは、視界が確保できた。
「水の温度はさほど冷たくはないようだ……」
ロープ伝いに水面近くまで降り、手で水を触ったリュウジは、地下に広がる湖が地熱でほどよく温められていることを確かめた。
これなら入っても体温を奪われる危険はない。そろそろと湖に体を沈め、ここまで安全を担保していた命綱を切ると、近くの飛び石に向かって泳いだ。
すぐに陸へ上がる。水は心地よかったが、ダンジョン最深部の湖だ。厄介なモンスターが生息していてもおかしくはない。
水温は高いが陸に上がれば、やがて体を冷やす。リュウジはすぐに外延部の通路まで移動し、大きな岩の影に身を隠した。
そこで着ていた装備を外して裸になる。濡れた服を着たままでは、体温を奪われて体の動きに支障をきたす。
服を絞って岩に広げると、リュウジは改めて湖を観察する。物音しない無音の空間に広がる湖。
どこからか水が流入してきているはずであるが、その音もしない。水底にある水脈から水が漏れだして、この湖を作っているのであろう。
「ここへ落ちた2人は鉄化魔法で、水面への激突の衝撃を緩和した……。元に戻ってもしばらくは体は動かせない。何かにつかまってしばらく浮かぶしかないが……」
リュウジの疑問はすぐに解消された。リュウジが身を隠した岩陰に木でできた小さな木樽が8本見つかったのだ。
「リュウジ、水や酒を運ぶのに持っていくことはあるけれど、8本もあるのは不思議だにゃ」
「これは空のまま体に装着していたのだろう。4本も体に付けていればしばらくは水に浮かんでいられる」
人間が脱力して水に入ると体の2%が水面に出ると言われている。さらに浮力のあるものを身に付けていれば、水面に出る場所はもっと多くなる。
鉄化魔法が解けて、体が自由に動かせるまで10~20分。呼吸ができるように顔を上にして浮かべば、溺れずに生還できる。
リュウジは集めた樽を壊すと薪にして火を付けた。装備を乾かすのと、体を休めるためだ。
8本の空き樽は2時間燃え続け、リュウジの濡れた体を温め、服をある程度乾かした。
休養したリュウジは再び動き出す。まずは湖中央へ延びる飛び石通路。2方向のうち、青白く輝く小さな広場へと移動する。
「リュウジ、これはゲートにゃ」
そう寧音が言うまでもなく、リュウジには分かった。固定術式で作られた魔法である。この青白く光るところへ足を踏み入れれば、どこかへと転送される。
ダンジョン最深部ならば、ダンジョンの外へつながっていることがほとんどである。そして、リュウジが入手した未確定情報にも、そのことは記されていた。目の前の光景は、その情報を裏付けていると言えた。
(問題は……逆方向の宝の山だな)
リュウジの任務である聖騎士と女僧侶の事故調査については、ほぼめどがついた。逆方向の宝の山はそれとは関係ないのであるが、リュウジは少しだけ気になった。
こうあからさまに宝の山があると誰でも警戒するものだ。ましてや、このダンジョンの最下層までやってくる実力者ならば、やすやすと罠にははまらない。
だが、実力に自信があり、罠と分かっていても敢えて宝の山を自分たちのものにするために踏み入れる者もいる。
(まさか……な……)
リュウジがそう思った時、背後に気配を感じた。腰に付けた短剣を抜き放ち、振り向きざまに払った。




