スカウトの男
腐臭が漂った3階。そして地下水が流れる4階。この5階は4階の水が流れて行くが、地面の割れ目へみんな落ちてしまい、そのおかげで空気がひんやりとしていた。
耳を澄ますと水が静かに流れ落ちて行く音が聞こえる。ここは壁に魔法で光る明かりがところどころに設置されており、薄明るくなっていた。
リュウジはルインとサラが落ちたという場所に来ていた。冒険者たちが設置したロープのつり橋が放置してある。3本のロープで作られたつり橋であるが、足を乗せる1本と右手で持つ1本が切れて垂れ下がったままであった。
「ロープは自然に切れたものではないな……」
冒険者が設置した仮設のつり橋を捜査したリュウジはそう結論づけた。15mほどの床の割れ目を渡るために設置されたつり橋は、頑丈なロープで作られていた。
(ロープの中心にはワイヤーが通っている。これは簡単には切れない。繊維部分は切られた感じではあるが、ワイヤーは溶かされた感じだ……)
リュウジは切断されたロープの切り端をじっくりと観察する。
その時だ。コツンと石が転がる音がした。
「誰だ!」
リュウジはそう鋭く叫んだ。音が岩壁にあたり、反響していく。
魔法の明かりから離れた通路の暗がりの中、人影がかろうじて確認できた。そのシルエットは短弓に矢をつがえ、片膝をついて、リュウジを狙っているではないか。
ダンジョンの中の重い空気を切り裂いて、リュウジめがけて矢が飛んでくる。魔法の明かりがあるとはいえ、薄暗いダンジョンの中で飛んでくる矢を視認することは難しい。
だが、リュウジは右手で短剣を抜くと矢を叩き切った。その神業に矢を放った影は一瞬たじろいだ。
その隙をリュウジは逃さない。すぐさま、駆け抜けて影に近づく。人影は慌てて、第2の矢をつがえようとしたが、それよりもリュウジの行動が早かった。
「ぐぬ……」
首に短剣を突きつけられて、人影はそう苦しい息を吐いた。
男である。革の胸当てを着ただけの軽装である。リュウジにはこの人影の正体が分かっていた。
「お前はスカウトのロディだな。元冒険者パーティ、ウオッカ所属の……」
リュウジは突きつけた短剣を少しだけ緩めた。だが、片手ではロディの利き腕をねじり上げる。
ロディは辛うじて首を縦に振った。
「俺を狙うとはどういうことだ。クエスト調査官へ危害を加えることは重罪だぞ……」
ロディの顔は気の毒なくらい青冷めている。リュウジが自分への攻撃を正当防衛として、突きつけている短剣を横へスライドさせて、頸動脈を切断したら、確実に死ぬ。
「ま、待ってくれ……」
辛うじてそうロディは声を絞り出した。
「質問に答えろ。そうすれば、命は取らない」
コクコクと首を動かすロディ。リュウジは最初の質問をする。
「お前の雇い主は誰だ?」
「……ソード家のヨハン様だ……」
「ガルマ・ソード伯爵の次男だな」
「……」
ロディは唾をのみ込み、そしてゆっくりと確認のための頷きをする。
「ここへ単独で来た理由は何だ?」
「……証拠だ。ルインが確実に死んだという証拠。遺体の一部。もしくはルインの身に着けていた装飾品」
「彼は割れ目からダンジョン最深部まで落ちたのだろう。簡単にそういうものは手に入らないだろう」
リュウジはこのスカウトが哀れになった。きっと雇い主にそれを持ってくるように命令されて、嫌々このダンジョンに単独で潜ったのであろう。
よく知っているから辛うじてこの5階までは来れたが、正直なところ、単独ではこの地下5階以降は生きて帰れないことになる。
「……そして、どうして俺を狙う?」
「クエスト調査官に暗殺のことを知られるとヨハン様が困るのだ。あんたを殺せば、それも防げる」
「だが、お前の力量でクエスト調査官である俺を殺すのは難しいよな。それでお前は罠を仕掛けたのだな」
ここへ来るまで罠を仕掛けながらロディは進んできた。罠はモンスターを倒す目的ではなく、リュウジへの妨害のためなのだ。
「最後に聞こう」
そう言うとリュウジはロディの首に当てていた短剣を外した。ロディの両手を後ろにして、ロープで両手を手首で縛ったのだ。
「このロープはワイヤー入りの頑丈なものだ。外側はナイフで切れ目が入れてあるが、芯は鉄のワイヤーがある。これは簡単には切れない。お前はどうやって、これを切断したのだ?」
「ま、待ってくれ……。この階で両手を縛らないでくれ……や、奴らが来る!」
そうロディは怯えたように通路の先の暗闇を見る。リュウジも暗闇を見る。水が流れ落ちる音に混じって、変な音が不協和音を奏でる。
「リュウジ、溶かした犯人が近づいて来るにゃ……」




