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異世界ぼっち酒 ~クエスト調査官リュウジの事件簿~  作者: 九重七六八
第2話 御曹司のダンジョン転落死事件
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マティーニとカニ サングリアとチーズ

 ルミイが冒険者ギルドから立ち去るとリュウジはアオイにダンジョンへ潜るための装備品リストを手渡した。どれも冒険者ギルドの資材部へ行けば調達できるものばかりだ。


(相変わらず、軽装備だわ。この装備だと滞在は24時間というところね)


 リストを見たアオイはそう考えた。嘆きのダンジョンは地下5階までの地図はあるとはいえ、モンスターを退治しながらいけば、往復で2日はかかる。それなりの装備が必要と思われた。

 夕方までのリュウジが指示した物資が用意されたが、ルミイから調達したアイテムを合わせても、小さな背負い袋に入る程度しかなかった。


「リュウジさん、本当にこれだけでよいのですか?」


 アオイはいつものことながら、あきれたような口調でそう尋ねた。先日潜ったパーティは大変な重装備であった。それに比べると近くの森にピクニックへ行くよりも少ないリュウジの荷物である。


「ダンジョン内にいるのは長くても24時間以内だ。重装備は必要ない」

「しかし、あのダンジョンに出るモンスターは数も多いし、かなり強敵が出るらしいですよ」


 こちらは驚いた顔のワカバ。ワカバはリュウジが軽装で森に入った調査のことを知らないから、こんな貧弱な装備でダンジョンに挑むリュウジを無謀だと決めつけていた。


「これで必要にして十分な荷物だ」


 そう言うとリュウジはまた外出の準備をする。もうアオイには彼がどこにいくか分かっていた。

 リュウジがクエスト調査に行く前には、必ずルーティンで酒を一人で飲みに行くことをだ。

 クエスト調査に行く前と帰って来た後に酒を飲みに行く。

 これはリュウジのルーティンである。それ以外ではリュウジは酒を飲まない。酒はたくさん飲めるし、好きなのだが、飲む機会はこの2回なのだ。


(さて、今回は何を飲もうか……)

 

 アオイに教えてもらった飲み屋街をぶらぶらと歩くリュウジ。看板や店構えを見ながら自分の感性に合う店を探す。


(今回は……焼酎や清酒という気分じゃないなあ)


 特に理由はないがそんなことを考えていた。それ以外だとビールとなるが、それ以外の酒を美味しく飲めるところはないかと目を動かす。

 やがて、頼りになる相棒が話しかけてきた。


「くんくん……今日は洒落た酒を飲みたい気分だにゃ」

「洒落たねえ……そんな店があるかな」

(おっ……あの店……ちよっと気になる)


 飲み屋街から少し小道を入った小さなバーに目を付けた。外に木製の小さなテーブルとイス。店内はテーブル席2つとカウンター。カウンターはスタンディングスタイルである。


「ここがいいんじゃないかと思うにゃ」

「そうだな。気になる店だ」


 テーブルは全部埋まっているので、店に入ったリュウジは必然的にカウンターへと案内される。


「いらっしいませ、ろまん亭へ、ようこそ」


 そう愛想のよい男の店員が応対をする。まずはドリンクのメニューを渡してくる。

 そこには数多くの酒のメニューがびっしりと書かれていた。


「ほう……ここはカクテルの専門店か?」

「はい。カクテルに力を入れています。そしてカクテルにあった料理も多数取り揃えています」

「うむ……」


 リュウジはメニュー表に目を通す。


「初めての店なら定番がいいにゃ」


 数多くあるカクテルメニューの中から、最初の一杯は定番を選んだ。

 『マティーニ』

 ジンベースの度数の強いカクテルである。氷を入れたグラスにジンを入れて、かき混ぜてキンキンに冷やす。そこへベルモットを投入。ベルモットは白ワインに香草を入れたフレーバーワインである。

 ジンは蒸留によって作られたアルコールで香料植物を抽出蒸留した酒である。香料植物をどのように処理するかで、いろいろな種類ができる。

 例えば、トウモロコシやライムギを使い、麦芽で糖化させた発酵したものを蒸留する。

 それに杜松の実を加えると、原料の香りと杜松の実の香りが合わさって、複雑な香りのする味の重いジンになる。

 蒸留を徹底して行い、無臭のアルコールで杜松の実の香りを加えると今度は香気が軽く、風味の爽やかなジンになる。

 作る過程で砂糖を加えて甘みを加える方法もある。アルコールの度数は37%~50%と高く、香りの軽いものはカクテルのベースとしてよく用いられる。

 リュウジはグラスに口を付ける。きりりと引き締まった感覚で舌が震える。そして胡椒のような香りが鼻孔をくすぐる。


(う~ん……うまい……これは癖になる……)


 実のところ、リュウジはこういう洒落た酒はあまり好みではない。

酒と料理を楽しむというのがリュウジの普段の酒飲みスタイル。カクテルはそれ自体を楽しむもので、料理と合わせるという発想がなかった。

 だが、それもただの偏見であったことを知る。カクテルに合った料理ということで、店主が勧めてきた料理が絶品であった。

 1つはエビとジャガイモのディップ。にんにくをオリーブオイルで炒め、香りが出てきたところで、むきエビのみじん切りを加える。そこに裏ごししたジャガイモと生クリームを練り合わせたものだ。


(まずはこれからいただくか……)


 リュウジはルッコラに乗ったそれをスプーンですくい取って、口に運んだ。滑らかな口当たりとエビの旨味がジャガイモに包まれ、何とも言えない感覚になる。それをゆっくりと飲み込み、舌を口の中で数回動かす。


「これはうまいにゃ」

(う……うまい……。エビがしみるうううっ……そして、クリーム状のジャガイモがたまらん……)

「リュウジ、早く、マティーニ、マティーニ」

「分かっている」


 リュウジはマティーニに口を付ける。口の中が洗い流されて、ジンの香りが口の中を支配する。


(2つ目は……カニか?)

「カニだにゃ……濃厚なカニだにゃ」

 

 2つ目のディップは、カニとアボガド。作り方は1つ目のエビとジャガイモのディップと同じだ。にんにくをオリーブオイルで炒めて、カニの身を入れる。 

 そこへアボガドを潰して混ぜる。マヨネーズと生クリーム。風味づけにレモン汁を絞れば完成だ。できたものをトマトをくりぬいたものに詰める。


(うおおおっ……。カニだ、カニ~。濃厚なカニの味がこれまた濃厚なアボガドと合わさるとたまらん……)

「アボガドとカニはよく合うにゃ、リュウジ、マティーニ、マティーニ」

 

 2つ目のディップを堪能したリュウジは、うっかり残ったマティーニを飲み干してしまった。

それを見たバーテンダーはリュウジに飲み物をオーダーを聞く。


「そうだな……。ワインと思ったが、ここはカクテルで攻めよう。ワインベースにカクテルでお勧めはあるか?」

「そうですね。定番ですが、サングリアはどうでしょう?」

「サングリアか……」


 サングリアは赤ワインに果物の果汁を混ぜて作るカクテルだ。飲みやすいので女性に人気のカクテルだ。

 ごつい体で怪しい雰囲気のあるリュウジが飲むには、ギャップが大きいのであるが、バーテンダーは大まじめにリュウジにそれを勧める。


(……まあ、任務前だから軽い酒は悪くはないのだが……)

「サングリアは好きだなにゃ」

「では、寧音のために注文してやろう」


 やがて、サングリアがカウンターに置かれる。赤い色がルビーみたいである。


 ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ……。

 

 飲みやすいからこそ、リュウジは一気に飲んだ。フルーツのエキスが少し酔ったリュウジの体を引き締める。


「うまい……」


 グラスの半分ほどのサングリアを飲んだリュウジの前に、バーテンダーが皿を置いた。そこには各種チーズの盛り合わせが乗せられている。

 まずはハードタイプのチーズ。コンテ・エクストラと呼ばれる外側が焦げ茶色で中は黄身が濃い。


(う~っ。コクの中に甘さを感じる。そして栗のようなほっこりとした触感)


 そして隣のものはウォッシュタイプのチーズ。塩水や酒で表面を洗いながら熟成させるものである。

 リュウジに出されたのは、その中でもモンドールと呼ばれるチーズである。外側は木の枠で覆われている。これは熟成と共にチーズに木の香りが移るのだ。

 真ん中の外側を破ると中はクリーミーなチーズ。トーストしたバゲットでたっぷりとすくい取り、口へ運ぶ。


(ぐおおおおっ……。ねっとりと口の中に絡みつく……濃厚な味)


 サングリアをまた一口飲み、口の中を洗い流す。そして3つ目。白カビで覆われたブリー・ド・モー。白カビのチーズの女王と呼ばれるものである。


(表面の白カビがチーズのたんぱく質を分解し、表面から中へと向かって熟成していく。中はとろっと軟らかく、香りが強い……)

「こりゃ、たまらないなあ……」


 思わずそんな言葉を口走ってしまった。バーテンダーはにっこりとほほ笑む。


「お客様、こんないいチーズと合う白ワインはいかがですか?」

「わああっ……白ワイン最高!」


 カウンターテーブルの上の寧音がそう反応したが、リュウジはグッと唇を噛んで自重した。


「白ワインか……いいねえ。だが、明日は大事な仕事がある。後日、ワインとここの料理を楽しむためにまた来るよ」


 そう言ってリュウジは、バーテンダーの魅力的な誘いを断った。ここで白ワインなどを飲んだら、朝までボトルを何本も開けてしまうだろう。


「リュウジはやはりプロだにゃ。うちならあと一杯だけ追加するにゃ」

「自分に厳しくないと命を落とすからな。当たり前だ」

「だけど、リュウジ。よくこの仕事を引き受けたにゃ。パーティが全滅していないなら、奴らとは無縁の事件にゃ……」

「ああ……全くその通りなのだが、何か引っかかってな……」

「……リュウジの勘は馬鹿にならないからにゃ」

「そういうことだ……」


 リュウジは勘定をカウンターテーブルにおき、猫の彫り物を首にかける。

 

 その時だ。


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