後継争い
「P案件だと?」
タンクトップで首にタオルをかけたままのリュウジは、常温の水の入ったボトルを片手にそうアオイに聞いた。
相変わらず、首には猫の彫り物がぶらんぶらんと揺れている。
「はい。冒険者パーティに参加した騎士の死亡原因の調査です」
アオイは彫り物には目を向けず、まずは事件の概要を説明した。
冒険者パーティ、ウオッカに所属する騎士ルイン・ソード。ダンジョンからの帰還途中にダンジョン内の崖に転落して死亡したという事件である。
ルイン・ソードはソード伯爵家の嫡男で、騎士としての腕を磨くために3年前から冒険者パーティ、ウオッカに参加したという。
そのルインの死亡に父親であるソード伯爵が疑問をもち、このP案件となったのだ、
「伯爵の疑問は何だ?」
「伯爵はこれを事故ではなく、事件だと思っていらっしゃるようです」
「誰かに殺害されたと疑っているわけか?」
「はい、そうです」
「殺されたって、何か動機に心当たりがあるというのか?」
「……ソード伯爵家は跡目争いが起きていますから」
アオイはそう言うと説明した。
ソード伯爵家は当主のガルマ・ソードが75歳と高齢。体も衰え、先はそう長くないらしい。そのガルマには3人の子供がいる。長男と次男、長女である。長男は早世して、子どもが一人。それが今回、死亡したルイン。
つまり、ルインはガルマの孫ということになる。ガルマは好青年に育ったルインを気に入っており、自分の跡目はルインに継がせようとしていた。
そうなると納得できないのが次男のヨハン。ルインが後を継ぐと自分が伯爵家を継げない。さらに他家に嫁いだ長女のマリアも自分の子供に伯爵家を継がせないと画策していた。
「なるほど。だが、直系の孫であるルインが後を継ぐのは、王国の法律上普通だ。跡継ぎ争いにもならないと思うが」
リュウジの指摘は最もだ。明らかに決まっている後継者に対して、次男と長女の横やりは強引過ぎる。
「ルインさんは、正妻の子供ではなかったそうです。長男が町で囲っていた町娘に産ませた子だそうです」
そうアオイは解説した。貴族社会において、母親の血筋は重要だ。子を産む妻の出自は貴族に限る。側室においても貴族の血を引くことが条件だ。
それでも貴族は身分に関係なく愛妾を囲うわけで、そこで生まれた子供が相続争いに関係してくることがある。
身分はなくても愛情はたっぷりあるわけで、継がせようとする貴族は、何としても身分のない女の子供でも我が後継者にと思うからだ。
「それで伯爵は、次男か長女の差し金で孫のルインが死んだのではと考えたわけだ」
「そういうことになります」
十分に考えられないことはない。冒険者はいったん、クエストに参加すれば命の危険にさらされる。もし、仲間の冒険者が買収されていたとしたら、殺害する機会はいつでもある。
ピンチの時に手を抜く。道具に仕込みをする。ダンジョン奥深くで不意をつく。やりようはいくらでもある。
ただ、不用意なことをすれば、ギルドに疑いをかけられ調査されてしまうかもしれない。明るみにでないように、いろいろと工作することになる。
「なるほど……動機は十分あるか。それで死亡原因は?」
「ダンジョン内で大きな亀裂を渡る途中、仮設のつり橋が切れて落下したとのことです」
「……資料を見ると遺体は発見されていないとのことだが」
「亀裂は深く、底がどうなっているかは不明。ただ、30m以上あることは分かっているので、間違いなく死亡しているだろうとのことです。一応、仲間も救出部隊も捜索しましたが発見できず。もう2週間も経過していますので、生存は絶望的だと……」
もし仮に生きていたとしても、携帯していた食料はせいぜい3日分。2週間経過したなら、生存している可能性はほぼないだろう。




