パワー食 その2
まさか、朝から肉を食いたいと言うとは思わなかった。そもそも、朝から油ギトギトのくどい肉を食べる人間はいない。
「なんだ、この町は田舎だな。粥の店しかないのか」
「あります。馬鹿にしないでください」
アオイは少しだけ思案すると、自分がよく知っているカフェに連れて行き、店長に頼んで肉料理を出してもらうことにした。
「朝メニューにはないものですが、ランチに出すメニューを出してもらうことにしてもらいました」
「ほう……」
店長によって運ばれてきた料理を見てリュウジは思わず唸った。予想を上回るものが出てきたのだ。
「これはハンバーグだが、なるほど……タルタルステーキ風のハンバーグか」
「はい。量も500gあります。これだけあれば満足していただけるでしょう」
「うむ。よく分かっているじゃないか」
リュウジは鉄板に乗せられたハンバーグをフォークで突っつく。
タルタル風なので中はレアだが、牛肉のもも肉を使ってあるため、表面をかりっと焼き固めれば十分に美味しい。
火があまり入っていなくても、肉の旨味を十分に引き出す調理法だ。
付け合わせは緑と白のアスパラガスが彩をよくしている。ハンバーグには玉ねぎとシイタケがソテーされたものが入れられている。
「うむ……。この肉のジューシーな感じがいい。それと肉の旨味がいい」
そうリュウジは肉を頬張りながら、褒めた。アオイは自分が褒められたようにうれしくなった。
「それは当然ですわ。ここの牛肉は質がよいことで有名ですから」
「いや、肉質だけじゃない……」
そう言ってテーブル横でリュウジの食べっぷりを唖然と見ている店長に目を向けた。
「この店長の仕込みのおかげだ」
「仕込み?」
きょとんとするアオイにリュウジが説明する。
「これは前日に塩を塗り付けて冷蔵してたんだよな……」
「ああ、分かりましたか。お客さん、するどいですね」
店長は感心したようにそう答えた。
「そうしないと旨味はここまで高められない」
「ち、ちょっと、待ってくださいよ。肉に塩をするのは焼く直前がセオリーでしょ。私は母からそう習いました。そうしないと肉汁が出るって」
アオイがそう反論する。そんなアオイにリュウジはクスっと笑い、何も言わずにタルタル風ハンバーグを頬張る。
「ち、ちょっと……何ですか、また私を馬鹿にするのですか」
「馬鹿にはしていないが、そういう固定観念に縛られているようでは、冒険者に適切な仕事の斡旋はできないだろう」
「ど、どういうことですか?」
「店長、説明してやってくれ」
リュウジに促されて、店長はアオイに説明する。アオイはこの店の常連だから、ずいぶん気を使ったものであった。
「塩をすると確かに肉汁が出ます。ですが、その量はわずか……それよりも前日に塩をした方が肉の味がぎゅっと凝縮されて旨味が増すのです」
「そ、そうなんですか……」
プロの料理人にそう言われるとアオイも納得するしかない。
「世間一般で言う当たり前は、当たり前でないことも多いのだ。常に疑問をもつ姿勢がないと、この世界では生きてはいけない」
「……何だか丸め込まれた気がします」
そうアオイは注文したコーヒーを飲みながら、リュウジの食事が終わるのを待った。
胡散臭さは消せないが、それでもクエスト調査官であることは事実だし、現に1人で任務をこなした。
(それにしても……)
アオイは食事の間もリュウジの胸で躍っていた木彫りの猫を見た。そして思い切って、聞いてみた。
「リュウジさん、その木の彫り物。お手製ですか?」
「……なぜ、そんなことを聞く?」
「え、いや、随分大事にされているようですので……」
「これは相棒だ」
「相棒……木の彫り物がですか?」
「ああ、頼りになる相棒だ」
「はあ……」
アオイはリュウジのことがますます分からなくなった。
(木の彫り物が相棒って、この人の言っていることが分からないわ)
ただ、アオイはこの木の彫り物がリュウジにとっては、とても大切なものだとは理解した。
(まさか、昔の恋人の形見……奥さんの形見だったりして……)
リュウジの年なら結婚していてもおかしくはない。形見とアオイが思ったのは、リュウジがけっして幸せな状況ではないと感じていたから。
リュウジの時折見せる苦悩の表情と木彫りの猫に話しかける懐かしそうな表情のギャップから、あまり他人が立ち入るべきことではないとアオイは思っていた。
やがて食事を終えたリュウジは、腕時計を見てアオイに尋ねた。
「武器のメンテナンスと魔法具の仕入れに行きたいのだが、この町の開店時間は何時だ?」
「武器メンテナンスはギルド直営でできます。今は8時30分ですから、受付できると思います。魔法具は9時開店です」
「なら、先にメンテナンスだな」
そう言うとリュウジはテーブルに銀貨1枚を置く。アオイは慌てて、ギルドの経費で落ちるからとその銀貨を拾い上げて、リュウジに渡すと店主に支払いをした。
「それではメンテナンスに行きましょう」
「なんだ、お前、まだ付いてくるのか?」
「当たり前です。クエスト調査官が滞在中は、滞在中のギルドがおもてなしをすることになっています」
「もてなしね……」
さほど興味ないようにリュウジはギルドの建物へと足を向けた。アオイは慌ててその後を追う。
「ち、ちょっと、待ってくださいよ!」
「勝手にしろ。別にお前に見られて困るものはない」
「はい……」
アオイは小走りにリュウジに走り寄った。
この謎だらけのクエスト調査官にくっついて、その能力を見極めてやろうと思っていた。




