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異世界ぼっち酒 ~クエスト調査官リュウジの事件簿~  作者: 九重七六八
第1話 グレイウルフの森全滅事件
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アジのなめろうと冷酒

 リュウジは『魚一』に来ている。

 仕事が終わったらもう一度来ると店主に告げていたから、その約束を守ったのだ。酒を飲みに行く行為は、リュウジとしては、任務に入る前と後に必ず行うルーティンの一つに過ぎない。


「大将、飲み物は本日お勧めの冷酒。今日は新鮮な魚を生で味わいたい」


 リュウジはカウンターに座るとそう店主に注文した。目の前のガラスケースには、前回来た時と同じように新鮮な魚介類が並んでいる。


「承知……」


 主人はそう話すとガラスケースに積まれた魚を取り出した。それはアジ。近海で獲れる定番の魚である。今朝、獲れたばかりの新鮮なものの中から、主人が目利きで選んだものだ。

 包丁で素早く3枚におろすと、その身を細かく刻み始めた。そして、もう1種類。これはあらかじめ捌いてあったカツオの身。これも細かく切る。

 そこに自家製の味噌、みょうがに大葉、長ネギにショウガの搾り汁を合わせる。さらに包丁で切りながら混ぜ合わせる。


「どうぞ……」


 主人は皿に大葉を敷き、その上に調理したものを乗せてリュウジの前に差し出した。


「……アジとカツオのなめろうか……なるほど」

「新鮮な魚じゃないとこれは美味しくないにゃ。よほど、魚の鮮度に自信があるということにゃ」

「寧音、今日は随分と遅いじゃないか……」

「今まで寝てたにゃ……」

「呑気な奴だ」


 『なめろう』とは魚の身を包丁で叩き、ミンチ状にしたものに味噌や薬味で味付けした料理だ。魚の種類を変えることでいろんな味のものができるが、普通はアジだけで作ることが多い。

 リュウジは冷酒を一口飲み、それを転がすように味わうと、おもむろに箸を取った。そして、なめろうを箸で少量つまむと口に入れた。


「ムムム……これは……」

「甘いにゃ……」


 口の中にねっとりと魚の甘みが広がる。そしてピリッとした薬味がアクセントとなり、魚の甘みを際立たせる。

 しかも味はアジとカツオの2種類だ。


「2種類の甘さは格別にゃ」

「うまい……。冷酒で口の中がきりっとしたところで、このねっとりした触感と新鮮な2種類の魚の旨味がいい」

 

 カツオの身の酸味が効いているのと、わざと魚の身の塊を残した切り方にしていることで、触感にも変化がある。


「これぞ、包丁の技。よく生魚は切っただけだから、素人でもできるとか抜かす間抜けがいるが、これを味わえばそれが恥ずかしい主張だといえる」

「同感にゃ」


 なめろうは難しい料理ではないが、ここまで美味しく作るとなると丁寧な作業が必要である。

 3枚におろした味に身から、腹骨、血合いを丁寧に取る。それにみょうが、大葉、長ネギ、しょうが汁、合わせ味噌を乗せる。包丁で混ぜ合わせながら切っていく。

 薬味が飛び散らなくなったら、包丁で叩くがここで叩き過ぎないことが重要だ。やり過ぎると包丁の金っ気がなめろうに移ってしまう。

 今、リュウジが食べているものは、そういう丁寧な作業の元で作ったものだ。まずいはずがない。

 なめろうを舐めるように食べながら、冷酒をちびちびと飲む。あっという間に、1合を飲み干した。女将に追加の冷酒を注文する。


「次はあったかいものいきやすかい?」


 そう大将はリュウジに聞く。リュウジはゆっくりと頷いた。

 やがて、深皿に入れられた汁気たっぷりの料理が運ばれてきた。リュウジが皿を覗くとそこには分厚い身の入ったアサリ。


「アサリの酒蒸しだにゃ」

「酒によく合う皿だな」


 これまた、簡単ではあるがプロの技が光る料理である。

 目の前にあるアサリの酒蒸しはわけぎが添えられた至高の一品であった。

 リュウジは箸でアサリの一つをつまむと、ふっくらとした身を口にする。さらに殻に残ったスープをすする。


(ぐわあああああっ~)

「ぎゃううううううううっ……にゃ」


 ほろ酔い気分が引き締まる。舌から旨味が広がっていく。


「これはアサリの質がいいにゃ」

「ああ、ふくっらと厚い身から、出汁がたっぷりと出ている。そして、このほのかな塩味がいい」


 これは採った時の海水で身を洗った証拠。ここで真水で洗ってしまうと塩気が抜けてしまう。

 さらに濡れた布巾をかけて冷暗所に4時間ほど置く。こうすることで、貝が活性化し旨味が増すのだ。

 そうやって取り出した貝を鍋に入れ、3分の2程度まで入れた水を入れる。酒と淡口醤油、わけぎ、潰したにんにく二片を入れて強火で煮る。

 貝の口が半分ほど開いたら、火を止めて鍋を揺らす。後は余熱で火を通すのだ。これでアサリの旨味が凝縮された酒蒸しが完成する。


「ふう~」

 

 2杯目の冷酒を口に含み、アサリの身を堪能。時折、アサリの旨味スープをすする。


「うまいなあ……」

「うまいにゃあ……」


 思わず、そうつぶやいてしまったリュウジ。カウンター越しの店主が声をかける。


「仕事はうまくいったようですね」

「ああ……」


 店主はリュウジの仕事を知らない。しかし、リュウジの満足そうな表情に仕事の成功を確信したのだろう。まあ、どんな客にも言っていることだろうが。


「難しい仕事の後ほど、飲む酒はうまい」

「特に死ぬような思いをした後の酒は格別にゃ……」


 ここは安全な町の酒場。リュウジはカウンターに置いた寧音を指で突っついた。そして、残った酒をゆっくりと飲み干した。


「どうですか。山の幸の焼き物でも?」


 そう店主が追加の料理を聞いてきた。リュウジは山の幸が何かと問うと店主はキノコだと答えた。


「キノコね……」

「キノコはヤバいにゃ。食べる気にならないにゃ」


 そう寧音が言う。リュウジはニヤリと笑った。


「キノコは止めておこう。代わりにイカの塩辛をもらおう」


 リュウジはそう追加注文をしたのであった。

 冒険者は一攫千金を狙える魅力ある職業だ。

 だが、そのためには自分の命を担保にしなくてはいけない。今日も一般的な労働では得られない報酬を求めて、幾人もの冒険者がクエストに挑戦する。

 そしてその何人かが帰ってこない。そういう原因を解明するのがクエスト調査官の仕事なのだ。


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