黒幕
「し、知らん……。黒幕なんて知らん」
急に顔が青くなったズーホフ。唇までもが血気が失せている。黒幕のことを話すことは、この男にとっては大変な恐怖のようだ。
「まあ、黒幕のことを知っていて名前を出せば、お前は殺されるだろうし、言わなくても口封じで殺されるかもしれないなあ」
リュウジはタンゾウやアオイを見ながら、そんなことをズーホフに聞こえるように話した。
「あああ……ああ」
声にならないズーホフの呻き声。ギルド支配人のタンゾウはズーホフを連れて行くように命じた。リュウジが言ったように、途中で殺されるかもしれないから、厳重な警備付きである。
「リュウジ殿。あなたは黒幕と話したが、ズーホフの単独犯ではないのか?」
そうタンゾウはリュウジに尋ねた。リュウジはゆっくりと頷く。
「最初から黒幕の存在は予想していた。それが確信に変わったのは、あの男に会ってからだ。あの男の知能で今回のような手の込んだ犯行はできないだろう」
「……なるほど」
「私もあの方が用意周到な準備の元で犯行に及ぶようには思えませんでした。言葉巧みに人を騙す能力と危険から逃れる術には長けているようですが」
タンゾウとアオイはリュウジの意見に賛同せざるをえなかった。
ズーホフには余罪もあるし、これまで全滅パーティから奪い取った金は相当な額になる。
それをズーホフ一人だけで得ていたとは考えにくい。この事件の闇は深そうだ。
「ああ……。ただ、黒幕というのは、末端の人間には正体を晒さないものだ。間に何人も人が介在させることで、正体を知られないようにしているのが普通だ……。そして黒幕は追及するものを闇から闇へ葬る力もある。よって、この事件はここでおしまい」
リュウジの言葉にタンゾウもアオイも驚いた。黒幕がいるのにもう捜査を打ち切ると言うのだ。
「な、納得できません」
そうアオイが声を張り上げた。アオイの正義感からするとその発言は許せない。ズーホフの余罪を考えれば、多くの冒険者たちが殺されているのだ。
「納得できないと君は言うが、黒幕には決定的な証拠を突き付けないと逮捕はできない。それに奴は下っ端だ。最終の黒幕までは知るまい」
「いいえ、リュウジさん。私が決定的な証拠を掴んで見せます」
アオイはそう息巻いた。末端とはいえ、実行犯のズーホフを捕らえたのだ。そこからの自白で追っていくこともできるし、もう一つ、アオイの得意技で追求することもできた。
「アオイ君、リュウジ殿のおっしゃるとおりだ。この件はこれでおしまいにした方がいい……」
アオイはタンゾウの顔を思わず見た。支配人までがリュウジの意見に賛同するとは思わなかった。
「そんな……支配人までそのようなことをおっしゃるとは……」
「君は若い。世の中、知らない方が幸せと言うこともある。これは君のために言っているんだ。分かるだろう。あまり追及すると君の命にかかわる」
アオイはタンゾウの言葉に気持ち悪さを感じた。何だか息苦しい……例えるなら粘質度の高い液体に体が沈み、息が十分できない息苦しさ。
(支配人……いつもは悪を憎む人なのに……何だかおかしい……。それだけ、この事件は危険だと言うこと?)
「分かりました……」
タンゾウは仕事上の最高責任者である。その命令に従わなくてはいけない。アオイはそう応えざるを得なかった。
「それでは、俺はここでお暇する。後で移動先は連絡する。残した荷物はそこへ送ってくれ」
リュウジはそう言ってアオイの肩をポンと叩き、そして右手を差し出した。
「は、はい……。この度はありがとうございました」
アオイは何だか変だと感じた。リュウジが自分に対してこんなにフレンドリーなはずがない。それに次の任務と言うのも急な話だ。せめて、今日1日は体を休んで明日旅立てばよい。
(えっ?)
握手した手に何かあることに気づいた。リュウジの碧眼はアオイをじっと見ている。アオイは手を離す瞬間にその異物を握って隠した。
リュウジの目が何かを語っていた。去っていくリュウジをタンゾウと見送りながら、握った手はそのままにした。
タンゾウが去ってからアオイはそっと手を開いた。中には想像したとおり、紙片があった。それをそっと広げる。
「金の流れを探れ」
そう書いてある。アオイは面食らった。
(え……どういうこと?)
少し混乱したアオイであったが、リュウジが意図したことを正確に理解した。ズーホフが正当な権利としてパーティの財産を受け継ぎ、それをどう使ったかを調べろというメッセージだ。
冒険者ギルドは他の商業ギルド、金融ギルドとつながっている。アオイは情報局の統括官だ。その立場を使えば、金の流れを把握できる。




