とある冒険者たちの記録 その3
「こ、これは……」
冒険者が好んで泊まる宿。ゴードンが宿泊している場所である。そのドアの前でルースは絶句していた。
中からはよく知っている女性の声が聞こえる。それは快楽を貪る嬌声。しかも中にいるのはゴードンだけではない。もう一人の戦士ブルーノの声もしている。
「おやおや、どうやら3人でお楽しみとは……これは予想外でしたね」
ドアに耳を当てて聞いていたルースの頭越しにラディはそう言ったが、その声質には、こういう場面を予想していたかのような冷静さがあった。ルースは動揺してそれに気づいていない。
「あ、あいつら……俺のフランを……」
ルースはドアを叩こうとしたが、その手はラディによって制止された。
「待ってください、ルース君」
そう言うとラディはルースの腕を引っ張った。
「ここで踏み込んだら、彼女は君の元へは戻って来ませんよ」
「だけど!」
「ここで騒ぐと気づかれてしまいますよ。いくらお楽しみの最中でもね」
ラディはそう言ってルースを宿の外へと連れて行く。ショックを受けたルースは放心状態で連れて行かれるままであった。
「ラディさん、まさか、あなた……このことを知っていて……」
宿の外の裏通路。宿の玄関が見える場所でルースはそう口を開いた。ここまで移動する中で少し落ち着き、この新しく加わった中年男が何か知っていたから、自分に声をかけたのだと悟ったのだ。
「はい。知っていましたよ」
「……ラディさん、どういうことで?」
「フランさんから相談があったのですよ。彼女、ゴードンさんとブルーノさんに借金しているようでしてね」
「しゃ、借金?」
「実家への仕送りじゃないですかね。かなりの額を借りているようですよ」
「そ、そんな……俺に相談してくれれば……」
「残念ながら無理ですよ。彼女の借金は総額で金貨400枚」
「き、金貨400!」
驚いて思わず大声を上げそうになったルースの口に一本指を立てて、制止を促すラディ。そしてその指をゆっくりと左右に動かした。
「最初は金貨で20枚だったそうですよ。それをゴードンさんとブルーノさんは、言葉巧みに貸付額を増やし、さらに利子を付けた」
「利子?」
「10日で2割増し。フランさんの借金はたちまち膨れ上がった」
「ば、バカな、そんな無茶な利子があるものか!」
「彼らは強いですからな。きっとフランさんは脅されたのでしょう。そして、払えなければ利子分を体で払うようにと強制されて……先ほどの結果です」
「あ、あいつら……殺す!」
ルースはそう言って再び宿へ戻ろうとする。しかし、ラディはその手を掴んだ。
そしてずるそうな目をルースに見せて、小声でこう囁いた。
「あなたが乗り込んでも返り討ちにされますよ。彼らの強さは君も知っているでしょう」
「だ、だけど、俺は許せない。彼女を救うのは俺だ」
「くくく……それならいい方法がありますよ。それで彼女は救える」
「いい方法って?」
「なに、簡単ですよ」
ラディは恐るべき計画をルースに打ち明けた。それはだまし討ち。冒険の最中にゴードンとブルーノに毒を盛り、彼らを密かに始末してしまうという作戦だ。
「冒険の最中はあなたが料理するのでしょう。こっそり毒を混ぜるのですよ」
冒険中の役割では、食事の用意はルースとフランがすることになっている。ゴードンとブルーノは見張りと言うのが定番だ。これはルースがレンジャーで、現地で食材を得ることに長けているからでもある。
「毒……それは無理だ。彼らを殺したらクエスト調査が入る。毒で殺されたことなんてすぐにばれる。そしたら俺が疑われる」
「確かに町で毒薬を買ったところから、足が付くでしょうなあ。しかし、自然毒ならそれもばれない」
「自然毒?」
「森には強力な毒キノコ、毒草があります。それを使うのです」
ルースは首を振ったが、その行為はラディの話に乗ってしまいつつあることを示していた。
「無理だ。ゴードンもブルーノもベテラン冒険者。毒草や毒キノコにも知見はある」
「しかし、レンジャーのあなたほどじゃない。彼らの知らないものがあるでしょう。それをこっそりあなたが混入させる」
「……即死するような毒はそんなにない」
「心配いりませんよ。苦しんで戦闘力させ奪えばいい。のたうち回っている彼らをナイフでとどめを差すだけです」
「……どどめ……」
ルースはそう言って地面に落としていた視線を宿の玄関の方へと向けた。ちょうど、フランが何事もなかったかのように出てくるところであった。
「彼女を救えるのは君だけだよ」
「フラン……」
そうつぶやくルースの肩に手を置いたラディ。耳元でこう囁いた。
「このことは私と君だけの秘密。フランさんにも話してはいけない。話せば、彼女はきっと君を止めるだろう。ゴードンさんやブルーノさんにもばれる、そうなれば、君があの鬼畜の2人を排除することができなくなる」
「排除……」
「君の決断で彼女は救われる……」
それは悪魔の誘惑であった。




