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病室で語るヒーローの話

作者: 鈴木 真宏

 小さく開いた隙間からそよ風がこの部屋に流れ込んでくる。

 無機質なこの部屋にぽつんと寝そべっている、マットレスすらない、白いベット。

 少し前まで、友人が戦っていたベットを見つめ、一人の女性がその傍らで想い出の旅に出ていた。



  ***

 彼女がその友人と出会ったのは、大学近くのアパートだった。彼女は、自分より随分と背の低い女性に一瞬の疑問の末に、目の前の女性が車椅子に座っていることに気付いた。

 新天地でお互い心細かったこともあり、二人はすぐに打ち解けた。

 少し自分に自信がない暗い彼女を、友人となった明るい彼女は手を引いて様々な場所に連れ出した。

 自分に自信がなく暗いその人は、明るい彼女に疑念を抱いた。こんなにも明るく、元気がある彼女が、自分なんかと友人関係になるはずがない、そう確信していたのだ。

 しかし、明るく元気なその人は、暗い彼女に感謝しているという。暗いその人は、自分に自信がない故か、誰よりも優しい。明るい彼女は元気すぎる故、誰かに縋られるほど心配されたことがほとんどないのだ。そんな中、暗いその人は、自分のことのように自分を心配してくれる。相談に同情や同調ではなく鋭いアドバイスで対応してくれる。同情が嫌な訳ではないが、今までにない程親身に相談を聞いてくれるその人に、明るいその人は心から感謝していたのだ。

 暗いその人は、誰かのヒーローになりたいと言った。自分なんかになれるはずがないと、そう思うが、誰かのためにこの命をなげうつ事が出来ることができたのなら、自分はきっと、誰かの心の中に住み続けるヒーローになれるのではないかと、そう言った。

 明るいその人は、それはヒーローではなく、トラウマじゃないかと問う。目の前で死なれてしまわれたら、きっと消えぬトラウマになれる、と少し嫌味のように言った。

 暗いその人は、願ったり叶ったりだと言った。自分なんかをトラウマでも何でも覚えていてもらえれば、自己満足でヒーローになった気になれると、狂気じみた事を語る。


 そして、その願いは叶えられたのだ。

 暗いその人は、明るい彼女のために死んだのだ。

 繫華街に出かけたその時の事だった。

 二人が話しながら歩いていると、そこに向かってくる一つの影がある。

 その影は何か叫びながらこちらへ向かってくる。

 何か握っている。

 煌びやかに輝くそれは、シャンデリアではないかと錯覚してしまうかのように、太陽の光を浴び、その光を彼女らの瞳に幻想的に届ける。

 次の瞬間、シャンデリアが赤く砕け散った。

 暗いその人は、明るい彼女の前に立ちはだかった。

 車椅子が倒れる音が聞こえる。

 足元は血のカーペットだ。

 そう、これは一種の舞踏会なのだ。

 赤く光るシャンデリアの下、赤いカーペットに横たわる彼女。きっと、今聴こえる叫び声と奇声は、遠くから鳴るオーケストラなのだ。

 それなら、眠っているお姫様に手を差し伸べなくては。

自分ではダンスは踊れないが、手を取れば、きっと、赤いドレスで踊り出してくれると、そう信じて。



  ***

 病室では、明るいその人は静かに吐息をもらした。

 駆けつけた救急車でこの病院で、息を引き取った。

 あの事件の後、犯人は勝手に自殺。社会に溶け込めなくて、行き場のない怒りを込めた無差別殺人だと聞いた。

 明るいその人は、心に深く傷痕を残した暗い彼女を恨んでいなかった。むしろ、彼女の願いが叶ったと、喜びに溢れていた。

 暗いその人の話はニュースで報道された。友人を身を挺して護ったヒーローだと。多くの人の心に、ヒーローとして心に残っただろう。

 明るいその人は、トラウマと言ってしまった事を後悔した。だって、トラウマなんかじゃない。彼女は、こんなにも綺麗に心に残っている。きっと、私はこの後何年経っても、彼女の事を、忘れない。


 扉を開けて、看護師が入ってきた。明るいその人に、友人の事を問うと、いつと同じの笑顔を浮かべ、看護師の方へ体を向けるため、車椅子を回転させる。


「貴女も聞きますか? 私の大切な、ヒーローの話」


初投稿です。

これから連載も挑戦してみたいと思います。

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