88 数学者、発明する③
Side レオン・カール
放課後、製作室のある研究棟を歩く。教授が研究をするための施設が大半を占め、生徒がむやみに立ち入って遊ぶことを許されないこの建物は普段の校舎とは打って変わってひっそりとしている。廊下を歩く人影すら見当たらない、厳かな空気を肌で感じながら製作室の扉を引く。
「さっそく来たようですね。えー君は初めてですから、一番前の、こっちの机で作業をしてもらいましょう。鞄を置いてこっちに来てください」
「はい。よろしくお願いします」
放課後になってすぐ向かったからか、製作室にはまだ他の生徒は来ていない。今のうちにフーコー先生からいろいろと教えてもらおう。
「まず、設計図を見せてもらえますか?この部屋にある部品で足りるか確認したいので」
「あ、はい。これです」
「ほうほう、これは…」
「入力の魔石はここに置き、ここの増幅回路を通ってからこっちのメイン機構に行きます。そこで論理演算の魔力機構を256個組み込むつもりです。それと…」
「ええ、ええ、説明しなくても分かりますとも。しかしこれは…ここまで大掛かりなものは3年生の卒業製作でも十分通用しますね。むしろ卒業製作の域を超えている。このアイデアはかなり斬新だ…」
フーコー先生もかなり驚いているようだ。
「とりあえず普段の授業で使っている基盤では小さすぎるでしょうから、大きいものを奥からとってきます…はい。こちらを使ってください」
「あ、ありがとうございます」
「では作業を始める前にいくつか注意を。まず素子を繋ぐ時はきっちり奥まで差し込むこと。繋ぎ方を間違えてショートさせないこと。えーあとは…」
何も見ずにすらすらといくつも注意事項を述べる先生。これまでの授業で繰り返し聞いたものもあるが、安全のために大切なことなのでしっかりと耳を傾ける。そうして長い長い説明を聞いて作業が始まった。
放課後に突入した他の3年生が製作室に続々と入ってくる。俺は上級生にもよく知られているみたいで、俺のことを認識して何かひそひそと話をしているようだ。しかし俺に直接話しかけてくる人はいないようなので俺はひたすら作業に集中する。
「なぁ、あいつって1年の」
「レオン・カール、あの天才コンビの1人だな。コンビのもう片方の学年一の美少女エルフ、シェーラ・キースと将来を誓い合っているってもっぱらの噂だな。そういえばレオン・カールはペアノ先生と一緒に学会に出席して斬新な研究成果を発表して学会を騒然とさせたとか」
「お前やけに詳しいな。それより、あいつ1人で何かやってるみたいだが補習か?」
「おいバカよくみろ、あの基盤の大きさと置いてある部品の数が明らかに1年の授業でやるものじゃないだろ」
「うわマジだ、ってことはなにか大掛かりな魔道具を自作してるってことか?」
「ああ、だろうな。魔法の腕も一流なら魔道具制作も一流って、どこまで突き抜けた天才なんだか…」
「…君、レオン君」
「…」
「レオン君、もう下校時間ですよ」
「…えっ、もう?」
フーコー先生に促されて顔をあげると、制作室にいたはずの3年生は全員いなくなっていた。思いのほか深くまで没頭していたようだ。
「かなり熱が入っていたようですね。ところで、この計算機は根幹となる部分を変えずに、桁数を増やすことは可能ですよね?」
「ええ、できます。この計算する部分と桁数を表示する部分の魔力機構をそれぞれ2倍にすることで桁数を1つ増やすことができます。ただ、魔力機構が増えればそれだけ装置全体が大きくなるので256個ぐらいが頑張れる限界かなあと思いまして」
「ふむ…他の先生方は計算機が出来ると知れば、いくらでも桁数が大きいものを欲しがるでしょう。より桁数の大きなものを製作することに興味はありますか?」
「いえ…もともとこの計算機を製作しようと思ったのは、自分の研究において8桁までの四則演算が高速にできれば差し当たって十分だからなので」
「なるほど…はっきり言って、この計算機が出来れば学問の全体的な進歩に繋がると思います。桁数の大きな計算機を量産するべきでしょう」
「はぁ…そこまでですか」
「より大きな数を扱う、例えば整数論や天体物理学、地学などの学問はこれの存在によって研究が格段にしやすくなります」
なるほど。思ったより桁数の大きな計算機は多くの分野で役に立つのか。
「わかりました。では、この計算機の設計図および機構の解説を公開します。自分1人では到底量産出来るわけがないので」
「公開してしまうのですか?製法を秘匿して市場を独占すれば一財産を築くことも出来ますよ?」
「いえ、さっさと公開して多くの人の手になるべく早く行き渡らせるのが良いでしょう。これを見た誰かが『こうすればもっとすごくなる』と改良してくれるのを期待できます。自分には自分の研究したいことがあるので、計算機の改良を考える暇はありません」
「なるほど。自分の利益ではなく学問全体の、引いては我々全員の利益のために公開すると。さらには計算機の性能向上というものが1つの学問となる未来まで見えているわけですか。この年齢でここまで考えることが出来るとは、さすがですね」
フーコー先生にここまで褒められるとは思わなかった。正直な所、俺は自分の計算機を作ることさえできれば良くて、後はやりたい人がいるならば勝手にやっとけ、というのをオブラートに包んで伝えただけだから、そこまで深い考えがあったわけではないのだが…




