87 数学者、発明する②
Side レオン・カール
シェーラが俺のベッドに横たわって枕で口をふさぎながら何かをもごもごと言っている間、俺は簡易的な卓上計算機を設計していた。地球にいた頃の、数学の研究のためにパソコンでプログラムを書いて計算をさせた経験がここで役立っている。この世界、ガイアに存在する魔道具の設計はある程度コーディングと近いのだ。
「ここで変数iを用意して二重ループで回せばいいか。いや、そうするとうまいことループを抜け出す命令の位置が悪いか…うーむ」
しかし段々と手が止まる時間が増える。プログラミングもそうだが、実際に動かしてみてエラーが出たらそれに応じて修正をする、という作業が必須なのだ。したし、いま手元で魔道具の試作品を作って動かしてみる、なんてことは材料がないため出来ない。魔道具製作に必要な道具は学校に行けば手に入るかもしれないが、決して安くはないのだ。
ということで、頭の中にあるアルゴリズムを全て設計図に反映しきった段階で、今できることはもうない。そろそろ夕食の時間だし、シェーラをいったん追い返すとしよう。
「シェーラ、そろそろ夜ご飯の時間だし、一旦帰ったら?」
「もうそんな時間なのね。でも、帰る必要はないわよ。一緒に食堂に行けばいいじゃない」
「いや、セバスさんにそのことを伝えないとさ」
「ああ、それもそうね。ちょっとセバスに言ってくるわ」
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翌日、ちょうど魔法技術の授業があった。魔法技術とは魔道具製作に関する知識を学ぶ科目で、これまでも何回か研究棟の別室に移動して簡単な魔道具製作実習をしたことがある。魔法技術を担当するフーコー先生から、一人で自由に魔道具製作をする許可がもらえたらこれ以上のことはない。
「であるからして、えー回路を増幅する機構はこれら3つのパーツが相互に関わりあうことで可能となるのです。…時間ですね。今日はここまでにします。宿題は次のページの、回路の増幅率を計算する問題を解いてきて下さい。授業について何か質問はありますか?…ないですね。えーそれでは今日は終わりにします」
とどまることなくしゃべり続けるスタイルの授業を展開するフーコー先生は、授業を終えると必ず真っ先に教室を出ていく。俺は慌てて教室を飛び出してフーコー先生を捕まえ、魔道具製作について聞いてみた。
「えー、基本的に生徒のみで製作室を借りることは出来ませんし、授業で配布した回路部品以外を勝手に生徒が持ち出すことも許されていません」
「そうなんですか…」
だめだったか。そう思ったら、
「ですが、今回は特別に許可します」
「えっ…本当ですか?でもなぜ」
「3年生の魔法技術の授業では最後に卒業制作がありまして、えー今の時期は魔法技術の授業をとっている3年生にのみ毎日放課後に製作室を解放しています。彼らは製作室に置いてある部品なら自由に使ってよいことになっています。あなたがどのような魔道具を製作したいのか分かりませんが、製作室にある部品でしたら、自由に使ってもらっても構いません。えー放課後、3年生の邪魔にならないのでしたら、製作室に来てもいいですよ」
「ありがとうございます!」
よし、これで魔道具を好きに作る権利を保有したぞ。これから毎日製作室に籠ることにしようじゃないか。
「えー設計ミスや部品の接合がきちんとしていない、差し込む場所がずれている、などで実際に組み立ててみても正常に動作しないことは多々あります。製作室が解放している間は私が監督としていますから、何かあったら聞いてください。えー他にもいろいろと注意すべき点があるので、最初に製作室に来た時は必ず私の元に来てください」
「分かりました。早速今日から行こうと思います」
「そうですか。では、これで」
スタスタと廊下の向こうへと小さくなっていくフーコー先生。喋るのもかなり早いし、歩くのも速い。よほど自分の研究に命を注いでいるんだな。
「っと、鞄を置きっぱなしだった」
「大丈夫よ、ほら」
フーコー先生との会話を終えてすぐ、さっきまでいた教室に残してきた鞄を取りに戻ろうと振り返ると、そこには俺の鞄を持ってにっこりと笑うシェーラがいた。
「ああ、ありがとう」
「フーコー先生と何を話していたの?昨日熱心に書いていた魔道具の話?」
「そう。今日から放課後に制作室に行って自由に魔道具製作していいんだって」
「すごいじゃない。フーコー先生、実習の授業のときに『魔道具は組み合わせ次第で簡単に大怪我するようなものが出来ることもあるから勝手な真似はしないように』みたいなことをおっしゃっていたわよね?レオがそれほど信頼されているってことかしら」
「そうかもね。嬉しいよ」
「…ということは、しばらく一緒に帰れないのね」
シェーラは祝ってくれたものの、悲しそうでもあった。その表情を見て、一人で舞い上がっていた俺は、シェーラと帰れなくなるということすら認識していなかったのだと気づいた。そのことに気づいていなかった俺は非情な奴だと思われていないだろうか。
「ごめん。一緒に帰れないのは俺も残念だけど、魔道具製作はどうしてもやりたいことなんだ」
「…いえ、謝らないで。私がレオのしたいことを邪魔する権利なんてないから。私が我慢すればいいの。そう、私なんかが…」
「シェーラ…」
このときのシェーラの表情を表現する語彙を俺は持ち合わせていない。少なくとも明るい表情ではなかったとだけ言える。
その表情が俺の心をざわつかせる。得体の知れない不快感が頭を重くし、次の授業は一切身に力が入らなかった。




