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命題:数学者は異世界で生き残れるのか?  作者: kmath
5章 天才数学者、研究する
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84 数学者、学会に行く②


Side レオン・カール


 自分の研究成果が書かれたポスターの前で1人が立ち止まっている。40代から50代のおじさんが難しそうな顔をしてポスターの式を追っている。びしっと決まったスーツにステッキを持つ、いかにも紳士といった格好をしている。そんな彼にさっそく話しかけることにした。


「あの、私がこのポスターを書いた者なのですが…」

「君がかい?ずいぶん若く見えるが」

「はい、まだ王立魔法学校の学生です」

「その若さでここまで…大したものだ。王立魔法学校ということは…ペアノ先生の教え子かい?」

「ええそうです。もしかしてペアノ先生は有名な方なんですか?」

「はっはっは、そりゃあそうだよ。何よりスカイの概念を最初に提唱したのが彼だからね」

「ええっ」


 初めて聞いた事実に驚くと同時に、あの先生は自分からそういうことを話したがらない人なのだと納得した。俺はこれまで生み出した張本人と1対1でスカイについて議論していたのだ。


「それにしてもこの最後の定理は素晴らしい。局所的な図形の曲がり具合から図形全体の形状がある程度定まるということを、スカイを使うことで示している」

「ええ、そうなんです。その時の開被覆の取り方によらず、一意にシャーク台への関数を構成することができる所が、非常によい性質だなと思いまして」

「なるほど。実は君の研究と私の研究分野が隣接している部分があってね。というのも、私は位相幾何をやっている。この結果は一般の等質空間でも成り立つのか?というのはよい研究テーマになりそうだと思ったよ。面白い研究だ」

「ありがとうございます」


 コンパクト性を仮定すれば成り立ちますよ、と言いかけたがやめておいた。地球の理論体系では証明されている事柄でも、この世界の今存在する知識だけではすぐに示されないからである。彼に成り立つことを話しても、その理由を説明するだけの言葉がこの世界の学問にはまだないのだ。

 すっかり意気投合したおじさんと他のパネルを見ながら議論を交わす。前世含めて自分の専門でない分野の人の話を聞くのはよい刺激になるのだ。


「おっとすまない。私はそろそろ用事があって向こうに移動しなければならないのだ。君はこのあとの用事は?」

「ステージで何人かが研究成果を大々的に発表するらしいので、それを見ることにします」

「そうかい。あっちの方に椅子が用意されているから、疲れたら座るといいよ。では私はこれで」


 こうしてお互い一度も名乗らないまま、紳士のおじさんと別れた。数学を語るのに名前など関係ないのだ。しかしよく考えると俺のポスターを見たのなら俺の名前は向こうに知られている。ならば名前を聞けばよかったと今更ながら後悔する。




 そろそろ学会のメインイベントが始まる。それはステージでの発表だ。教授の中でもとりわけ大きい研究成果を残した人がステージ上で発表するのだ。プロジェクターの魔道具を使うらしい。ペアノ先生が発表者一覧を持っていて一度見せてもらったが、10人程発表者がいるようだ。その中にはペアノ先生も含まれていた。

 ステージ上での研究発表が始まったので、俺は並べられたパイプ椅子の後ろの方に座って聞く。さすがにまだ学生で知名度も何もないので、座る位置は考慮した。

 プロジェクターの魔道具がどのような機構になっているか気になって聞き逃した発表もあったが、たいてい地球の数学の言葉に直してみれば、地球ではそれなりに知られている事実が多かった。

 ペアノ先生の発表はいつなのだろうと首を長くして待っていたら、それは最後から2番目だった。発表順が後ろになればなるほど権威ある人だという相関関係があるので、やはりペアノ先生は大御所だったのだ。

 壇上に現れたペアノ先生の発表を聞く。研究室で一緒に議論した内容がいくつか出てくる。


「…であるから、この閉曲線に沿った線積分と基本群との間に深い関係があることが分かったので、解析的な考察と図形的な考察、両方の側面から特別なスカイの構造が決定できるようになりました」

「「おおお…」」


 会場が一様にどよめく。一見関係なさそうな2つの分野が、実は深い所で繋がっていたということが分かったのだ。これを驚かない学者はいない。


「…したがって、このスカイはまだまだ発展途上でありながら、非常に大きな可能性を秘めた分野であると言えるでしょう。ご清聴ありがとうございました」


 ひと際大きな拍手が巻き起こる。


「いやぁ、ペアノ先生は今年も去年以上に素晴らしい結果を残されてますね。去年でさえ最高レベルの大成果だと言われていたのに、それをはるかに超えてらっしゃる」

「これからは幾何学を研究するならスカイを知らないといけない時代がくるかもな…」


 周りに座っている学者の感想を聞きながら、やはりペアノ先生は偉大な先生だったのだと、当たり前な感想を抱いていると、最後の発表者が入れ替わりでステージに現れる。それはスーツにステッキ、あの紳士なおじさんだった。


「では位相的な3次元多様体の考察について発表します、ポアンカレです。よろしくお願いします」


 奇しくも、あの紳士なおじさんは地球でも非常に知られている数学者と同じ名前をしていた。


「…であるからして、このような予想が考えられます。すなわち『単連結な3次元閉多様体は3次元球面に同相である』というものです」


 彼が提唱した予想は、地球で知られているポアンカレ予想そのものだった。地球でも100年解決に時間がかかった難問だから、この世界でも解決に長い時間がかかるだろう。俺のいずれの研究テーマの方針が1つ決まった瞬間であった。


スカイとかシャーク台とかは自分で考えた適当な数学用語です。

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