81 数学者、決心する②
Side レオン・カール
「シェーラ、実はずっと隠していたことがあるんだ」
寮の玄関の石段に並んで座り、俺の前世について話す。ガイアより文明、学問が発達していること、魔法が存在しないこと、前世は孤独で数学ばかりしていたこと。シェーラは静かに最後まで聞いてくれた。
「そうだったのね。レオがここまで天才なのも、こんなに大人びているのも、全て納得いくわ」
「今まで隠していてごめん」
「ううん。隠して当然よ。それと、地球?にいた頃はずっと独りだったのね…」
「まぁ、数学が恋人みたいなものだったから、寂しいとか人恋しいとかはなかったけど」
「強がらなくてもいいのよ。今のレオには家族がいる。マリーさんもいる。それに…」
ぎゅっ。俺の手をシェーラが握る。
「私もいるから」
そんな、強がりじゃなくて…と言いかけたが、この手の温もりを感じていると、とても心地よくて安心することに気づく。実はずっとこの温もりを求めていたのかもしれない。
「それとどうしても確認したいことがあるのだけど…」
「何?」
シェーラが少しだけ言いにくそうに、続ける。
「前世で17歳まで生きていたのでしょう?10歳の私と一緒になりたいってことは…そういう趣味なの?」
ぐっ。これは最も言われたくない質問だった。だが、この世界では地球以上に歳の差婚が横行しているし、これは自分の中で1つの結論(言い訳)が出ている。
「17歳まで生きた記憶を持っているけど、10歳の体で生活しているし、思考もある程度その体に準じたものになるんだよ、たぶん」
実際、振り返ってみると17歳の青年としてはありえないはしゃぎ方をしていた場面がいくつもあるのだ。したがって記憶はあっても、感情の揺らぎなどは体に依存する部分が大きいはずだ。
地球においてロリコンというのは、一種の罵倒の言葉、嘲笑の対象のような扱いだった側面があるので、どうしてもそう思われたくないのだが、好きになってしまったものは仕方ないのだ。
「そうなのね。レオが変な趣味の人じゃなくて安心したわ」
「はは…」
「それと、マリーさんは妾として囲うの?」
「…やっぱりマリーさんって…」
「うん。絶対レオのこと好きよ。見ればわかるもの。メイドが第一夫人になれるわけないし、自分から妾にしてなんて言い出せるわけないから、ずっと待っているはずよ」
薄々気づいてはいた。ここまでマリーさんが懇意に尽くしてくれるということは、そういうことなのだろうと。
前にマリーさんに『慕っている』と言われたのは尊敬の意味ではなく恋慕の意味だったのかもしれないな。
「まぁ…考える」
「貴族の息子に生まれたなら、複数の女性と結婚するのは避けられないわよ。前世ではそうじゃなかったとしてもね」
そうは言うものの、前世の常識(前世で常識ある人として生活していたかは分からないが)も持ち合わせている身からすると、重婚への抵抗を完全に払拭出来ない。心に決めた1人と生涯を共にし、同じ墓に入る。それが当たり前と思っていた。
「ふふ…それにしても、交際なんて何をするんだ、なんて言っていた私達が交際なんてね」
「そうだね」
そう短く返して、しばらく静かに手の温もりだけを感じる。
ひと際強い風が頬を殴り、ちくりと刺すような痛みを残す。冬の夜に外で長時間座り込むのはやめた方が良いというのは自明だ。
「寒いからそろそろ帰ろうか」
「うん」
俺達は手を繋いだまま寮の中へと入っていった。
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「お帰りなさいませ、レオさま」
「ただいま」
『絶対レオのこと好きよ』というシェーラの言葉が頭の中でこだまする。改めてマリーさんをよく見てみる。いつもと変わった所はない。
「パーティーはいかがでしたか」
「うん、人生初のパーティーだったけど、楽しかったよ。主に貴族の女生徒から声をかけられたね。マリーさんの指導がかなり役に立ったよ」
「お役に立てて嬉しく存じます」
「それで…実はかなり大事な報告があるんだけど…」
そう俺が切り出すと、マリーさんは俺から預かったコートをかけ、佇まいを正してこちらの言葉を待つ。
「シェーラと交際することにした。可能なら結婚しようと思う」
「おめでとうございます。そうなると信じていました」
マリーさんは笑顔になり、自分のことであるかのように喜びを見せる。頭の上の猫耳もぴんとまっすぐ立っている。
嫌な顔1つしないのは、素直にすごいことだと思う。地球であればこの報告は実質フラれたようなものを意味すると思うが、この世界ではそう捉えないのが常識なのか。
「…分かっていたの?」
「ええ。夏に、お二人で劇の鑑賞に誘ったことで確信に至りました」
…ということは、やはり。つい先ほども女性から気持ちを打ち明けられたばかりだというのに、もう一度体験しなければならないようだ。
「…なんで?」
「実は、あの劇は男女2人で観に行くと末永く結ばれるという噂がありまし…っ!?」
マリーさんはここまで話して、俺と2人で劇に誘った自分もその狙いがあったと自白していることに気づいた。赤面したかと思えば、見る見るうちに顔が青くなっていく。
「申し訳ありません!メイドでありながらそのようなことを…ご迷惑でしたよね…」
あぁ、だから俺は人として足りていないんだな。大切な人にこんなことを言わせてしまうなんて。こんな気持ちにさせてしまうなんて。彼女は俺に拒絶されてしまうのをずっと恐れていた。だから、一度たりともその気持ちを明かそうとしなかったのだ。
俺は卑怯だろうか。意気地なしだろうか。こうして相手から先に気持ちを打ち明けてもらわないと、先に進むことが出来ない。
「ううん。迷惑なんかじゃない」
マリーさんの手を取る。マリーさんの目を見据える。その黄金の瞳がこちらを見返す。今にも泣きそうだ。もう大切な人の涙は見たくない。俺は慌てて言葉を脳内から掬い上げる。
「ずっと一緒に支えてくれた。一番近くで助けてくれた。だから、これからもずっと傍で支えて欲しい」
「…」
マリーさんは何も言わない。俺の言葉選びが下手くそで意図が伝わらなかったか。結婚してくれなんて直接的な言葉は、どうしても恥ずかしくて言えないのだ。
「ええとつまり…その、シェーラと結婚するって言ったけど、もしよければマリーさんとも…」
「言い直さなくても、分かっていますよ」
「レオさま、ずっとずっと、その言葉を待っていました」
泣き出しそうだった彼女の涙を止めることは出来なかった。
これでひとまず自分が一番書きたかったシーンを出せました。悔いはありません。(別にこの小説が完結するわけではありませんよ!)
まだまだ物語は続けるつもりですが、ひとまず大きな区切りがつけられたことを素直に嬉しく思います。
これからも、『命題:数学者は異世界で生き残れるのか?』をよろしくお願いします。




