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命題:数学者は異世界で生き残れるのか?  作者: kmath
5章 天才数学者、研究する
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80 数学者、決心する①


Side レオン・カール


「レオが好きなの。ずっと一緒にいたいの」


 さすがにここまで言われて気づかない人はいない。以前、夏休みの終わりに散歩したときもカティア、俺、ユウのことが好きでずっと一緒にいたいと言っていたが、その『好き』とは本質的に違う意味を指すことも当然分かっている。


 ずっと、気づいていながら気づかないフリをしていた事実。


 なぜ、2人きりで劇の鑑賞に誘ったか。なぜ、いつも横で楽しそうに話しかけてくるのか。なぜ、目を合わせると顔を赤くして視線を逸らすのか。全て分かっていた。分かっていて、分かっていないよう演じていた。

 全て知っていた。卒業後は父親の決める相手と結婚しなければならないのに俺に想いを寄せていて苦しんでいることを。俺への想いが募るほど、卒業の別れが耐えられなくなることを。

 したがってこれは明かしてはいけない想いだったということを。


 横に並ぶ少女は、自分の涙を拭うこともしない。


「シェーラが好きだ」


 気づいたら彼女を抱きしめていた。無意識に言葉が出た。


 自分の気持ちにも気づかないフリをしていた。なぜ、その透き通る瞳に視線が吸い寄せられるのか。なぜ、隣にいると胸が高鳴るのか。なぜ、ふとした瞬間に彼女のことを思い浮かべてしまうのか。

 気づいてはいけないと思っていた。言葉に出してはいけないと思っていた。自分に自信がなかったのだ。前の世界で孤独だった自分。この世界では人との繋がりを大切にするといっても、誰かに愛され、愛する自信がなかった。


 しかし、目の前で想いを打ち明けて涙を流す彼女を見ると、言い訳を並べる自分は些細な存在に思えた。この少女を悲しませたくない。ただそれだけで良いのだ。


 指で彼女の目元を拭ってもう一度言う。


「シェーラが好きだ」


 少し強く抱きしめる。しかしシェーラはされるがままだ。


「無理よ…無理なのよ。私の未来は決まっているの」

「未来予知は不可能だ。望む未来を選べばいい」

「お父様の決定には逆らえないの」


 ここで一歩進むと、もう完全に戻ることは出来ない。しかし俺は躊躇うことなく踏み出す。


「大丈夫、俺がなんとかするから」

「…あぁああ…」


 シェーラが嗚咽する。

 答えなど、既に分かっていた。シェーラは強い力を持つ領の権力者に嫁がされること。しかし父親に相手を決められることを嫌がっていたこと。カール領はザビンツ国でも一、二を争う大きい領だということ。何かあったら俺に助けて欲しいと縋ったこと。

 俺の決意が足りなかったのだ。誰かを愛する覚悟。一生を添い遂げる覚悟。障壁に立ち向かう覚悟。

 しかし1つだけ問題があった。シェーラは以前『どうせどこかの貴族の長男に嫁がされる』と言っていた。そう、基本的に領主となるのは長男であり、未来の領主に嫁がせるのが政治的に重要なのだ。


「確かに俺は長男ではないし、おそらく領主にはなれない。だからシェーラの父親のお眼鏡にかなわないかもしれない。簡単に解決することは出来ないだろうけど、シェーラを離したくない」

「…うん」


 シェーラが腕を俺の背中に回す。これは、受け入れてくれたと判断していいのだろうか。




 しばらく抱擁したまま、静かに時が流れる。今は12月、冷たい風が時折吹くも、抱きしめる彼女の温もりがじんわりと伝わって心地よい。


「私ね、本当はこの気持ち、ずっと隠しておくつもりだったの、だって、私はお父様の決める人と結婚しないといけないのに、レオが好きだってばれたら色々と問題じゃない?」

「そうだね。それに、卒業時に余計辛くなるからね」

「うん」

「シェーラの父親に相手を決める権限があるから、シェーラの口からはっきりと結婚したいと言ってはいけない。だから、俺から言わないといけなかった」


 シェーラが指名することは不可能だが、俺がシェーラの父親にかけあうのは可能である。これが唯一の解だったのだ。


「やっぱりレオは何でも分かっているのね…」

「いや、全然分からない」

「何が?」


 数学ばかりやってきた人間が分からないことと言ったら決まっている。


「何を持って『好き』と言うのか分からない。どういう状態のことを好きと言うか、定義がはっきりしていない。だから俺がシェーラのことをどうして好きと言ったのか分からない。明確な基準が無ければ、自分はシェーラのことが好きかそうでないか判断するのは不可能だから『俺はシェーラのことが好きである』という命題は真偽の判定がつかない」


 例えば、整数について『2で割って1あまる整数を奇数とする』というきちんとした定義があって初めて、我々は整数をみて、これは奇数である、奇数でない、とはっきり答えることが出来る。もし、『いい感じにかっこいい整数をクール数と呼ぶ』のような曖昧ではっきりしない定義をすると、具体的に5はクール数なのか、3.4はどうなのか、と言ったことは判断出来ない。当たり前のことだ。したがって『これこれこういう状態、感情を好きという』といった定義が無ければ、自分は今シェーラのことが好きなのかどうなのか、論理的に判断出来ないのである。

 とまぁ、怒濤の思考も、突然回り出した舌も、今の恥ずかしさ、ぎこちなさを紛らわせるためにとっさにしたものだが。


「…くすっ。じゃあなぜ私のことを好きって言ったの?」


 やはりシェーラはそんな俺の必死さを分かっている。


「だから分からない。あの時は思考せず無意識に言葉が出たから」


 少し妖艶に笑いながら問うシェーラに対して正直に答えると、シェーラは急に黙ってしまった。なぜだろうか。抱き合ったままだから顔を見て理由を推し量ることも出来ない。


「シェーラ?」


 俺が不思議に思っていると、シェーラは1人納得した様子で笑いながら言う。


「…うふふ。つまりはそういうことよ」

「どういうこと?」


 俺の耳元で、シェーラが満面の笑みでささやく。


「やっぱりレオって変わっているわね、ってことよ」


 何度も聞いてきたそのセリフは、今回が一番優しく、心地よかった。


ついにヒロインと結ばれました。今時の異世界転生モノにしては遅いですかね…?


「やっぱりレオって変わっているわね」という台詞は告白の場面に使う、ということだけはずっと前から決めていて、何回も散りばめてきました。

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