78 数学者、パーティーに参加する⑤
Side レオン・カール
「シェーラ。酒飲みの言うことだから、話半分に聞いておけばいいよ。パーティーで暗い気持ちでいるものじゃない」
「…うん」
何とか考え出した言葉を投げる。突然の事態に頭が付いていけてなかったので、うまく『気にするな』と言えなかったかもしれない。シェーラはまだうつむいたままだ。
どうしようもなく、グラスのオレンジジュースを一口飲んでから揚げを口に運ぶ。ぱさぱさしていて食べにくい。何回も食べ慣れているワイバーンのから揚げの方が美味しい。
「…ごめんなさい。私、お手洗いに行ってくる」
こちらが何か言う前に立ちあがって去っていくシェーラ。取り残される俺。シェーラが出ていった重厚な扉を見つめたまま、どうすることも出来ない。
なぜ彼女は『ごめんなさい』と言ったのか。考えても分からない。何に対して申し訳ないと思ったのだろうか。それともパーティーでは一人で席を立つ時はいちど断りを入れないといけないのか。…まぁ、待っていれば戻ってくるだろうから特に気にしなくていいか。
料理の味が感じられない。ジュースで半ば強引に流し込み、飲み物のおかわりをもらいに行く。願わくば他の3人が戻ってくることを期待してゆっくりと時間をかけてから戻る。
「誰も戻ってこないじゃんか…」
わずかな寂しさを覚えながら、グレープフルーツジュースを飲む。口の中に甘味と酸味が広がる。…1人でいることを寂しく感じるとは、ずいぶん変わってしまったものだ。前世はずっと1人だったというのに。
「レオン君ー」
後ろからユウの声が聞こえる。2人が逢引きしているの見てしまったことは隠した方がよいだろう。きっと向こうから打ち明けてくれるだろうから、それを待つのが友達ってものだろう。もしユウ1人ならカティアの告白は失敗したのかもしれない。もしカティアもいたら、告白は受け入れられたのかもしれない。カティアもそこにいて欲しいと思いながら振り返る。
「…おや、ユウとカティアじゃないか。いつの間にかいなくなっていたけど?」
カティアもいたということは、少なくとも破局していないということだ。仲の良い友達同士の関係が悪化していないことを確認して、ひそかに安堵する。
「シェーラとレオに話しかけたい人がいっぱい来たから、別の場所に行ってたのです」
「そうか。迷惑をかけたな」
「ううん、全然大丈夫だよ」
「気にすることないのです」
「そういってくれると助かるよ。シェーラは今お手洗いだ」
「そうなんだ。早く戻って来ないかな」
「…何か話したいことでもあるのか?」
まるで何も知らないかを装いつつ、それでも気になってしまうので、ばれないように誘導してみる。良い結果でありますように。
「うん。ちょっと4人で相談したいことがあって」
…相談?思っていた展開じゃないな。
「俺が先に内容を聞いても?」
「いや、皆揃ったタイミングで言いたいんだ」
「そうか」
ちらっとカティアの顔色を窺ってみる。少し悩んでいるような表情だ。これはもしや、そこまで良い展開ではない?シェーラよ、早く戻って来ておくれ。
「おまたせ…あら、2人とも、戻ってきたのね。どこに行っていたの?」
「ちょっと2階に行ってたのです」
「あら、そうなのね」
お手洗いから戻ってきたシェーラは、いつもの様子だ。こちらもこちらで心配していたが、問題ないように見えるので一安心だ。
相談について話してくれるのを待っていると、意を決したようにジュースを飲み干したユウが、ついに口を開く。
「レオン君、シェーラさん、聞いて。僕とカティアは交際することにしたんだ」
「…本当なの、カティア?」
シェーラが驚いた様子でカティアに確認をとると、カティアは恥ずかしそうに下を向いて、消えるような声で言う。
「…本当なのです」
「おめでとう、親友として嬉しいわ」
「おお、おめでとう」
シェーラの名演技ほどではないが、俺も今初めて知って驚いている雰囲気を醸し出しつつ祝福する。
「カティアから告白したのよね?」
「そ、そうなのです」
答えるカティアは顔を真っ赤にし、恥ずかしさで今にも破裂しそうだ。
「でも、さっきユウは相談があるって言ってなかったか?」
俺は反射的に思ったことを口にしてしまった。祝福ムードを壊すようなことを言ってしまったことにすぐ気づくも、後悔先に立たず。するとユウとカティアはやや真剣な顔つきになる。
「そう、そうなんだ。カティアに告白されて、交際することにしたけど、具体的に何をすればいいのかさっぱりで」
…それを俺達に聞くのか?少なくとも俺は分からないぞ。この世界の常識が大きく欠如しているからな。デートでもしとけ、と答えそうになるが、じゃあデートでどこに行くのか、何をするのか、友達として出かけるのと何が違うのか、と聞かれると、全く答えられない。
「分からんな」
「私もよく分からないわね。でも、本で、まずはお互いのことをもっとよく知るって書いてあったわね」
「「お互いのことをもっとよく知る??」」
「そうよ。結婚相手としてふさわしいかを確かめるためにもね」
「「け、結婚相手!?」」
ユウとカティアが繰り返す。シェーラがこう言うのだから、この世界の常識として、卒業まで交際が継続していれば、おそらくそのまま結婚するのが多いのだろう。同じ屋根の下で生活するには、お互いのことをよく知るのは確かに重要だ。というか、この反応を見るに、お互いが将来の結婚相手になる可能性まで考えが至っていなかったのか。
「か、カティアが結婚…はぅぅ…」
カティアは妄想の果てに頭から煙をあげて再起不能に陥ってしまった。これはあくまで比喩表現であることに注意されたい。
「おーい、カティア、大丈夫?」
「…はっ、ユウ、ユウと結婚…」
ユウがカティアを呼び戻そうとするも、逆効果だ。それほどカティアはユウのことが異性として好きなのだろうか。




