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命題:数学者は異世界で生き残れるのか?  作者: kmath
5章 天才数学者、研究する
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73 数学者、問答する④


Side レオン・カール


 夏も終わり、少しずつ冬の到来を感じる。木々は葉の色を変え、やがてその衣を脱ぎ捨てるだろう。太陽が沈むのは日に日に早くなり、日没後は上に何か羽織らないと肌寒い。

 論文の執筆はやや難航している。改めて文章として書き出す段階になってようやく、厳密な議論が足りていなかったり、理解が不十分だったことに気づくのだ。学会までの期限が近づくと共に、期待と焦りが増幅されていく。


「ねぇ、未来を見ることって出来ないのかな」


 放課後、4人で下校しているとユウがこんなことを聞いてきた。


「少なくと魔法でそういうものはないと思うわ。あったらいくらでも悪用できるじゃない」

「未来は不確定で複数存在するから、見ても意味ないって、本で読んだのです」

「どういうこと?」

「例えばユウが10年後の自分を見たいとするのです。で、今から10年間でユウがどんな行動をするか、考えられるパターンは無数にあって、それぞれのパターンで異なる未来が待っているのです。未来を見たとしても、その無数のパターンのどれか1つの帰結を見れただけで、実際は他のパターンの未来にたどり着くかもしれないのです」

「んん?」

「なんだか難しいわね」

「つまりカティアが言いたいのは、こういうことだな。

ユウが石を持っているとする。カティアが10秒後の未来を見たらユウの前方5m先に石が転がっている光景が見えたとする。でもこれは、あくまで『10秒の間にユウが石を5m飛ばした結果、たどり着く未来』であって、実際はその10秒間にユウが石を投げずに手元に残ったままの未来になるかもしれないってこと」

「なるほど!ボクが何か行動した未来が1つ見えても、実際は違う行動をして違う未来になるかもしれないのか」

「そうなのです」

「よく分かったわ。あらゆる可能性があるから未来が1つに絞れないってことよね。じゃあ、ユウが石を投げた直後に数秒後の未来を見たら、ほぼ確実に石の落下地点を当てられるんじゃないかしら」

「そっか、ボクの手を離れた後なら石の動きが変わるわけないものね」


 なるほど、確かにそれはそうだ。もし仮に未来予知の魔法があったとしても、数年先を予測しようとするとあらゆる可能性の中の1つが知れるだけに過ぎず、結局未来予知が外れるかもしれない。しかし不確定性が排除された、微小時間先の未来ならば、可能性のある未来はほぼ1つしかないから魔法はぴたりとその未来を教えてくれるはずなのだ。


「でも、石の挙動なら計算である程度求められるじゃん。初速と座標と重力定数が分かっていれば運動方程式を解くだけだから」

「確かにそうなのです。石の軌道は放物線を描くことを習ったのです」

「ということは、少し先の未来を見るということは、計算して式を解くってことになるのかしら」

「うーん、どんな未来を見るかにも依るのでは。物体の軌道とか溜まった水の量とか、算術と科学で書き表すことが出来るものなら少し先の未来は見えるけど、人の心とか、数字に出来ないものは無理だよね」

「でも逆に言えば、石の軌道のような物質的なものなら算術で当てられるってことよね」

「そうだね、これくらいの角度でこんな速さで投げると何秒かけてどこに着地するか、やる前に計算で出せるってことだからね」

「なんだかボクが考えていた未来予知と違う…」


 ユウが残念そうにぼやく。ユウは何年も先の未来を予測する、ということを考えていたようだ。こうもあっさりと不可能だと断言されるとショックなのだろう。


「ユウの気持ちも分かるわ。確かに私も未来が見れる魔法があったらな、って考えたことあるもの」

「カティアもあるのです」


 誰もが未来予知を一度は夢見るものだ。


「でも実際は算術を駆使して人が計算できる量なんてたかが知れてるんだよ。例えばこの木の葉」


 落ちている木の葉を1枚拾って頭の上まで持ち上げて手を離す。


「この木の葉は重力だけでなく、僅かな空気の流れの影響なんかも受けて、ひらひらと非常に複雑な軌道を描いた。木の葉自身も絶えずくるくる向きを変えて落ちたよね。これらを全部考慮して結果を予測するのはどんなに計算が速い人がやっても1万年かかっても終わらない。あまりにも変数が多すぎる」

「石の軌道は分かっても木の葉は分からないの?」


 シェーラはそれが不思議だと言わんばかりの様子だ。


「ああ。そもそも石の軌道が分かるというのも、石は重力以外の影響が十分小さくて無視できる、という前提で成り立つ話なんだ。実際は空気抵抗だってごく小さな影響を与えるけど、それはほんの数ミリにすら及ばない。重力しか考えなくていい状況だから、式も複雑にならない。でも木の葉は空気抵抗や風の影響を大きく受けるから無視できない。それらも含めた式を作ろうとすると途端に複雑になって、解くのが困難になるんだ」

「そんなに計算が大変になるの?」

「計算が大変というのもあるし、そもそも解が知ってる関数の組み合わせで書けなくなったりもする。非線形微分方程式なんてだいたい解けない」

「ふーん、そういうものなのね」


 算術は決して万能ではありません。そうペアノ先生が以前言っていたのを思い出した。


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