72 数学者、問答する③
Side レオン・カール
翌日放課後、また4人で机を囲んで勉強会を開く。
「学会って何する場所なの?」
休憩時間にユウが聞いてきた。確かに学問の世界に身を置かないと知らないのは当然だろう。というか、俺も前世含めてこれが初めての経験だ。
「まぁ、俺も初めての参加だからよく分からないんだけどね。研究の成果を発表して、他の学者と意見交換をするってところかな」
「ふーん…じゃあレオン君は算術の何を発表するのさ」
「たぶん、スカイの基本群の正規部分群を作用させた商空間の局所的な乖離構造とシャーク台の分類定理の拡張かな」
「…何も分からないけど????」
「大丈夫よユウ、私達もさっぱりだから」
「まぁ、普通の人に各概念を説明しようとしたら丸一日はかかるだろうし、しょうがないね」
「それってなんの役に立つの?」
たまらずユウが聞いてくる。その質問はある意味最も危険な質問だ。
「今の所は、何の役にも立たない」
「あ、そうなの?」
ユウは、俺が役に立たないと答えるとは思っていなかったらしく、驚いて目を見開いた。
「よく算術なんて役に立つのか、ということを聞く人はどこにでもいるんだけど、実際は分かりやすい形で役に立つことなんてほとんどないんだよ。それこそおつりの計算とか、魔法学校入学に必要な、基本的な知識レベルくらいまでしか全ての人が日常的に使う算術はない」
「確かにそうよね」
地球にいた頃、テレビで芸能人が『数学の何がすごいんですか?』と聞いたり、勉強途中の中高生が『こんなことをして何の役に立つんだ』と吠える場面は幾度と見てきたのを思いだす。俺はそういう人達には『そんなことを質問している間は、あなたには役に立たないでしょうね』と皮肉交じりに答えたい。なぜなら、彼らのその質問は、純粋な興味なんかではなく、数学が出来ない自分を正当化しようと、数学を下げるという意図が感じられるからである。
今回のユウは別に算術が嫌いでそう聞いてくるわけでなく、単純な興味からの質問だから誠実に答える。
「でも、魔道具の設計に携わる人とか、ごく限られた一部の専門的な人たちは当たり前のようにもっと高度な知識を使って仕事をしているから、そういう意味で高度な算術も彼らにとっては十分役に立つ。逆に、そういう仕事と接点がない人からしたら高度な算術をやる意味が感じられないのも当然」
「なるほどなのです。それで、さっきレオが『今の所は、役に立たない』と言ったのはどういうことなのです?」
「基本的な学問の発展の仕方は、何か解決したい問題があって、解決のために試行錯誤しながら新しい概念、すなわち式や法則を作る、という流れになる。で、算術の研究をする人達はその新しい概念を完璧に使いこなせるようになることを目指して、その概念の性質を細かく調べ始める。俺が今回発表するのもある概念の性質を1つ見つけたっていうだけなんだよ。だからすぐ何かの役に立つわけじゃない。でもこういうことを繰り返すことで概念の使い方が完璧に分かってきて、最終的にそれをもとに役に立つ魔道具が開発される。俺がやったのはあくまで橋渡しにしか過ぎないのさ」
「へぇ、うまく言えないけど、なんだかとてもすごいことをしているのね」
「なんだかボクたちの知らない世界って感じがする」
この世界では学問を究める人の割合は圧倒的に少ない。それは魔物との戦闘や力仕事に従事する人が多いからでもある。魔法学校に通うのもあくまで一番の目的は魔法技術の向上であり、算術を研究する人ははっきりいって変わり者なのだ。
「レオは学会に出るってことは、もう卒業後も研究者としてこの学校に残るの?」
「たぶん残るね」
「先生になるのです?すごいのです」
「レオン君は先生、合っていると思う」
「そうね。レオは普通じゃないしね」
「あはは、そうそう」
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数日後、ペアノ先生の元へ行き、学会で発表する内容の確認をし、論文の執筆にも着手する。この世界では初めての論文だ。
「では、この2つの事項について論文の形で書き、これを持って学会で発表しましょう」
「わかりました」
「レオン君は論文を書くのが初めてでしょうから、書式や記法などで混乱することもあるでしょう。それについては私が校正しますから、焦らずゆっくりと書いていきましょう」
「ありがとうございます、頑張ります」
「ええ」
ペアノ先生はとても親切だ。よい先生と知り合えたことに感謝しつつ、論文執筆の日々が始まるのだ。




