67 数学者、夏休みを満喫する⑧
Side レオン・カール
王都にある、ザビンツ歌劇場という場所にやってきた。王都において最大規模の劇場で、収容人数が2000人、というのを売りにしているらしい。今は開園1時間前。券売窓口には長蛇の列が出来ている。事前に券を買うのは正解だったようだ。
今、列に50人が並んでいる。1つの窓口で1分につき2人を捌くことが出来る。列には新たに毎分5人がやってくる。
「窓口をもう一つ開ければこの列はおよそ20分でなくなるね」
「こんな所に来てもレオはいつも通りなのね」
シェーラが半ば呆れながら言う。彼女の手の中にも1等席の券が握られている。
「お二人とも、券は持たれましたね?ではあちらの係員に券を見せて中に入りましょう」
マリーさんに言われるがまま俺たちは入口に向かう。
「戦姫の恋、かぁ」
今日の演目を知らせる立て看板の文字を読み上げる。戦争を題材とした物語だろう。ザビンツ国は建国の過程でいくつか戦争を繰り広げたことは歴史で習ったが、この知識が役に立つだろうか。そもそも史実に基づいた話でなくただの架空の物語かもしれないが。
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「へぇ…いろんな劇をやってるんだなぁ」
劇場内の赤い絨毯を歩きながら、壁に貼られている歴代の演目のポスターを眺めてありきたりな感想を述べることしか出来なかった。
「ええ。どれも有名な演目です」
マリーさんはそう言うものの、どれを見てもさっぱりピンと来なかった。こういうものについても勉強すべきなのだろうか。
1等席はどのような席なのだろうと思っていたら、普通の客席の真上の階にある、特別な席と言うより、もはや小さな個室と呼べる場所だった。テーブルも用意され、そこで飲み物を楽しみながら鑑賞出来るのだとか。1等席は貴族などが家族、グループで鑑賞するための席であり、プライバシーを守る意味でそれぞれが小部屋のように分けられていて、他の1等席の客が誰か分からないようになっているのだ。
「ふぅ。やっと帽子が脱げるわ」
エルフであることを気づかれないように、耳を隠すように帽子を深々と被っていたシェーラ。帽子をテーブルに置き、きらめく金髪をパッと後ろに払う。
すぐに給仕がやってきて飲み物を出してくる。メイドが給仕から丁寧に飲み物を渡される光景はある意味珍しいかもしれない。
「ん、おいしいお茶ね」
一口飲んだシェーラの感想を聞いて俺もカップに口をつける。
「確かにおいしい」
「私のは…お酒のようですね。成年しているとまずお酒が出されるようです」
上の階から通常の客席に人が入っていく様を眺めていると、やがて場内が暗くなり、ついに開演となった。広いステージに豪華なセット、魔法も使い、かなりの迫力がある。
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とある大国には「戦姫」と呼ばれる、圧倒的な戦闘力で数々の戦いを勝利に導いた女性がいた。その美貌も相まって国内では彼女の人気が凄まじく、みるみるうちに国軍の中枢となる立場に上り詰めた。
ある日、普段から小競り合いが尽きなかった隣国と開戦する。すぐに彼女は最前線へと向かい、2つの小隊を指揮することとなる。これまで負け知らずの彼女の到着を知り、士気を高める兵士。今回の戦争も勝利すると誰もが信じて疑わなかった。
しかし敵の巧妙な術中に嵌り、彼女の率いる小隊は壊滅してしまう。命からがら敗走した彼女は初めての負けに大きなショックを受け、それ以来戦場に立つことを拒むようになってしまった。
「戦姫」と呼ばれていた過去の栄光とは真逆な暗い日々を過ごす彼女。その心の傷を癒したのは幼馴染の男性だった。少しずつショックから回復する彼女。しかし世間はそれを許さなかった。
小競り合いから発展した戦争。敵国の勢いはとどまるところを知らず、じりじりと前線が後退していき、国内では敗戦濃厚という噂が流れる。不安に包まれた民衆はこぞって犯人捜しを開始し、ついに戦姫が原因と決めつけられ、全国民から石を投げられる。治りかけた心の傷は深くえぐれ、追い詰められた彼女は自ら命を絶つ選択をする。
遺書を書き、自分の首に刃を当てたとき、間一髪幼馴染がやってきて自殺を止める。
「大丈夫、何があっても俺が守るから」
これが戦姫の初めての恋。彼女は彼のために生きることを決意する。しかし恋仲となった2人の間を切り裂く事件が起こる。敵国の侵攻が激化し、彼は徴兵されてしまう。しかし彼女のことを思う彼はそれを彼女に告げずに1人で戦場へと向かう。当然彼は戦姫のように強いわけではない。やがて彼が戦場に向かったことを知った彼女は再び剣を振るうことを決意し、すぐに戦場へと向かう。
到着した戦場で彼女が見たのは自国兵の無残な姿だった。必死に彼を探すと、今にも複数の敵兵に襲われそうな彼を見つける。間一髪彼の首を断ち切る刃を防ぐ彼女。彼の前に立ち、敵兵と対峙しながら彼女は言う。
「大丈夫、何があっても私が守るから」
かつての戦姫の復活。怒涛のように敵軍を押し返し、戦争は勝利を収める。そして2人は結婚して物語が終わる。
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拍手に包まれながらステージの幕が降りる。
「んーーー、素敵だったわ…」
シェーラが感慨深げにつぶやく。目が赤くなっているので途中で泣いたようだ。マリーさんもハンカチを目元に当てている。
「とても良いお話でした。一度くじけた彼女が愛する人のために再び戦う姿にウルっとしました」
「それに、戦姫のあのセリフも彼のセリフと対比になっていて良かったわ」
2人の感想を聞きながらお茶を飲み干す。2人が感傷に浸っているので静かにしていよう。
正直、面白かった。魔法を使って炎や竜巻などを起こして戦いを表現するのは迫力があって、地球では決して出来ない表現だろうから関心したのだ。…こんな感想を2人に話すわけにはいかない。もちろん感動したのだが、結局この劇を見て貴族としての素養がどう深まったのかは謎だ。劇を見たことがあるという事実が貴族のステータスなのか、それとも貴族同士の会話についていくために必要なのだろうか。そんなことを考えてしまうのが少し悲しくなった。




