63 数学者、夏休みを満喫する⑥
Side レオン・カール
カティアの雑貨屋に戻ってきた。午前中は開店前で明かりが灯っていなかったが、15時過ぎの今はきちんと開店していた。カティアを先頭に入っていく。
カランカラン…
「あら、約束通り来てくれたのね」
カウンターの向こう、カティアの母親が読んでいた本を閉じる。ちょうど今、お客さんは他にいないようだ。
「ゆっくりしていってね。今、飲み物を持ってくるわね…カティアも手伝って」
「分かったのです」
天井には大きな4枚羽のプロペラ――シーリングファンと言うらしい――が回っている。だいたい1秒間に2回転している。シーリングファンも回転するのに動力が必要だから、あれも魔道具なのだろうか。
カティアの母親からいただいたお茶を飲み干してから店の中を一つ一つ見て回る。カティアの父親が大陸中を回ってさまざまな物をかき集めたらしく、何を模したか分からない置物や王都ではまず見ないであろう色合いの焼き物なども置いてある。正直、俺がここで買いたいと思えるものはなさそうだ。もともと物欲があるわけではないし、ここで食器とかを買ってもなぁ。
シェーラはかなり熱心に食器を見ている。この器は綺麗に透き通っていて良いだの、あのコップは手に吸い付くようで持ちやすいだの言っているようだが、俺はあまり共感できない。カティアはシェーラと一緒に楽しんでいるようだし、男女の差なのだろうか。
どこの領か分からない民芸品を物色していたら、いつの間にか女性3人は世間話に花を咲かせていた。
「シェーラさんはローズガーデンどうだった?」
「とても良かったです。小さい頃から大好きだった小説に出てくる場所に行けたのがとっても嬉しくて」
「もしかして『薔薇の姫と竜の騎士』のこと?」
「ご存知なのですか?そうなんです」
「あの小説は名作よねぇ。私も大好きなのよ。確かカティアにも読ませたわよね?」
「読んだのです。面白かったのです」
「ねぇレオン君、いつからあんなに盛り上がっているの?」
「さあな。いつ終わるかも分からないね」
「もうお土産を買っちゃったし、もう何も買う物ないんだよね」
「ユウもか」
「あ、そうだ。向こうにあったボードゲームやろうよ」
「いいね」
女性陣の会話が何時まで経っても終わりそうにないので、ユウとボードゲームを遊ぶことにした。ユウに簡単にルール説明をしてもらい、さっそく戦ってみる。
「やった!ボクの勝ち!」
「負けたか…あのタイミングで戦闘の駒を横にずらしたのがまずかったか」
「もっかいやろ!」
「望むところだ」
ユウは何回もやったことあるボードゲームらしく、かなり強い。しかしこちらも少しずつ戦い方が分かってきたので、だんだんといい勝負になってくる。
「ふぅ、なんとかボクの勝ちだね」
「もうちょっとで勝てそうなんだけどなぁ…よしもう一回」
「レオとユウはどこに行ったのかと思ったら、ボードゲームしてたのね」
「おう、シェーラとカティアは話終わったのか?」
「終わったのです」
「あちょっとレオ、そこはこっちの駒を前にした方がいいんじゃない?」
「え、こっち?」
「そうそう。そしたら次のターンに後ろの駒を前に上げればいいのよ」
「あーー、口出し禁止!ズルいよ」
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「もう帰っちゃうの?」
「ええ…出来ることなら、もっといたかったですが…」
「また来るのです」
「そうね、簡単に来れないかもしれないけれど、いつでも歓迎するわ」
「お母様、ありがとうございます」
「ユウ君にレオン君もね」
「はい!」
「ありがとうございます」
「では私達はこれで…」
「バイバイなのですー!」
親切にカティアの母親からお土産までいただいてしまった。中身は寮に帰ってから開けることにするが、袋がけっこうずっしりしているからコップか何かだろうか。
カティアとカティアの母親に並んで見送られながら乗り合い馬車に乗って魔法学校まで帰る。ユウとは違う馬車に乗った。
「疲れたわね。こんなに外を歩き回ったのなんていつ以来かしら」
「今日は濃密な一日だったね」
「ええ。とっても楽しかったわ」
今日はかなり歩いて疲れたな。心地よい疲労を感じながらもう一度王立公園のガイドマップを読んでみる。大きな湖とローズガーデン。3つのエリアのうち湖エリアとローズガーデンが接する草原エリアしか訪れることが出来なかった。残る森エリアもいつか行ってみたい。カティアは紅葉の季節が良いと言っていたから、秋になると森エリアはとても神秘的な風景になるのだろう。
シェーラも手元の何かを読んでいる様子だったが、トウモロコシ畑に差し掛かったころに、シェーラが俺に寄りかかってきた。
どうやら疲れて睡魔に負けてしまったらしい。
動けなくなってしまった。右肩から下を動かせない状況では満足にガイドマップを読むことすらできない。馬車が小さく揺れるたび、俺の右肩から首、耳にかけてシェーラの髪の毛が動いてこそばゆい。
決して重くないが、確かな重みを感じる。女の子特有の柔らかさ。匂い。俺は前世で17歳まで生きているし、10歳の少女に心惑わされるようなことはないと思いたいが、どうしてもすぐ隣にいるこの存在をある程度意識してしまう。
そもそもエルフとは何か。人族との違いは耳の形だとマリーさんは言っていたが、どのような進化をしたら耳の形がこのように変わるのだろうか。進化論に則って考えると、このような耳の形に進化することで生存確率が上がるような働きがあるはずである。この形状にすると森の中でより多くの音を拾いやすいのだろうか…
と、そんなことを考えて気を紛らわせていると、とうとう王立魔法学校近くの降り場に到着するようだ。シェーラを起こさなければならない。
「シェーラ、起きて」
「…ん…」
寝ぼけているのか、ちょっと身じろぐだけで起きない。髪の毛がくすぐったいのでなるべく早くスパッと起きて欲しいのだが。
「シェーラ、もう着いたから」
「…んー」
シェーラが体を縦に起こす。開いていない目をこすっている。まだ覚醒しきっていないようだ。
「俺が荷物持っとくから、降りるぞ」
「わかった…」
馬車から降りて少し歩くと、シェーラはかなり意識がはっきりとして来た。
「あ、荷物!馬車に置いてきてしまったわ」
「いや、俺が持ってる」
「あぁ、ありがとう。良かった。せっかくカティアのお母様からいただいたのに、取り返しのつかないことになる所だったわ」
「はい、これとこれね」
空のお弁当の入ったバスケットと袋を渡す。
「ん。ありがとう。また助けられたわね」
シェーラが金髪を耳にかけて袋を持ちかえる。ふと、先ほどの馬車の中で覚えた、髪の毛が首筋をくすぐる感触が思い出された。




