62 数学者、夏休みを満喫する⑤
Side レオン・カール
王立公園のローズガーデンは王立公園を代表するスポットで、色鮮やかな薔薇が数にして10,000株以上咲き乱れる、大人気な庭園である。その美しい庭園はいくつかの有名な小説や劇の題材にもなっており、王都を訪れたことの無い国民でさえこの薔薇の園を知っている。また、ローズガーデンでは人工交配、品種改良がさかんに行われているそうで、王立魔法学校の研究施設が併設されているらしい。
「ここが入り口ね、早く入りましょ」
「あっ、ちょっと待ってよー、シェーラさん」
「こうなったらシェーラは止まらないのです。ついていくしかないのです」
「シェーラはよほど楽しみにしてたんだな…」
ずっと領のお屋敷で英才教育を施されていたお嬢様にとっての数少ない娯楽の一つが物語を読むことだったそうだ。その中でも彼女のお気に入り一つに、登場人物が薔薇園を訪れる場面があるのだとか。
シェーラが俺たちを待たずにローズガーデンの扉を開ける。
「わぁ…なんて…」
扉を開けた瞬間、シェーラの視界を薔薇が埋め尽くす。先ほどまでの勢いが嘘のように消え、その場に立ち尽くしてしまう。
「どれどれ…おぉ、これは…」
「うわぁ、すごいね…」
「いつ見ても綺麗なのです…」
俺たちもシェーラの後を追って扉をくぐると、そろって感動の言葉をもらすのであった。カティアは何回か来た経験があるようだが、それでも深く感動しているようだ。
「あっ、もしかして向こうのテーブルって」
シェーラが俺たちに目もくれず、向こうに見つけた西洋風の東屋に向かって歩き出す。ピンクの薔薇のアーチをくぐり、シェーラは真っ白なテーブルに着く。
「あぁ…やっぱり…これはあの場面でお姫様が…」
シェーラは薔薇に囲まれながら1人でぶつぶつと、記憶の中にある光景と見ている光景を重ね合わせる。あのテーブルは小説のモチーフにでもなっているのだろう。
「はぁ…お姫様はこんな風に騎士から舞踏会に誘われたのかしら…」
これはいわゆる、地球で言うところの聖地巡礼というやつだろうか。両手で頬杖をつき、大きく花開いた薔薇の海を幸せそうに眺めている。
「シェーラ…とってもとっても綺麗なのです」
「そうだね…やっぱりエルフのお嬢様なんだね…」
シェーラが薔薇の香りを楽しむ動作から誰も目が離せない。指先の動き一つ一つに洗練された美しさが宿り、薔薇の甘い芳香に包まれ、シェーラを取り囲む空間全体が神聖で不可侵なものであるように感じられる。
「…あら。ごめんなさい。私ったら勝手に先走っちゃって」
「ううん、いいのです。シェーラ、とっても美しかったのです」
「ふふ、ありがと」
改めて入り口から順番に薔薇を鑑賞していくことになった。4人で歩きながら、ここがいい、この色は綺麗、そんなことを言いあう。順路が指示されているわけではないのでなんとなく歩いているわけだが、この庭園は一筆書きで全部を見て回ることは出来ないようだ、なんてことをつい考えてしまう。ローズガーデンに来てまでグラフ理論を考える人はおそらくこの世界に一人しかいないのだろうな。
「ねぇ、知ってる?青色の薔薇って存在しないんだって」
ユウが思い出したかのように言う。ほう、この世界でも青い薔薇は存在しないものなのか。
「そうなの?異なる色同士の薔薇をかけ合わせて新しい色の薔薇が作れるのよね?」
「でも、確かにないのです」
地球の薔薇に青色が存在しなかった理由は、薔薇がそもそも青の色素を持っていないからだ。青の色素を持っていない薔薇同士をいくらかけ合わせて品種改良しても出来る薔薇はやはり青の色素を持たない。しかし地球ではバイオテクノロジー、遺伝子組み換えによって青の色素を合成する薔薇が実現したのだ。バイオテクノロジーで実現することは出来たが、自然界には存在しないのだ。
ただ、もう一つ方法がある。
「白い薔薇に青い水を吸わせれば青い薔薇になるんじゃない?」
「レオ…それは邪道よ」
シェーラに怒られてしまった。
30分ほどゆっくりと時間をかけて庭園内の全ての薔薇を見尽くした。シェーラも大変満足しているご様子。すぐ隣にある研究施設へと突入する。
品種改良によって掛け合わされた薔薇の家系図や、実際に用いられる道具の展示を見て学ぶ。ガイアには100近くもの品種が存在するらしい。個人的にはこのような学術的な物に触れるのは、実際に見て回るのと同じくらい楽しかった。
さて、研究施設に売店が置かれていた。まだ10歳の我々が所持する程度の金額で買える物がどれだけあるか分からないが、せっかくなので見ることとなった。
「カティア、ちょっと動かないで」
「ん…。似合ってるです?」
「とっても似合ってるわ。可愛らしくて素敵」
シェーラとカティアは薔薇の髪留めやら指輪やらを試着しては盛り上がっている。かたや俺とユウは薔薇がふんだんに使われている化粧品と思われる品を見て、『これ、どうやって使うんだろうね』と言っている。
「レオン君、それって女性が使う物じゃないの?もしかしてプレゼント?」
「ああ。マリーさんにお土産として」
「なるほどね。ボクも家族へのお土産、どれにしようかなぁ」
危ない。マリーさんにだけ買って両親へのお土産を忘れるところだった。おこづかいとして渡された金額を確認して慎重に選びなおす。
それぞれがお土産を持って研究施設を出る。時刻はおよそ15時。カティアの雑貨屋に寄ることも考えるとそろそろ公園を出たほうが良いと相談の結果決まった。
「また来たいわね」
「良かったね」
「そうだな」
「紅葉の時期とかいいのです」
「いいわね。必ず4人でまた来ましょう」
4人でまた来ることを誓い合って王立公園を後にした。




