61 数学者、夏休みを満喫する④
Side レオン・カール
「この列は…?」
「入園料を払う人の列なのです」
初めて王立公園に訪れた俺が公園の入り口に出来た短い人の列を見て首をかしげているとカティアが答えてくれた。入園料がかかるとは知らなかったが、それだけお金をかけて手入れがされているということを意味しているわけで、期待が高まる。前世に新宿御苑へ行ったことと思い出す。あそこも入園料がかかる場所だが、人も少なく落ち着いた雰囲気でよい空間だった。
「ユウが見せてくれたガイドブックに書いてあったじゃない。未成年は300ギルよ」
「さすがにお金持ってきてるよね?」
「お金はあるさ。というか、乗り合い馬車に乗る時に払ったんだから」
入園料300ギル、およそ300円を払って王立公園のゲートをくぐる。頭より高い生垣に隠されていた園内の様子がついに明らかになる。
広い。前方を見渡す限り、完全に端が見えない。小高い丘や風車小屋、雑木林も遠くに確認できる。
「広ーーい!端から端までどれくらいあるの?」
「えーと…10km以上あるのです」
「ええっ?」
カティアが園内パンフレットを広げて答えると、シェーラが驚く。面積が100km^2以上となると、日本の市区町村の平均ぐらいあるんじゃないか。
「さすが、王都の南地区の半分を占めるだけあるわね」
「たしかにそんなことを授業で習ったのです」
「ねぇ、お弁当どこで食べる?」
「そうね…パンフレットを見てよさそうな場所を決めましょ」
「カティア、みんなの分のパンフレットも貰ってきたのです」
「ありがとう、カティア」
4人でそれぞれパンフレットを広げて地図を眺める。広大な王立公園は大きく3つのエリアに分かれているようで、草原エリア、湖エリア、森エリアと名がつく。シェーラが以前気になると言っていたローズガーデンは草原エリアと湖エリアの中間にあるようだ。
パンフレットによれば、各エリアを結ぶ無料の巡回馬車が走っているそうだ。こんなに広い園内を歩いて移動するとそれだけで日が暮れるかもしれないからぜひ利用したい。景色が良いから歩くだけでも十分楽しめるかもしれないが。
「湖エリアに行ってほとりで食べるのがいいんじゃない?」
ちょうど湖が眺められる位置にベンチとテーブルがあるようなので提案してみる。
「いいと思うわ」
「いいね」
「賛成なのです」
「おし、行くか」
「あ、ちょうど巡回馬車がいるのです」
「乗りましょ」
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巡回馬車に5分ほど乗り、湖エリアに降り立つ。移動中は景観に見惚れたり、パンフレットを読み込んだりしてあっという間だった。個人的に風車小屋が気になる。
公園に入る時に列を見て混雑を心配した瞬間もあったが、これだけ園内が広ければ十分に分散していて、テーブルも当然のようにとることができた。テーブルの両側に置いてあるベンチに男女別れて座る。俺から見て、左隣にユウ、正面にシェーラ、左斜め前にカティアが座る。
「レオのお弁当、この前より大きいのです」
「うん、でかいよねコレ」
寮でマリーさんから渡された時に俺も驚いた。魔法大会で作ってもらったお弁当を美味しかったと褒めたら今回は増量したのである。いや、そこに因果関係が果たして存在するのか明らかではないが。マリーさんに『多くない?』というと悲しむだろうと思い、お礼だけ言って受け取ったのだ。
「これだけあったらボクたちがおかずを少しもらっても問題ないよね?行きの馬車の約束だもんね?」
「…まあいいけどね」
「ん!シェーラのお弁当箱、とっても素敵なのです」
「ありがとうカティア。これはキース領の木で作ったものなの。セバスが用意してくれたのよ」
「へぇ…」
シェーラがバスケットから取り出した弁当箱は漆塗りの木目が美しいもので、一目見て上等なものであることが分かる。自分の弁当箱に目を移してみるが、こちらは一般的なただ大きいだけの弁当箱のようだ。俺は使えるならば何でもよいと思っているからこれでよいが、改めてシェーラは貴族としての気品があると再認識する。この場にもう一人貴族がいた気がするが、まあよいだろう。
「なんだかボクたちがお弁当を並べてるのに対して少し気後れしちゃうね」
「分かるのです。でも気にしてもしょうがないのです」
「いいえ、2人ともとっても素敵なお弁当よ。愛情が込められているのが手に取るように分かるもの」
「ありがとうシェーラさん。そう言ってもらえると気が楽になるよ」
「まぁ、俺も普通の弁当箱だし、気にすることはないさ。さ、食べようぜ」
魔法大会の時も好評だったワイバーンのから揚げが今日も入っていた。個数も増えていたので3人に分けたりもしつつ、他愛のない会話をしながらお弁当を口に運ぶ。
横を向けば、綺麗な青い湖が目に入る。大きな大きな湖、そこを自由に泳ぐ水鳥、倒れた丸太の上に並ぶ小鳥。人の手が入っていないと感じさせるありのままの自然に目を奪われ、つい手が止まりがちになってしまう。
「あの水鳥たち、真っ白で綺麗ね」
「だね」
「いい場所なのです」
気づけば全員のお弁当は空になっていた。その後もしばらくあまり言葉を発することなく、静かに、ぼんやりと風景を眺める。ゆっくりと時間が流れている。
ふと、木々の間から大きな鳥が飛び立つ。十分な高度まで上がった鳥は羽を広げたまま風に乗って空を泳いで小さくなっていく。それを目で追っているとやがてシェーラに隠れて見えなくなる。
シェーラは湖を悠々と泳ぐ白い水鳥に目を奪われているようだ。絹のようになめらかな金髪。エルフ特有のとがった耳。きめ細かくて白い肌。透き通るようなコバルトブルーの瞳…
「…どうしたの?」
こちらの視線に気づいたシェーラが突然こちらへ振り向く。人のことをジロジロ見ているのは失礼にあたるし、一瞬目が合ってすぐ目をそらす。
「いや、さっき大きな鳥が飛んでいたんだけどシェーラで隠れて見えなくなったんだよ」
「ふうん」
俺のそらした視線を追うようにシェーラも湖に視線を戻す。
「そろそろローズガーデンに行くのです?」
読んでいたパンフレットを閉じてカティアが提案する。
「うん、行こうか。ボクも楽しみだなぁ」
「待ちに待ったあの花園がついに拝めるのね」
「よし、行くか」
湖に潜った水鳥が魚を口にくわえて顔を出したのを見届けてから俺も弁当を片付けを開始した。
2020/06/02 0:25追記
第65部分『58 数学者、夏休みを満喫する①』から第4章となるように新たに章を追加、編集しました。




