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命題:数学者は異世界で生き残れるのか?  作者: kmath
3章 天才数学者、魔法大会に出る
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54 数学者、魔法大会で魅せる⑤

今回は第三者視点です。


 規格外の巨大水球を生成し、大蛇に変化させて的を呑み込んだ一人目。これまでの全ての魔法を圧倒する迫力に、最大威力を表す紫を見せた。水球を生み出す長い"溜め"から大蛇の"解放"により、観客の心は完全に掌握された。

 使い手の少ない闇属性で勝負し、自分の身長ほど長い弓で漆黒の矢を遠くから当てて見せた二人目。流れるような美しい動作から放たれる矢は寸分の狂いもなく的の中央を捉え、その超絶技巧に見る者全てが呼吸を忘れて見入った。

 言うなれば、一人目が「動」で二人目が「静」。この対比が両者をより際立たせ、印象深いものとさせる。起承転結の前半二つは本人達の想定通りに展開されている。次は、転。



 観客は入ってくる少女を見て一様に驚き、好奇の目を彼女に向けた。噂として存在を知ってはいた「第一クラスで十年ぶりのエルフ」が、噂でなく現実に、結界の中に現れたからである。同学年の生徒のみならず、他学年の生徒、その保護者にも、今の一年生の筆記試験2位がエルフであるということは知られている。毎年入試のトップ10は人族で独占されていることが当たり前だった王立魔法学校で、この事実が噂として学校全体に広まるのに時間がかかるわけがなかったのだ。実際に見たことのない他学年の生徒や保護者はその噂を頭ごなしに否定する者もいたが、いま目の前に確かに彼女が表れたことで、もはや噂は噂でなく、単なる事実へと昇華した。


 ザビンツ国において、エルフは少数種族である。自然との調和を神聖視し、やや閉鎖的な社会を築くこの種族は、他の亜人と呼称される種族同様、人族に虐げられていた歴史がある。娯楽が少ない過去において、見た目が美しいとされてエルフの女性は性奴隷として扱われたこともあった。魔道具による工業化を推し進め、人口数が圧倒的に多い人族が他種族に対して優位に立つのはある意味当然であったのである。しかし現在ではザビンツ国全体が熟成して多様性を認める社会となって久しく、差別的な感情は多くの地域で希薄なものとなっているが、やはりエルフというだけで特別な視線が向けられるのが現状である。そもそも人口が少ないエルフはその95%以上がザビンツ国のキース領におり、王都で見かける機会は極わずかである。そんな存在がこの場に、第一クラスの代表として立っているのである。




 シェーラは結界に入り的の正面までを、一歩一歩ゆっくりと歩きながら、これまでの日々を振り返っていた。少し臆病で気が弱いけど仲間思いなカティアと、いろんな意味で常識が通用しないレオン、小人族という圧倒的なハンディキャップを背負いながら第一クラスで頑張るユウ。不思議な縁で仲良くなったこの4人で放課後に楽しく話しながら練習したこと。カティアと二人で図書室にこもって毎日にように的を壊す方法を模索したこと。レオと手を繋いで魔力の込める密度を高める練習をしたこと。その全ての集大成をこの瞬間に見せる。


 二度目は許されない。たった一度のチャンス。


 的を壊す。レオンの示した方針をもとに、カティアと二人で見つけた唯一の解は机上の空論となるのか、はたまた事実となるのか…




 的の正面で立ち止まったシェーラは的までの距離を確認する。カティアの計算が示した距離に正しく立ち、正しく魔法を撃ち出さなくてはならない。一つのズレが大きな失敗をもたらす。


「よし」


 小さく呟いた彼女は、右手に風の刃を纏わせる。風属性の基礎魔法であるウィンドだ。

 これを見た観客の多くは落胆した。ウィンドは基礎魔法だけあって威力は低く、片手で生成しているために複数打ち出すそぶりもない。これではどう考えても青以上の威力は出ないのだ。


 そう。ウィンド一つを当てるだけならば。


「えっ?」


 落胆した直後、観客は突拍子もない彼女の行動に驚きの声をもらす。彼女はあろうことかウィンドをほぼ真上に放ったのだ。そして疑問の声を発した瞬間、観客は彼女の魔法を放ったはずの右手に風が纏っていることに気づく。

 シェーラは風の槍、ウィンドスピアを瞬時に作り出し、これも斜め上に打ち出した。彼女の手中にはまだ風が舞っている。


「なるほど。そう来たのね」


 誰よりもいち早くシェーラの狙いを理解したランプ先生が感嘆する。


「これはどういうことです?」


 隣に座る他学年体育科の先生がランプ先生に質問をする。


「彼女は時間差で発動した魔法を同時に的に着弾させることで、瞬間的に爆発的な火力を叩きこもうとしているのよ。その証拠に最初のウィンドはほぼ真上に放ったのに対し、次のウィンドスピアは打ち出す向きがやや平行に近い。同時に二つ以上の魔法を放つわけではないから、一発当たりの威力を高い状態のままに出来る。よく考えたものね」

「なるほど。しかし見たところ彼女は素の魔力を込めずに魔法を放っています。あれでは打ち出した後に方向を微調整することすら出来ません」

「ええ。よほどうまくいかない限り、それぞれの魔法の到達する地点もタイミングもずれて意味がなくなるでしょうね。もしかしたら彼女は的を本気で壊そうとしているのかもしれないわ。魔力を威力を出すためだけに使い、素の魔力に回す余裕がないのかも。私の予想では的を壊すのにウィンド3発、ウィンドスピア2発が必要かしら」

「制御下にない魔法を5つも同時に一点に当てることなんて難しすぎますよ」

「そうね、少なくとも一発で成功させるなんて無理。百回も二百回もやって運よく一回成功するかどうか、といったところかしら」


 ウィンド、ウィンドスピアと連続で魔法を放ったシェーラはさらに一歩前進してからウィンド、ウィンドスピアと魔法を放つ。その全てが全力で魔力を込められたもので、絶妙な角度と初速で放たれている。


 最初に放ったウィンドが重力に従って放物線を描いて下降に転じた時点で観客も気づいた。彼女がやろうとしていることが針の穴に糸を通すかのごとく繊細な技であることに。そして一歩前進した理由も理解した。すべて計算されているという事実に恐怖さえ覚えた。


「これで…おしまい!」


 最後にもう一歩前進してから、彼女の残っている魔力を振り絞ってウィンドを真っ直ぐ放つ。

 持てる魔力を限界まで使い、込められる限界の密度を実現し、一切の狂いなく放つことでようやく破壊することができる。全てが不可能かに思えるこれらをたった一度のチャンスで成功させなければならない。


 最後の魔法が放たれた瞬間から観客は瞬きが出来ない。意味もなく雑に放たれたかと思われた魔法全てが計算通りに的の中央へと吸い込まれていくこの奇跡を見逃すわけにはいかない。

 全てがスローモーションとなり、まさに魔法が着弾する一瞬、一点に重なった風の塊によって光は屈折し、心綺楼のように的がぶれて鮮明に見えなくなる。観客は奇跡が起きたのかをこの目で確かめるために的だけを見続ける。

 魔法が消えたそこには、何も変わらない的が経っていた。色の変化もない。


「失敗か?」

「いいえ、よく見て」


 体育科の先生をランプ先生が制する。観客も失敗だと思ったが、シェーラが肩で息をしながら的に向かって歩き出すのを見てまだ何かあるのかと思い、静かに見守る。的の目の前に立ち止まったシェーラは的の上の方を指で軽く押すと、円形の的の上半分が奥に倒れ、そのまま地面に落ちた。


 的は、割れていた。


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