53 数学者、魔法大会で魅せる④
Side レオン・カール
ハルさんは、第一クラスで唯一闇属性に適性がある。闇属性は光属性と同程度に珍しい属性で、この大会において闇属性が使えるというだけでプラスに働くはずだった。しかし先ほどの2組で光属性の魔法が飛び出たため、今から闇属性を見せても、観客は希少さを感じない。大会という場で闇属性を使う最大のメリットが完全に打ち消されてしまったのだ。
さらに追い打ちをかけるように、彼女は弓矢を使う予定なのだ。2組の4人全員が弓矢で揃え、それを最大限効果的に魅せる構成をしていたため、ハルさん1人ではどうやっても彼ら4人分の印象を超えるのはほぼ不可能なのである。
しかし彼女は逃げも隠れもしない。シモン君が文字通り力を尽くして披露した魔法が彼女の背中を押した。彼女も全ての魔力を使い切る覚悟を決めている。
的からギリギリまで離れた、結界の壁を背にする位置で立ち止まる。結界内に入ったハルさんはまるで別人になっていた。それまで感じていた不安や焦りを全て捨て去り、心を静かに落ち着かせる。弓を射るときはいつも精神を集中させていた習慣が自然と彼女をそうさせた。
「また弓か、さっきと同じじゃあつまんねぇな」
「おいバカ、よく見ろ、弓のサイズが違うぞ」
「まさかあの距離で放つのか?」
左手に自分の身長と同じぐらい長い弓を顕現させたハルさんを見て、観客はいくつかの反応を見せる。また弓だと思い落胆する者、弓の大きさに気づき期待する者、ハルさんの立ち位置を見て何かを察する者。
結界に入ってすぐ足を止めたハルさんは的から5m以上離れた位置に立っている。正面の的に対して90°横を向いて立ち、目を閉じ呼吸を整える。
先ほどの2組の人達はせいぜい3mしか離れていなかった。しかし5mとなると、直径が50cmある大きいはずの的も小さく見え、当てることは非常に困難になる。5m離れた直径50cmの的に当てるには計算上、放つ矢の角度のズレは3°未満に抑える必要がある。
「一、」
足を開き、右手に闇の粒子を集めて矢を作りだす。
「二、」
弓を持つ左手に渡す。
「三、」
右手を弦にかけて矢羽根と一緒につまみ、首を90°回して初めて的を見る。
「四、」
ゆっくりと滑らかに両手を頭の上に持ち上げる。
「五、」
弓を持つ左手を前に、弦をつまむ右手後ろに、均等な力で引く。
「六、」
引き絞った右手を耳の後ろまで持っていき、静止する。漆黒に光る弓も矢も、その光が一層強く、深くなる。
「七、」
右手をついに離し、矢がまっすぐに的へと飛んでいく。矢の通った道には闇の粒子が残滓となって漂う。
「八。」
矢を離したままの姿勢を保ちながら、矢が的の中央を鋭く捉えたのを見る。漂っていた闇の粒子が空気中に解けて消える。
威力を示す的の色は…青。
「……青です。直前のシモン君が出した紫と比べると弱いように思えてしまいますが、青も十分強いので、そんなことはありません。たった一撃に込められた魔力の濃さならばシモン君にも引けをとりません」
ランプ先生が静寂を破る。流れるような一連の動作は我々の目を引き付けて離さず、彼女が完全に弓を下げるまで呼吸をすることが出来なかった。ハルさんが弓を消し、結界から出てから観客は思い出したかのように拍手を始める。紫を出して見せたシモン君より拍手が少なかったように聞こえてしまったのが少しだけ残念だった。
「ごめん!紫を出せなかった!」
戻ってくるなり頭を下げるハルさん。
「気にするな!ちょっとばかし俺が本気を出しすぎちゃっただけだからな!」
「動作が美しくて見とれてしまいました」
シモン君とシェーラがすかさずフォローに入る。確かに一連の動作は日本の弓道を彷彿とさせる美しさがあり、2組の短弓とは完全に別物と言えるものだった。
「うん、息をするのを忘れるくらい良かったと思う」
「3人とも、ありがとう。紫が出せなかったのはちょっとだけ残念だけど、今の全てを出せたから悔いは残さずに出来た!」
「じゃあ、次はシェーラさんだな!」
「シェーラさんも頑張ってね」
「ええ。行ってきますわ」
「っておい!彼氏からも何か言ってやれよ!」
結界の方へ歩き出すシェーラを見て焦ったシモン君が俺の背中を叩く。
「いや、別に付き合っていないんだが…」
「え?」
「そうなの?」
「二人とも付き合ってると思ってたのか。まあいいや…シェーラ」
シェーラがこちらを振り向かずに立ち止まる。
「うん」
「何があっても俺が何とかする。失敗を気にせず全力でやってこい」
「…うん」
シェーラが下を向いて早歩きで結界へ向かっていった。
「ほら、シェーラさん耳が赤かったよ。本当は付き合ってるんじゃないの?」
「いやハルさん、本当の本当に違うからね?」
「ああ分かったよ。秘密にしたいんだね?大丈夫、私、口硬いから」
「そういうことなら俺も黙っておくぜ」
「いや、だからね…」
次はシェーラの番だ。




