41 数学者、授業を受ける⑨
Side レオン・カール
学校生活が始まり、一ヵ月が経過した。算術の授業を免除してもらおうか考えたが、新しい学びが全くないわけではないのでしっかりと授業を受けることにした。
ある算術の授業後、いつものようにペアノ先生に借りた本について質問をしていると、先生からこんな言葉が飛び出してきた。
「レオン君、私の研究室に来てみませんか?」
多くの先生は生徒にものを教える先生としてだけでなく、常に最先端の研究をする研究者としても、この魔法学校に在籍している。授業で教室にいる時間より、研究室にこもっている時間の方が長いのだ。そんな一流研究者の一人であるペアノ先生の研究室。とっても興味がある。
「ぜひ、お願いします」
「ええ。スカイに関する議論なんかは私の研究室でやりましょう。場所は分かりますか?」
「いえ、分かりません」
「この後も授業がありますか?」
「あります」
「じゃあ、場所を教えておきます。私の研究室は、研究棟2階の203号室です。放課後ならいつもいますから、好きな時に来てください」
「ありがとうございます。今日の放課後にさっそく伺おうと思います」
「分かりました。お待ちしています。それでは」
ペアノ先生が教室を出ていく。ノート類を片付けたシェーラとカティアがやってくる。
「レオ、すごいわね。研究室に呼ばれるなんて」
「え、すごいことなのか?」
「そうなのです。授業の質問などで生徒から行くことはあっても、向こうから招待されることはめったにないのです」
「そうよ。ペアノ先生に認められたってことよ」
「そうなのかなあ」
第一クラスに戻り、ランプ先生の魔法理論の授業を受けて、いよいよ放課後になった。せっかくだからシェーラとカティアもつれて一緒に研究室に行くか。
「シェーラ、カティア、一緒に研究室行かないか?」
「ええっ、私達も行っていいのかしら」
「怒られないのです?」
「まぁ、大丈夫でしょ。10歳だから何かあっても許してくれるって」
「レオ、あなたも10歳でしょ。まあいいわ。カティア、行ってみましょう」
「行くのです。楽しみなのです」
「研究棟、初めて入るのです」
「そうね。実質先生専用の建物だものね」
なんだかんだ三人とも初めて研究室に訪問するということでわくわくしている。2階に上がり、三人でペアノ先生の研究室の扉の前に立つ。緊張しながらノックすると、中からどうぞという声が返ってきたので、ゆっくりと扉を開けて中に入る。
「「「失礼します」」」
「おおぉ~」
カティアが思わずため息を漏らす。というのも、研究室の中には、幾何学的に美しい、多面体や球を模した、カラフルなオブジェで溢れていたのだ。
「私の研究室にようこそ。…これらが気になるのですか?」
そういってペアノ先生はおもむろに一つ手に取る。
「これは正十二面体。正五角形が12個あつまって出来ている、正多面体の1つです。ああ、正多面体というのは、すべての面が合同な正多角形で囲まれている凸な多面体のことで、そういうものは五種類しかありません。あと四つは…」
「正四面体、正六面体、正八面体、正二十面体ですね」
「その通りです。これと、これと…それからこいつと…あとはこれですね。ぜひ持ってみてください」
俺たちはペアノ先生から渡された5つのオブジェをくるくる回しながら見て楽しむ。目を輝かせる俺たちを見て、ペアノ先生は、授業中には決してしなかった笑顔を見せる。
「正六面体と正八面体はお互い深く関係しているんですよ。正六面体のそれぞれの面の中心同士を結ぶと、正八面体ができる。逆に、正八面体の全ての面の中心同士を結ぶと、また正六面体に戻る」
「わぁ、すごいのです」
「綺麗ね」
「不思議なことに、正十二面体と正二十面体でも全く同じことが起こります。片方の立体それぞれの面の中心同士を結ぶと、もう片方の立体ができる」
「もっともっとすごいのです!」
「美しいわね」
「美しいね」
「美しいでしょう?私は算術の、この美しさと不思議さが表裏一体なところに魅入られたのです」
ペアノ先生が授業のときとは思えないくらい楽しそうにしゃべっている。やっぱりこの人も数学が好きで好きでたまらない人なんだな。
「なぜ正多面体が五種類しか存在しないのか。これが論理的に証明できてしまうのが算術なんです。計算していくと、歯車が綺麗にかみ合うかのように、5つしかありえないことがぴったりと導かれる」
ペアノ先生は自分の好きな分野だとこんなにも饒舌になるんだなと思いながら横を見ると、シェーラとカティアも感動しながら話を聞いている。
「…失礼、少し熱くなりすぎましたね。レオン君、改めてスカイについて本を読んで聞きたいことはありましたか?」
「そうでした。ついついこの立体が美しくて本題を忘れるところでした」
俺は事前にノートにまとめておいた質問事項を全てペアノ先生にぶつける。
「えーと、まずこのページのこの証明なんですけど、この可換環Hに対して整係数多項式の次数がm以下となるように…」
「それは、HからJへの商射影φが、…定義からこれに対応する元が一意に存在して…」
「なるほど。ということは、ここにおけるψというのはφから誘導されて…」
「ええ、そうですね。ここでは仮定から…」
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Side シェーラ・キース
レオがペアノ先生と順番に黒板に式を書きながら話している。算術の教科書にすら載っていないような記号で溢れていて、ちっとも分からない。
「レオとペアノ先生、完全に数学の世界に没入しているわね」
「私達のことが全く視界に入っていないのです。何を言っているか全く分からないのですけど、とっても楽しそうなのです」
「そうね。改めてレオは私達とは全く異質な天才だって思うわよね。それで、私達、どうしようか」
「このたくさんの立体を見て楽しむのです」
「それしかないわよね…まぁ、ゆっくり待ちましょうか」
「探検なのです。向こうにもいっぱい綺麗な形が置いてあるのです」
カティアが立体探しに夢中になる中、私はぼんやりとレオと先生が書く数式を眺める。何も分からないけど、なぜか目が離せない。
今まで私と一緒に学校で過ごして、ここまでレオが楽しそうにしている姿はいまだかつて見たことがない。やっぱりレオは数学に関係することにしか興味ないのかしら。
「シェーラ、またずーっとレオのことを見ているのです」
「えっ?ち、違うわよ。式を見てたの」
「そうなのです?」
「そうよ。で、何かいいものを見つけた?」
「見つけたのです。お星さまなのです」
カティアがとげがたくさんついた星のような立体を持ってきた。
「不思議な形ね」
「これ、小さくしたらイヤリングの装飾になりそうなのです」
「確かに」
「これなら雑貨屋で売れるのです。間違いないのです」
「ふふ、そうね。そうしたら私も買おうかしら」
「シェーラにはもちろんプレゼントするのです」
「あら、ありがとう」
30分程、レオが満足するまで私とカティアはさまざまな図形を見ながら話して過ごした。




