40 数学者、授業を受ける⑧
Side レオン・カール
両親からの手紙を大切に保管し、借りてきた本を再び読み進めてその日は終わった。次の算術の授業は三日後なので、それまでにキリの良い所までは読みたい。
「レオさま、お手紙のお返事は書かれましたか」
「いいや。夏にちゃんと帰ればそれでいいかなって」
「そうでしたか」
「あ、そうそう、卒業までに結婚相手を見つけろってクレアに言われたんだけど、具体的にどうやって選べばいいと思う?」
「…結婚相手…レオさまは長男ではありませんですから、こう言ってはなんですが、自由に選ばれるのがよろしいかと。確か学校行事として、他学年含め多くの方とお知り合いになれる場面が用意されていたはずですから、そういった場に積極的に参加されるのもよいでしょう」
「あ、そういうものがあるんだ。婚活パーティーみたいな」
「『こんかつ』が何か分かりかねますが、パーティーの形で交流を深めることが出来る会もあったかと」
「行った方がいい?」
「ええ」
魔法学校は貴族が多い。だからこそ学校主催で婚活パーティー的なものを開くなんていう文化が生まれたのだろう。あまり自分には人を見る目に自信がないから、マリーさんと参加して意見を聞くことにしようか。
「レオさまは次男といえど、大きなカール領の領主の息子です。玉の輿を狙う女性に気を付けなければなりません」
「はあ」
「本当に気を付けてくださいね?」
「分かってるって」
まあ、マリーさんがそばにいる限りはなんとかなりそうな気がするから大丈夫だろう。ちょっと楽観的すぎるか?
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次の日。シェーラと並んで静かな商店街を歩いて学校に向かう。歩きながら、昨晩の手紙のこと、結婚について考えてしまう。確かシェーラは結婚したくないとか言っていたけど。
「シェーラってどうやって結婚相手を決めるつもり?」
「えっ、なによ急に」
目を見開いたシェーラが素早くこちらを向く。長い金髪が滑らかな曲線の軌道を描く。
「合格発表の日に第一クラスになったってことを報告する手紙を屋敷に書いたんだけど、実は昨日、返事が届いてね。それで、追伸に『卒業までに結婚相手を一人は見つけろ』なんて書いてあったんだよ。正直何も考えていなかったから困っているんだよ」
「あら、そうなの」
少し考えるそぶりを見せるシェーラ。
「私は正直参考にならないと思うわよ。だって、前も一度話した気がするけど、お父様が勝手に決めてしまうでしょうから」
「なるほど。俺も父親に決めてもらおうかなあ」
「いやいや、レオは自分で決めないと」
「あ、そうなの」
「レオってたまに致命的なところが欠けているわよね…」
「何で男性は自分で決めるのが基本なわけ?」
「そりゃあ、この国は男性の方が少ないから、必然的に男性は選ぶ側なわけ。特にレオは次男だから領の今後を考えて…なんてことをしなくてよいんだから、尚更よ」
「あー。マリーさんもそう言っていたな」
「常識よ」
肩にかかった髪を後ろに払いながら答えるシェーラ。そうだったのか。
「王立魔法学校がパーティーを開くらしいんだよね。そこで多くの人と知り合って結婚相手を探すのがいいのではってマリーさんに言われたんだよ」
「まあ、そうでしょうね」
「あ、これも常識?」
「常識。私みたいな人以外はほぼ全員が参加するのよ」
「へー。シェーラは参加しなくていいのか、いや、参加する意味がないのか」
「まあそうね。でも、面白そうだから参加するわよ。おいしい料理が出るらしいし」
「おいしい料理のために参加するんだね」
「他の人には言わないでね?そういう人だと思われたくないから」
「いいよ。それにしても、シェーラは親が決めるのか…」
「本当に嫌よ。でも、お父様の命令は絶対だから…どうせ一度もあったことない、どこかの貴族の第一夫人になる運命よ」
「避けられないの?」
「たぶん無理ね」
「この人のお嫁さんになるより、第一クラス卒業を活かしてこの仕事に就いた方が総合的に領にとって得になりますよ、みたいなことできるんじゃない?」
「えー…そんな仕事あるの?」
「いや、分からん」
「ダメじゃない」
「そうか」
「でもね、私はもう覚悟しているの。この魔法学校が私にとって最初で最後の自由な時間。精一杯楽しむわ」
そう言い切るシェーラ。どこか悲しそうな青い瞳を見て、どんな言葉を返せばよいのか分からず、黙ってしまった。
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午後の体育の授業。前回に引き続き魔術的に向かって魔法を放つ練習だ。俺はずっと、うまく魔力を流せずに重さが一向に軽減されないダンベルと格闘することに終始した。結局魔力を流すとダンベルが軽くなる理屈は分からなかった。おそらく浮力だろうという確信めいたものは得られたが。
体育の帰り、教室に戻りながら、ユウに聞いてみる。
「ユウは結婚についてどう考えている?」
「結婚かぁ…ボクはまだほとんど考えていないかなあ」
「やっぱりそうだよな!」
「え、レオン君もあまり考えていないの?」
「そうなんだよ、でも安心したわ。まだ焦らなくていいんだな」
「そうそう。あ、でもね、たぶんボクは里に帰って結婚相手を決めると思う」
「あ、そうなの?やっぱり小人族の相手と…ってこと?」
「うん。ボク、学校に通う前からずっと好きだった子がいるんだ…」
頬を赤くするユウ。かわいい。
「へぇ、その子に告白するの?」
「こ、ここここ告白なんて、ボクにそんな勇気は…」
「向こうはユウのことどう思っているの?」
「え?そ、それは…悪くは思っていないはず、だけど…」
「別に将来を誓い合ったわけではない?」
「い、いや…ボクが一方的に好きなだけで…」
「向こうから来るのを待つのか?」
「…まあ、分かっているよ。ボクからいかないといけないってことはね。魔法学校に入って立派な人になれれば、自分に自信が持てて、うまくいくんじゃないかな、って思うんだけど」
両手の人差し指をつんつんさせながら自信なさげな様子のユウ。かわいい。
「でもいいよね…レオン君はさ、領主の息子なわけだし、何もしなくても向こうから来るじゃない?」
「そうかもしれんが、それはカール領の息子っていう立場に惹かれているだけだろ?そこに愛はあるのか?」
「レオン君、まるでおとぎ話の登場人物みたいなことを言うね。でも、現実的にはしょうがないんじゃない?それに、結婚してから愛が育まれることもあるでしょ?ボクの地元のお隣さんはそうだったよ」
「はぁ、そういうもんかな…」
「そうだって」
「そうか、参考になったよ。ありがとう」
「うん、どういたしまして!」
「ユウの告白がうまくいくといいな」
「うん!ありがとう!頑張るよっ」
両手で握りこぶしをつくるユウ。
「かわいい」
「かわいくないっ!」
おっと、言葉に出ていたようだ。




