31 数学者、トラブルに巻き込まれる④
・教会について その2
ザビンツ国に教会は各領に1~3つ、王都はそれに加えて大聖堂が1つ存在する。大聖堂は王宮の近くにあり、王都の一大観光スポットとなっている。大聖堂は教会と違って孤児の養育は行っておらず、その代わりに病気やケガの治療の体制を手厚くしている。聖女は大聖堂にしかいない。
―大神学 (カール・レオン)『地球とは異なる異世界について』p.20
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Side レオン・カール
カティアを見送り、シェーラと二人で寮に向かう。もう道は覚えたようで、逐一こちらが何も言わなくても曲がるべき場所で曲がるようになった。
「レオにはまた助けられたわね。ありがとう」
「どういたしまして。今回のは災難だったね」
「ええ、本当に」
「あの三人組は『エルフのくせに』とか言ってたし、ちょっと近づかないほうがいいタイプの人達だね」
「…そのことなんだけど」
「何?」
「どうして差別って起きるのかしら」
「…難しいことを聞くね。大昔はそういう価値観が主流だったからってことじゃない?」
「どうして昔は主流だったの?」
「それは知らないな…人族が一番多いわけだし、少数派が必然的に虐げられてしまうってことかもね」
「…」
シェーラは難しい顔をする。王都に出てきて差別を実際に目の当たりにしたことで、いろいろと思うところがあるのだろう。
「俺は種族関係なく接するってのが当たり前だと思って育ってきたから、差別する人達の考えはあまり分からないな」
「ねぇ、レオは差別はなくせると思う?」
「…無理だと思うよ。差別する人っていうのはそうすることで自分が何らかの得をするからしているはずなんだ。そういう人達はわざわざ自分から損することをしたがらない」
「…やっぱりレオって変わっているわよね」
「どうして?」
「私がこれまで出会った人、お父様に連れられて他の領のお偉いさんのパーティーに行ったこともあったけど、偉い人はみんな差別はなくなるべきって言っていたわ」
「それは当然じゃない?上に立つ人が差別を推奨する発言をしたら非難を浴びるからね」
「でもレオは違うわ。一番現実的で、重要な何かをとらえた感じがする」
「そうかな?シェーラは差別はなくなって欲しいと思う?」
「もちろん思うわよ。現にこうして被害を被っているもの」
「そりゃそうか。じゃあ、どうしたら差別はなくなるの?」
「それは…分からないわ」
「だよねぇ」
「私、どうしたらいいのかしら」
シェーラが空を見上げる。灰色がかった分厚い雲が太陽を完全に覆い隠している。
「今回みたいに、しっかりと言い返すか信用できる大人に相談するのがいいんじゃないかな」
「…そうね」
「基本的に差別する側がおかしいのであってされる側は一切悪くないんだよね。だから向こう側が差別しなくなるには、って視点で考えるのがいいかもね」
シェーラがはっとしてこちらを向く。
「今の言葉、うまく言えないけれど、とても大切で、深くて…なんというか、とても心の中が晴れたきがするわ。ありがとう」
「そう?よく分からないけど良かったね」
「私…最初の友達がレオで良かったって思うわ」
「そうか。俺もシェーラと友達になれて良かったと思うよ」
「本当!?ふふ、嬉しいわね」
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「―なんてことがあってね、マリーさんは差別についてどう思う?」
「私は…差別された間はとてもつらく、苦しかったです。獣人として生まれたからというだけで差別されるのはおかしいと思いますし、それに…同じように苦しむ仲間をもう見たくありません」
亜人差別が根強く残っていると言われるドーラ領生まれのマリーさんの言葉には重みがある。マリーさんは過去を思い出しているのか、非常につらそうな顔をしている。
「うん。大変だったんだね」
「はい。とても理不尽だと思う場面でも一切声を上げてはなりませんでした。友人はいちど声を上げたことでひどい暴力を振るわれたことがありました…」
「…」
「私は目の前で友人が痛がり、苦しむのをただ見ることしかできませんでした…何かをしたら私もこうなる、と思うと怖くて動くことができなかったのです」
マリーさんの耳は倒れ、尻尾は力なく垂れている。よほどつらい記憶なのだろう。思い出させてしまって申し訳ない。
「そんなつらいことを思い出させちゃってごめん」
「いえ…ただ、私は結果的にこうして今はレオさまのメイドとして幸せに暮らすことができています。だから彼らを許すとか、差別を受け入れるとか、そういう風に割り切ることはできませんが、それでも、意味は…意味はあったのかと…」
小さい頃からずっとそばにいてくれたマリーさんにこんなつらい過去があったなんて。毎日のようにガイアについて教えてくれたマリーさんが、あんなに献身的で仕事のできるマリーさんが、これほど苦しんでいたとは。もはや家族同様に思っていた彼女の一面しか見えていなかった悔しさ、浅はかさを覚えつつ、これまでの恩返しをしなければならないという使命感を抱く。
マリーさんに歩み寄り、両手をすくいあげる。
恐る恐る顔を上げるマリーさんの瞳を見て言う。
「話してくれてありがとうマリーさん。マリーさんをもう二度と苦しませないから」
「あぁ…レオさま…」
マリーさんの瞳からボロボロを大粒の涙が流れる。全身から力が抜け崩れるマリーさんを抱きとめる。
悔しい。ずっと一緒にいたのに気づいてあげられなかったことが不甲斐ない。
「毎日こうしてお慕い申し上げているレオさまのお傍にいられるだけでも十分幸せでございます」
「それは良かったよ。でも、これからはより人前に出る場面が増えるだろうから、その時にマリーさんが嫌な思いをしないように、さらに気を遣うから」
「…ありがとうございます。私はこの国で一番幸せなメイドでございます」
「ははは。それは大げさかもしれないけど、でも、そうなって欲しいと思うよ」
「レオさま…」
マリーさんのサラサラな髪から主張する耳がピクピク動いて俺の頬をくすぐる。たぶん無意識で動いているんだろうけど、とてもいとおしく思えてつい空いた手で触ってみる。
「レオさま…んっ…み、耳の内側は、敏感なの、で…」
「ああ、ごめんごめん」
謝ると同時に離れる。泣いた顔が赤くなったマリーさんは俺の乱れた服を直し、自分の服も直す。こういうところも人としてできているなあと思う。
「申し訳ありません。お見苦しいところをお見せしました」
「うん、全然気にしていないよ」
「それに、レオさまの衣服を涙で汚してしまいました。新しいものを用意いたしますから、お風呂にお入りください」
「分かった。ちょっとはやい時間だけどそうしようか」
「はい。いってらっしゃいませ」
言われるがまま風呂場へ向かう。部屋から出る瞬間、ハンカチで目尻を軽く押さえるマリーさんが見えた。
流れで告白してしまったことにあとで気づいて一人で悶えるメイド。




