3 数学者、異世界の知識を吸収する
ライナー・カール (26) 父親
クレア・カール (25) 母親
エドガー・カール (7) 長男
レオン・カール (3) 次男
・魔法について その2
ガイアにとって魔法は当たり前の存在ではあるが、個人によって、または種族、性別によって得意とする魔法は異なり、限られた人にしか使えない魔法も存在する。例えば「聖女」と呼ばれる、ガイアで信仰されている神、ガイアール神の加護を受けた女性にしか使えないあらゆる病気を治癒する魔法「オールキュア」というものがある。当然筆者は使えないが、魔法を研究する過程で、特定の病気を治癒する効果の魔法の開発に成功し、習得している。
―大神学 (カール・レオン)『地球とは異なる異世界について』p.2-3
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Side レオン・カール
異世界の文字が読めないという当たり前のことをすっかり忘れていた。どうしたものかと思っていたが、案外すぐに解決した。ライナーの書斎に忍び込んだ日のまさに次の日だった。
「レオ、あなたお父さんの書斎に入ったそうね」
「勝手に入ってしまってごめんなさい、もしかして入ってはいけなかったのですか?」
「うーんダメってわけじゃないけどね、あそこはお父さんが仕事をする場所だから。お父さんの仕事の書類とかをレオがうっかりダメにしちゃうといけないから入らない方がいいわ」
「まあまあクレア、レオはかなり聞き分けがいいし、ちゃんと触らないように注意すれば十分だろ。な、レオ。俺の書斎に入ってもいいが机にある書類には触っちゃダメだぞ」
「わかりました。それで、本を読んでみたいので、文字を勉強したいです」
「まぁ、レオったら勉強熱心ねぇ、明日からマリーに教えてもらうといいわ」
「ありがとうございます」
「ははは、レオは俺と違って口調も丁寧だし勉強に興味があるなんて、俺より領主に向いているかもな」
「ふふ、そうかもねぇ」
「レオ、本を読むのもいいけど、外で遊ぶのも楽しいぜ?」
「エドガーはレオを見習ってもっと勉強しないとね」
よし、これで文字を学ぶ算段がついた。マリーさんは確かうちで働くメイドの一人だったか。地方の領主で働くメイドともなれば、あるていどの作法や教養を身に着けているはずだから、この機会にこの世界の価値観、常識や魔法について根掘り葉掘り聞いちゃおう。
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次の日、朝食を食べ終わって部屋に戻ろうとすると、クレアに呼び止められた。クレアの横には若いメイドがいる。マリーさんかな。
「レオ、昨日の夜伝えたように今日からマリーから色々教わるといいわ」
「マリーです。よ、よろしくおねがいいたします」
「よろしくお願いします。マリーさん」
マリーさんはクレアより若そうな顔立ちをしていて、開いた口からは八重歯が見えた。綺麗な人だ…そう思いながら視線を上に移動させると、頭に猫の耳のようなものがついていた。これはいわゆる獣人というやつなのか。マリーさんは長いスカートが特徴的なメイド服を着ている。彼女は俺と対面してやや緊張しているようで、猫耳をペタンと倒している。部屋に戻ったら聞きたいことが増えたた。この世界にはどんな獣人がいるのか。生物学的にどう分類されているのか。
「あの、レオさま。文字を教わりたいとのことですが…」
「はい、マリーさん。一人でこの『ガイア』という本が読めるようになりたいのです」
「わ、分かりました。頑張ります」
「あと、ガイアやザビンツ国の歴史、文化、価値観も気になります。マリーさんなら私の知らないことを色々知っていると思うので」
「は、はい…私に務まるのか分かりませんが、精一杯教えさせていただきます…」
こうしてマリーさんによる、ガイアの文字のレッスンが始まった。いざ授業が始まると、マリーさんは文字の教え方が丁寧だし、教えるのがうまい。俺は地球にいた頃、高校で友達に数学を教えたこともあったが、その経験からマリーさんがかなり教師の素質があると分かる。スポンジが水を吸うかのように文字をどんどん覚えていくと、マリーさんの緊張もほぐれてきて、倒れていた猫耳が今やもうピンと立っている。
「レオさま、もうほとんど文字を全部覚えられましたね。さすがです。クレア様が天才かもしれないっておっしゃってたのもうなずけます」
「ありがとうございます、お母様の期待に応えられるよう頑張ります」
「よい心がけだと思います。ですが、少し休憩しませんか?」
「はい、わかりました」
「じゃあ、飲み物とお菓子をご用意しますね」
そういって長いスカートをひらひらさせながら部屋を出ていくマリーさんを見送りつつ、横に置いてあった「ガイア」を開いてみる。かなり読めるようになっていたが、ところどころ意味の分からない単語が混ざっている。ガイアの言語の文法は英語に近いことは分かっていたが単純にこの世界の語彙に乏しい。これはマリーさんに逐一聞くしかないのか。辞書がないか聞くか。
「レオさま、お菓子をお持ちしましたよ」
「ありがとうございます、お、紅茶とスコーンですね」
「はい。このスコーン、最近首都で新しくできたお菓子屋の人気商品なんですって」
「なるほど、この世界のお菓子の最先端はこのレベルなのか」
「??レオさま?」
「…いや、なんでもないです」
しまった。あまり不用意に自分が異世界の記憶を有していると明かさない方がいいはずだから、次から気を付けないと。ついうっかり口に出てしまわないようにしないと。
「そ、そういえばマリーさん、その頭についている耳みたいなものって何ですか」
「これは私が猫人族だからですよ。レオさまは人族ですから、珍しいですよね」
「猫人族は人族とどのような違いがあるのですか」
「体格の違いといえば耳と尻尾があります。ほかには、人族に比べて匂いに敏感だったり、比較的人族より俊敏に動けます。大昔に人と猫の間に生まれた子供が祖先にあたるとされています」
「へー。人族と猫人族の間に生まれた子供は猫人族なのですか」
「母親が猫人族の場合は、生まれる子供はほぼ猫人族です」
「では、母親が人族、父親が猫人族の場合は人族ですか」
「いえ、こどもは生まれません」
「つまり、人族の女性は人族の男性としか子供を産めない、ということですか」
「そうです。…いえ、正確にはそうではないのですが…」
「?どういうことですか」
「ゴブリンという魔物がいるのですが…この話はまだレオさまには早いと思います」
「よくわかりませんが、わかりました」
「ゴブリンは…危険な魔物です。種族関係なく人を襲いかかるのです」
そうマリーさんが悲しそうに語る。ゴブリンはあらゆる種族の女性を襲って孕ませてしまうとよく小説では言われているが、ガイアでそれが本当だったとは。
「さて、勉強を再開しましょうか」
そういって沈んでしまった空気を換えるようにマリーさんが立ち上がる。スカートがふわっとたなびく。
「そういえばマリーさん、辞書ってありますか」
「はい、必要だろうと思って、持ってきましたよ」
「わあ。マリーさんできる人だ」
「メイドとしてこれ以上ない言葉。ありがとうございます」
そう慣れた様子で答えるマリーさん。しかしスカートがひらひらと揺れていることで、スカートに隠された尻尾が揺れていることが分かった。感情が尻尾や耳に現れるのも、猫人族の特徴なんだろうな。
「ところでマリーさん、猫人族と人族の他に、どんな人の種族が存在するのですか」
「そうですねぇ…人口が多い順に挙げていけば、人族、猫人族、犬人族でほぼ全てを占めます。他はあまり数は多くないのですが、竜人族、ドワーフ、エルフ、巨人族、小人族など、挙げていけばきりがないほどたくさんの種類に分類されています。主に猫人族と犬人族などをまとめて「獣人」と呼ばれています。また、人族以外をまとめて「亜人」と呼ぶこともあります」
「亜人…なんとも人族の身勝手さを感じる言葉ですね」
「レオさまは、分け隔てなくどんな種族の人とも仲良くなれると思います。ですが、ガイアで一番多いのが人族です。今は猫人族と犬人族を足しても人族の方が多いと言われていますし、人族が他の種族を虐げていた歴史もあって、人族が一番だという考えのもと他の種族を見下す人族もいるのですよ…」
「そんな歴史があったのですね」
「はい。地域によっては人族以外が不当に冷遇されている場所もあるのです」
「このカール領はどうですか?」
「初代領主様のカール・ラインハルト様の親友にエルフや小人族がいたという話があり、この領は種族による差別はありませんよ」
「ほかの領ではどうですか?」
「ザビンツ国の王令により亜人差別が禁止されていますが、実態はまだ差別が残っているのが現状です。実は私、小さいころに隣のドーラ領から引っ越してきたのです。ドーラ領はザビンツ国で一番亜人差別が激しかったのです」
「そうだったのですね。マリーさんは今、差別されたりしていませんか?」
「はい。いまはみんなが優しくしてくれて、幸せです」
満開の笑顔が咲く。この領に生まれてよかったな。現代の地球、しかも日本にいた俺からしたら、種族、見た目によって差別をするなんてもっての他だ。亜人差別をしているらしいドーラ領にはあまり近づかないほうがよさそうだな。
・人物紹介 マリー
猫人族の女の子。身長は150cm、やや小柄で細い体つき。穏やかな性格で、感情によって倒れたりピンと立ったりする猫耳がチャームポイント。人族の血をより多く受け継いでいて、猫耳、尻尾以外はほぼ人族の体と変わらない。
亜人差別意識の激しい、隣のドーラ領から小さい頃に逃げるようにやってきた。カール・エドガーが生まれる少し前から屋敷でメイドとして住み込みで働くようになった。
年齢は本人曰く「クレア様よりちょっと若いです」とのこと。




