18 数学者、入学する④
・婚姻について
ガイアにおいて戸籍は各領の領主が責任をもって管理することとなっており、婚姻の際には領主に届け出を提出するのが決まりとなっている。プロポーズをする際には指輪、腕輪、ピアスなど、身に着けるものが贈られることが一般的である。また、結婚式は教会で行われ、ガイア―ル神に誓うことが伝統となっている。
―大神学 (カール・レオン)『地球とは異なる異世界について』p.11
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Side レオン・カール
入試の日から声をかけてくれて仲良くなったシェーラ、ついさっきひょんなことがきっかけで話すようになったカティア、そして俺の三人で教科書を受け取りに来た。
「そういえばカティアさんはどの授業を受講されるおつもりでして?」
「まだ全て決めていないのですけど、算術はとろうと思うのです」
「おおー、それじゃあここにいる全員が算術をとるんだね」
「そうですわね。算術はそこまで人気の科目ではないそうですけど、カティアさんはどうして算術を?」
「私、5歳から実家の店でお手伝いをしていたのですけど、おつりの計算が速いねって褒められてから算術が好きになったのです」
「まあ。素敵なことですわ」
「算術はどこまでも深いのです…数字と数字が重なり合う美しい世界が好きなのです」
「カティア…その気持ち、よく分かるよ!」
「わあっ、急に大きな声を出さないで欲しいのです」
「あぁごめんごめん、数の世界が好きな仲間が見つかった嬉しされしさでつい」
「そういえばレオさんは入試の算術で唯一の満点でしたわね。あの難しい最終問題も解けたのですから、さすがとしか言いようがありませんわ」
「信じられないのです。どうやったのです?」
「あれは実はそこまで難しくないんだよ。前シェーラには少し話したけど、三平方、あと平方根っていう概念を知っていれば解けるんだ」
「三平方に平方根、ぜひレオさんから教えていただきたいですわ」
「私にも教えて欲しいのです」
「そうだね、詳しく説明するならどこか座って紙とペンを用意しないといけないし、また今度だね」
「でしたら、寮の部屋が決まりましたら、私の部屋で勉強会を開きませんこと?ぜひ召し上がっていただきたいうちの領のお菓子がありますの」
「勉強会、いいねえ」
「わぁ、お菓子…とっても行きたいのです。でも、いいのでしょうか?私みたいな吹けば飛ぶような雑貨屋の凡人が…」
「もちろん、大歓迎ですわ。それに、第一クラスにいる時点で凡人ではありませんわよ?」
「そうだな。同じ第一クラスの仲間。貴族も平民もないよ」
「シェーラさん…レオさん…私、とっても嬉しいのです。本当に迷惑でなければ、お邪魔させていただきたいのです」
「よし決まりだな。寮が決まっていろいろ落ち着いたら勉強会を開こう」
「ええ。楽しみですわね」
「貴族さまの寮…きっとすごい広いのです」
「それじゃあ私は向こうの乗り合い馬車で帰るのです」
「そうなのですね。私とレオはさんはこちらから帰りますわ」
「それじゃあ、バイバイなのです」
「うん、また明日」
「ごきげんよう」
カティアが駆け足で去っていく。乗り合い馬車なんてあったんだな。日本の通学バスみたいなものなんだろうな。
「カティアさん、すごいかわいらしかったわね。背が低くて上目遣いで…小動物みたいなかわいらしさがあって…レオもそう思わない?」
「え?男の俺に聞かれてもなあ…」
「…レオはああいう女の子はかわいいと思わないの?」
「えー…返答に困るなあ」
「だって、ランプ先生が結婚についても考えなさいって言ってたじゃない。レオは結婚についてどう考えているの?」
「うーん、正直こんな年齢から考えろって言われてもまだ実感がないかなあ。そういうシェーラはどうなの?」
「えっ…とね、私もあまり誰かと結婚するつもりはないわ。領主の家に生まれたけど、女でしょ?政治として他の貴族に嫁がされる未来が嫌なのよ」
「なるほど。例えば他の領に嫁がせるかわりに色々融通を聞かせてもらおうと考える人はいるもんね」
「そう、私のお父様がまさにそうなのよ。『シェーラはいずれ大きな領の次期領主に嫁いでうちの領との橋渡しになりなさい』なんて言われたこともあるわ。お父様には逆らえないから『わかりました』って答えたけど、正直絶対に嫌よ」
「その気持ちよく分かるよ。自分の将来は自分で決めたいよね」
「そう!そうなのよ!レオならこの気持ち分かってくれると思ってたの」
「家の誰かに相談したの?セバスさんとか」
「誰にもこんなこと言えないわよ。セバスなんかもっての他よ。お父様の次に積極的なんだから」
「あ、そうか、セバスさんは厳しい人なんだったんだね」
「そうよ、昨日はこの口調について30分近くも説教を…」
「あ、あれセバスさんじゃない?」
「はっ……」
向こうに自分の馬車と、シェーラの馬車が見え、シェーラの馬車のすぐそばでセバスさんが直立不動であたりを見回している。こちらにはまだ気づいていないようだ。俺が示す方向にいるセバスを見つけたシェーラは目にもとまらぬ速さで両手を口元にあてた。
「ふう、危ないわね。このまま向こうに気づかれていたらまた口調のことで怒られるところだったわ。ありがとう」
「ははは、どういたしまして。今のシェーラの手の動きがあまりにも速かったから笑っちゃったよ」
「もう、笑わないでくださいまし。恥ずかしいですわ」
そういって頬を赤らめるシェーラ。髪からのぞかせる耳まで赤い。
「はは。それではお嬢様、ホテルへお戻りになりましょうか」
「こほん、そうですわね。ではレオさん、馬車へ参りましょうか」
二人で口調に気を使いながら馬車へ戻った。明日は必修の授業のあとついに寮の部屋に入る日だ。どんな部屋になるのか楽しみである。
・人物紹介 カティア・アルティス
王都の外れにある小さな雑貨屋の長女。人族。背が小さく、やや臆病で慎重な性格。
暗い紺髪、ロングストレート、前髪ぱっつん。甘いお菓子が大好き。妹がいる。




