2 数学者、異世界に転生する
ついに大神学の異世界生活が始まります。
・魔法について
この世界、ガイアには魔法が存在する。地球では科学によって高度な文明が発達してきたが、ガイアでは魔法によって文明が発達してきたといえる。魔法によって動くエレベーター、魔法によって開閉する扉。これらは地球の人々にとっては空想上の産物であるが、ガイアの人々にとってはそうではない。地球の人々にとって科学が当たり前の存在であるように、ガイアの人々にとっては魔法が当たり前の存在であるのだ。
―大神学 (カール・レオン)『地球とは異なる異世界について』p.2より引用
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Side 大神学
静かに目を開くと、聖母のような微笑みを浮かべた美しい淑女が天から俺を見下ろしていた。美女の横には立派な髭をもつ好青年が俺の顔を覗き込み、何か言葉を発している。
「※●★?※σ~」
何を言っているか、まったく聞き取れない。少なくとも日本語でも英語でもない。状況が分からず、静かに美女と好青年を観察していると、
「λ≪χ△●●σ~」
ふいに美女が俺の頬に口づけをした。美女が顔を近づけたときに気づいたが、この美女も好青年も非常に巨人だ。顔の大きさが俺の4倍以上あるのではないかと思うほどだ。そのことにびっくりして声を上げたら、
「うえええええん」
まるで赤ん坊のような声がでた。ん?赤ん坊?…そうか、この二人が巨人なのではなく、自分が小さくなったのか。それも赤ん坊となったのか。
未知の言語、自分が赤ん坊であること。当然導かれる結論は…
そう、本当に異世界に転生してしまったのである。
徹夜続きの体でコンビニに行ってケーキを買った後の記憶がなく、気が付いたらここにいた。異世界の存在を証明した自分が実際に異世界に行ってしまうとは、なんとも奇妙なことだ。いや、むしろ異世界の存在を証明したからこそ、異世界に転生したのか。真相は神のみぞ知る、というやつだろう。これを今考えてもしょうがない。どこまで通用するかわからないが、異世界でたくましく生き残るために、前世の知識で使える物はうまく使っていこう。
さて、これからどうしようかな…小さいころから身体づくりをしたほうがよいかな…
…ダメだ、赤ん坊だからかすぐ眠くなるな。また明日考えよう…
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Side ???
「ねぇライナー、この子ったら私がキスしたのにびっくりして泣き出したと思ったらすぐ寝ちゃったわよ」
「そうだなクレア。赤ん坊にしてはおとなしい方かと思ったがそうでもないかもな」
「ふふふ。男の子だったわね」
「ああ。前に相談した通り、男の子だからレオンだな」
「そうね。レオン…生まれてきてくれてありがとう」
バンッ
「もう生まれたのか!?」
「もう、静かにしなさいエドガー。レオンが泣いちゃうでしょ」
「うぅ…ごめんなさい」
「いいのよ。エドガーもレオを見てごらん?」
「うわっ!ちっちゃーい!」
「エドガーも生まれた時はこれくらい小さかったのよ」
「ははは!エドガーにとっては初めての弟だな。エドガーは兄らしく弟の手本になるんだぞ」
「うん!」
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Side 大神学 改め レオン・カール
これは長い長い夢を見ているのかとさえ疑う頃もあったが、2年経ち、やはり俺が異世界に転生したことで間違いないと確信した。起きている間はひたすら言葉を聞く練習をし、この世界の言語はだいたい聞き取れるようになった。そして分かったのは、この世界はガイアといい、俺が生まれ変わったのはザビンツという国の地方の領主であるカール家の次男であるということだ。また、俺の名前はレオンだが、この屋敷にいる人は皆、親しみを込めてレオと呼んでいるようだ。
ライナー・カール (25) 父親
クレア・カール (24) 母親
エドガー・カール (6) 長男
レオン・カール (2) 次男
これが現在のカール家の家族構成だ。この4人に加え、この大きな屋敷にメイドや料理人、馬の世話をする厩務員など、さらに総勢10人近くが生活しているらしい。地球の歴史に当てはめて考えると、このガイアという世界の文明レベルは地球の中世から近世あたりに相当するようだ。蒸気機関が普及している様子はなく、化学薬品という概念もまだないようだ。しかし、地球と全く異なるものが存在する。
魔法の存在である。
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それは俺が3歳に屋敷内を冒険していた頃、キッチンにいた料理長のジェフがかまどの薪に火をつける際に奇妙な道具を使っていたのを見たのがきっかけだった。小さく怪しげに光る手のひらサイズの石を手に取り、何かをぶつぶつと唱えると石から火花が飛び、薪に着火したのである。仕組みが気になってジェフに質問すると、
「レオさんや、これは着火石という魔法具でっせ」
と答えてくれた。小さい子には危ないからと触らせてくれなかったが、頼み込んでもう一度火花を出すところを見せてもらった。よーく観察すると、着火石が一瞬赤い光を発してから、着火石の先端から火花が飛び出すのが見えた。そこでたまらず質問した。
「これの動力源はなんですか」
「動力源、ってそりゃあ自分の魔力でっせ」
この言葉を聞いて、俺は雷に打たれたかのような衝撃を感じた。異世界に魔法が存在した。俺は興奮してさらにさまざまな質問をしようとしたが、ジェフは料理を作らなければならない、と申し訳なさそうに断った。
料理長が領主の次男の話を断れるということは、この世界の上下関係はそこまで絶対ではないのか、あるいはジェフはただの料理長という立場には収まらないような存在なのか。どちらだろうか。
そう考えながら屋敷の冒険を再開した。
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この屋敷を探索し、屋敷で生活する何人かと接して分かったが、この世界での俺の父親であるライナー、母親のクレアは非常に使用人達から慕われている。そして料理長のジェフはライナーと少年時代からの付き合いがあるのだと分かった。さらに詳しく話を聞くと、ジェフとライナー、クレアの三人は同じ魔法学校の同じクラスだったことがあるらしい。そこで意気投合し今に至るのだとか。このエピソードをクレアから聞いたとき、この世界にも学問を修める場所があると知り、ひそかに興奮した。しかもただの学校ではなく魔法学校と来た。この世界ではどのような学問が発展しているのか是非この目で見たい。理解したい。
地球で最先端の数学者として生きてきた経験を生かし、この世界で魔法学者になるのがよいかもしれない。
4歳になり、キッチンでジェフが着火石を使うのを観察しても新しい発見が得られなくなった頃から屋敷の探検を再開した。屋敷を隅々まで探索して、最期にライナーの書斎にたどり着いた。そこには自分の背の高さの倍ほどもある本棚があった。よし、この世界にも本は家に置かれる程度には普及しているようだ。これでこの世界の知識を吸収することができる。
「ガ、イ、ア…うん、こういうタイトルの本はたいていガイアの歴史が書かれているはずだ」
まずはこの世界の歴史から学ぶべきだともともと考えていたので、最初に選ぶ本はすぐに決まった。
「どれどれ…って、読めないじゃんか」
自分が半分以上文字を知らないことに気づいた。ちくしょう。これじゃあこの世界の知識が吸収できないじゃないか。こうして異世界の知識を吸収する試みは、出鼻をくじかれてしまったのだ。
読んでいただきありがとうございます。物語前半はどうしても説明パートが長くなってしまいますね…
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↑これは、物語内の時間が飛ぶ時や、視点が変わることを強調する場面に入れることにします。