16 数学者、入学する②
・魔法理論について
魔法理論は魔法そのものを研究対象とする学問であり、大きく分けて魔法解析学と魔力学の二つに分かれる。魔法解析学は魔法の発動、制御の解析、魔法陣の原理の研究、詠唱と無詠唱の関係などを扱い、魔力学は属性により異なる魔力の質や魔力量を増やす研究など、魔力のそのものを扱う。魔法理論学者は様々な事象について深く考察する能力が求められるため、科学の発達と同時並行で魔法理論は発達している。
―大神学 (カール・レオン)『地球とは異なる異世界について』p.11
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Side レオン・カール
マリーさんが入学の手続きを済ませてくれた。試験の点数はかなり良かったから一番上のクラスになっていると思いたい。ぼーっと各科目の貼りだされた点数を眺めていたら、マリーさんがすすーっと奥へ行ってクラス分けの一覧表をとって来てくれた。
「レオさま、クラス分けの表をとって参りました、早く見ましょう」
「ありがとう。…なんだかマリーさんの方が気になってない?」
「!…こほん、お見苦しい所をお見せしてしまいました。ついにレオさまが広く認められると思うと自分が抑えられませんでした」
「はは…まあ気にしていないから。それより、見てみようか」
「…やった、ありました!一番上のクラスです!」
「うん、そうみたいだね。よかったよかった」
「王立魔法学校の一番上のクラスというのは入った時点で将来が約束されていると言われている、大変名誉な実績なんですよ!ライナー様とクレア様に必ず報告しましょう!」
「そうだね、ホテルに帰ったら手紙を書こう」
「はい!!最高級の便箋を用意しましょう!!」
「ぷっ、マリーさん、はしゃぎすぎだって」
「仕える御方が通称第一クラスに入られるというのは全メイドの憧れ、夢なのですよ」
「ほー、そういうもんなのか」
大はしゃぎで喜びの感情をあらわにするマリーさん。八重歯がかわいい。笑顔のマリーさんを見ていると頑張ってよかったなと思える。これからも期待に負けないよう頑張ろう。
そういえばシェーラはどうだったのだろう。クラス分けの表を見てシェーラの名前を探そうかと思った矢先、奥からやってきたシェーラがこちらに気づいて声をかけてきた。
「ごきげんようレオさん。こちらにいらしていたのですね」
「お、シェーラ。シェーラも無事合格したんだね」
「はい。一番上のクラスでしたわ。レオさんも?」
「うん、一番上のクラスだった。一緒のクラスだね」
「ええ、大変嬉しいですわ。あ、うちの執事を紹介しますわね。こちら執事のセバスですわ。魔法学校の入試に向けて家庭教師もしていただきましたの。セバス、こちらはご学友のレオン・カールさんですわ」
「セバスでございます。どうかお見知り置きを」
立派な口髭をもつセバスが優雅に礼をする。執事もエルフなんだな。
「レオン・カールです。カール家の次男です。シェーラさんとは入試の日から仲良くさせていただいております。こちらは私のメイドのマリーです」
「マリーです」
マリーさんは短く答え、スカートの裾をつまんでお辞儀をする。
「レオさん、あちらで第一クラスの顔合わせがあるそうですわ、一緒に行きませんこと?」
「分かった、行こう。あと前も言ったけど、口調はもっと…」
「れ、レオさん、さあ、行きましょう!」
「え?う、うん、行こうか」
「ではレオさま、ここから先は入学者本人のみ立ち入れるようですので。私は馬車でお待ちしております」
「お嬢様、私も馬車で待っておりますぞ」
唐突にシェーラが急かしたことに疑問を持ちつつも、移動する。一番上のクラスは校舎の2階の教室で顔合わせをするらしく、二人で階段を上がっていく。
「ねぇ聞いてよレオ、セバスったら昨日、レオと友達口調で話したことに文句を言ってきたのよ。キース家の長女らしく、外でも口調に気を配りなさいって」
「あぁ、だからさっきも口調が丁寧だったんだ。そうすると、さっき俺が友達口調だったのってまずかった?」
「うーん、たぶん大丈夫。セバスは私にだけ厳しいのよ。屋敷の頃からずっとそうなの」
「そうだったんだ…」
「セバスの前でだけっていうのも難しいから、これからは他のご学友と話す時もまずは丁寧な口調で行くわ」
「じゃあ俺と話すときもそうした方がいいんじゃない?」
「ううん、レオは私の初めての同い年の友達だし、もうこの口調だからね。ほかのご学友に対しても、仲良くなったらセバスのいないところではこうなると思うわ」
「分かった。気を付けてね…あ、この教室みたいだね」
ガララララ…
やや年期を感じさせる引き戸を引く。教室内には既にほぼ全員がそろっていたようで、20近くの顔が一斉にこちらを向く。みんな緊張のせいか表情が硬いのもあり、一瞬ひるんだが、気を取り直して空いている席にすわる。ぱっと見、人族しかいないように見えた。
「これで全員そろったわね。それじゃあ顔合わせを始めましょう」
大きな黒板の前で名簿をパタンと閉じたランプ先生が言う。今日もドレスにつばの大きいとんがり帽子と、魔女という言葉がぴったりな全身黒い装いだ。
「こほん、まずは入学おめでとう。そしてようこそ第一クラスへ。君たち20人はザビンツ国トップの魔法学校の一番上の集団よ。トップにいるということは、常に追われる立場だということ。これをちゃんと自覚して、決して努力を怠らないように走り抜けること。いい?学年が上がるタイミングで成績不振でクラスが移動することになってしまう人が毎年いるけど、皆さんはそうならないようにね」
入試の時、かなり気さくなように見えたランプ先生は意外とスパルタ気質な先生なのかもしれない。座っている誰もが息をのんでいる。隣のシェーラも危機感を覚えながら真剣に耳を傾けている。
「…と、真剣な話はここまでにしておくわね。あまり恐怖を煽っても仕方がないからね。せっかくの魔法学校、同い年の人とこれだけ多く接することができる数少ない機会だから、思いっきり楽しむのも大切よ。この学校で生涯の伴侶を決める人も少なくないわよ」
これを聞いて密かに驚いた。たった10歳ちょっとで結婚相手を考え出すとは。確かに魔法学校は貴族も多いので、相手の成績や振る舞いを見て自分に相応しいか見定めるには適した場所だと言えるし、貴族でない生徒からしたら貴族と知り合える滅多にないチャンスでもあるわけか。そういえば本によればガイアでは結婚は15歳前後でするのが一般的らしいから、むしろこの年齢から結婚相手を選び始めるのは合理的なのかもしれない。俺もそういうことを考えながら過ごさなければならないのだろうかと思うと、数学と魔法の研究にだけ没頭する生活が遠のく気がして少し落ち込むな…
以下は物語と全く関係の無い話になりますが、私にとってとても大切な話なので、どうか最後までお読みください。
2020年4月3日、京大の望月教授が数学の超難問である、ABC予想というものを証明しました。これはオステルレさんとマッサさんという数学者によって提唱された、35年間解けなかった問題で、かの有名な「フェルマーの最終定理」より格段に難しいと言われています。数学者の間でこの功績は「ノーベル賞の1つや2つでは足りない」とまでも言われているのです。
とはいっても、正確には証明の論文自体は2012年の時点で発表されていて、世界中の数学者が「この論文の証明は本当に正しいのだろうか」とチェックをしたのが8年かけてやっと終わった、が正しいのですが。
さてこの論文、発表された当時から話題でした。というのも、その証明にはこれまでにない全く斬新な独自の新理論(宇宙際タイヒミューラー理論、またはIUT理論といいます)が使われていて、「あまりにも新理論が難しすぎてその論文が正しいのかどうかチェックすることすらできない」と世界中の数学者が頭を抱えました。論文のチェックに8年もかかったのはそのためです。そしてこの論文は「異世界からきた」とさえ言われたのです。
もうお分かりかと思います。私のこの小説の最初のコンセプトはここから来たのです。ABC予想がなければ、望月教授がITU理論を開発しなかったら、この小説は生まれなかったでしょう。なので、この一大ニュースを取り上げずにはいられなかったのです。
世界中の数学者が知恵を出し合い、難問を解決していく。たまにぶっ飛んだ天才が現れ、数学を飛躍的に発展させる。そんな面白い世界もこの小説で書けたらなと思います。これからも「命題:数学者は異世界で生き残れるのか?」をよろしくお願いします。




