93 数学者、考査を受ける②
Side レオン・カール
翌朝、俺は悶々としながらシェーラに問いかける。
「算術の課題で表とグラフを作るものがあったけど、あれやってみてどうだった?」
「表をグラフを作るのはただの作業だから何も問題ないけれど、そのあとの読み取れることを書け、という問いは少し書き方に困ったわね…ほとんどの領の税収が同じような右肩上がりの曲線を描いているので、この国は全体的に発展しつつある、みたいなことを書いたわね」
「…他には?」
「分散を計算しろって問いの結果から、領ごとの格差がそれなりに大きいと分かる、とかね」
「あとは?」
「あとは…ってレオ、どうしてそんなに算術の課題が気になるの?いくらレオと言えど宿題の答えを真似するのはダメよ?」
「いや、そういうわけじゃないんだよ、ただ…」
「ただ…?」
とある領が税収の数字をごまかして報告している可能性が極めて高い、なんてことをシェーラに伝えていいのだろうか。いや、試験前に必要以上に心配させるべきではないはずだ。
「レオ、難しい顔をしている」
「…うん、ちょっとやっかいな問題に直面してしまってね」
「また私には言えない話?」
「うーん、ちょっと話せないかな」
「そう…」
シェーラが下を向いたかと思えば、何かを決意した顔つきで前をあげて口を開く。
「レオは勉強のことばかり考えて、こういうことにはまったく疎いのは、もうよーく分かっているから言うわね」
「え?うん、何?」
「どうせ私に話しても分からないから、という理由でそういった悩みを話してくれないの、すごく悔しくて、悲しいの。私は誰よりもレオの力になりたいのに、レオに信用されてないのって思ってしまう」
「いや、そんなこと…」
「分かっているわよ。信用がどうこうなんていうのは全く関係なくて、話を相手が理解できるかどうかだけで話すか話さないかを決めているのも分かっているわよ。でも私は、レオに置いていかれるような気がして、嫌なの。私はレオの隣に並びたいの」
そこまで言われて初めて気づく。悩んでいる様子を見せたくせに、『いや、話しても分からないから』と言って悩みを話さない。実にこれ以上ない問題行為をしていたのだ。
「レオが1人で悩んでいるのをただ見ていることしかできないのが悔しいの。私はレオみたいに難しい理論が分かるわけじゃないから。だから私に出来ることは話を聞いて、辛さを分かち合うことしかないの。それを私にさせて?」
急に視界が開けるような感覚がした。相手が理解できないならば話すだけ時間の無駄、そう思っていたのは間違いだと気づかされる。
「でも質量保存の法則じゃあるまいし、1の負担が0.5ずつになるとは限らない。1の負担が0.75と0.75になって、合計の負担は増えるかもしれない」
「それでもいいのよ。私がしたいの」
「…ありがとう」
この言葉しか出なかった。
学校に着くまでの間、シェーラに限りなく黒だと思われる不正の話を説明する。ベンフォードの法則はlogを使うやや高度な理論なので詳細は省いたが、シェーラはおおまかに話を理解してくれた。
「なるほどね…確かにこれはうかつに話していいことではないわね」
「試験が終わるまでは黙っておこうかと思っていたんだけど…」
「そうね、試験が終わるまではこのことは封印するのがいいわね。で、試験が終わったら算術の先生と校長先生に相談。算術の先生にその、対数?を使った証明を知ってもらって、校長先生に子供の戯言ではないと分かってもらう。校長先生なら王都の監査局に連絡してもらえるだろうから、そこから先は国に任せる。これでどうかしら?」
「驚いた。こんなにすらすらと方針が立つなんて。それに監査局なんて組織があるとは知らなかった」
シェーラの言うことは正しかった。俺が知らないことを補ってよりよい案にたどり着くことが出来た。
「私に話してよかったでしょう?」
「そうだね、ありがとうシェーラ」
「私のことを見直した?」
「見直すも何も、最初からシェーラはすごいと思ってたよ」
「あら、本当?」
「だってこんな変人の彼女になれるんだから」
「それ、褒めてるのかしら?」
ここまで出来た子は、俺なんかにはもったいない。
「そのつもり」
「ふふ、そう。ならそう思っておくわ。それで、テスト勉強は進んでないのね?」
「え、まぁ、うん」
「じゃあ今日からレオの勉強を見てあげるわ」
「え、いいの?」
「もちろんよ。第一クラス落ちなんて、絶対に許さないんだから」
シェーラの黄金にきらめく髪がたなびく。
こうして今日から考査が終わるまで、毎日俺の部屋で2人きりで勉強することになった。




