91 数学者、発明する⑥
Side レオン・カール
2月に入った。年度末試験が近づき、学校全体がピリピリとした雰囲気に包まれる。下のクラスの人は上のクラスに昇格するために、上のクラスの人は降格しないために、誰もが熱心になる時期だ。余談だが入るのが難しいが出るのは簡単と言われているこの学校では3年生はこの時期比較的のんびりしている。しかし卒業研究という大きな課題が存在するために完全にのんびり出来る人は限りなく少ないが。
「ふぁ~あ。眠い」
寝不足気味のためか、おおきなあくびが自然と出る。集中が続いて眠気に気づかず、遅い時間までペンを走らせる日が多いのだ。外はまだ寒く、しかし校内に入ると魔道具のおかげで温かい。この温度差が教室内でますます眠気を誘うのである。そういえば地球にいたころ、授業中の眠気は室内のCO2濃度が関係すると聞いたことがある。この世界の人間も同じくCO2濃度が高いと眠くなるのであれば、教室内のCO2濃度を低下させる魔道具を開発してみるのも面白いかもしれない。
「…君、レオン君」
「!、は、はい」
頬杖をつきながら目を閉じていると、ランプ先生に名前を呼ばれて驚いて返事をする。俺の慌てようを見たシェーラが隣で小さく笑った。
「放課後、フーコー先生の研究室に行ってください。お話があるそうです」
何だろうか。計算機を完成させて設計図、理論をまとめた論文を出した後、数回計算機のメンテナンスに出向いた以来、めったに顔を出していない。計算機が故障したとかだろうか。悪いことじゃなければいいのだが。
放課後、フーコー先生の研究室の扉をノックして中に入る。計算機を作る時に使っていた製作室の隣だ。
「レオン君が来ましたね」
「ほう、彼が噂の…」
フーコー先生の隣には見知らぬ人がいた。ちょび髭を付けた、太ったおじいさんだ。彼はのっそりとこちらへやってきて手を差し出す。
「私はダグラスです。王都で商会をやっています」
あぁ、この人は計算機を販売するための商談に来たのだろうな。この学校の先輩でも魔道具を開発してそれを売り込んで小遣い(それで収まるような額とは限らないが)を稼ぐ人がいるとは聞いていた。計算機は雑誌に載ったし、こういう話が俺にもいずれ来るだろうとは思っていた。
「初めまして。レオン・カールです」
「カールということは…カール領の次期領主ですか?」
「いえ、兄がいるので。私は研究者になるつもりです」
「なるほど…ということは…いえ、失礼、本日は計算機をうちの商会で取り扱いたいと思いまして」
「計算機を売るんですか」
「ええ。先日雑誌で取り上げられているのを拝読して、これは確実に売れる、と確信しまして」
「はぁ。それで私の許可が欲しいということですか?」
「言ってしまえばそうです。いずれ、利益の取り分の相談などを」
うーむ。困った。学校に置いてある部品を勝手に使って計算機を作った俺は、各パーツの値段すら分からない。商談なんて前世含めて人生初の体験だ。あまり下手なことを言って相手になめられるのも気分が良くないし、どうしようか。
「計算機はまだ生まれて間もないので、大きさや機能についてまだまだ改善の余地があると思います。今、計算機を発売してもいいですが、ある程度研究が進んでからの方がいいのではないでしょうか」
とりあえず率直に思ったことを述べる。桁数を1増やすたびに一回り大きくなってしまうのが現時点での計算機の課題だ。かといって桁数を少なくすれば小さく扱いやすいが、人力でも簡単に出来るからわざわざ計算機を買う意味がない。桁数減らさずに容積を小さくするためにはパーツの品質を高めるか、アルゴリズムから考え直す必要があるだろう。正直、そこらへんの商人がどうにか出来ることとは思えない。研究者のすることだろう。
「問題ありません。うちの商会で1,2ヶ月程商品開発をするつもりでいましたから。魔道具の販売実績は十分ありますし、なにより魔道具を専門とする部署がありますから」
なるほど、そういうチームが存在するなら任せた方がいいだろう。なにより、計算機を作って満足したからもう別の研究がしたい、という俺の欲求とマッチしている。
「分かりました。商品開発はご自由になさってください」
「ありがとうございます。では、ある程度煮詰まったら価格設定などの相談をまたさせていただこうかと思います」
「はぁ。じゃあ今日は本当にこれだけですか」
「そうです。顔を覚えてもらうのも重要なので」
じゃあさっさと帰って研究するか。そういえばこの小商談で思い出したが、領に残してきたいろいろな設計図を使いたいと言っていた両親はその後どうなったのだろうか。




