89 数学者、発明する④
Side レオン・カール
「レオンさん、本日はよろしくお願いします」
「はい、お願いします」
職員室の隣の小会議室に座って挨拶を返す。テーブルを挟んだ目の前には手元にメモを持つ、フォーマルな恰好をした女性記者が座っている。
先日、卓上計算機の魔道具が完成し、その利便性ゆえに瞬く間に王都中の魔法学校で話題になった。その結果、全ての魔法学校の各分野の教授が計算機を欲しがるようになり、卓上計算機のコピーと、仕組み及び製造方法についてまとめた論文を各学校に1つずつ渡すこととなった。その作業においてフーコー先生に大変助けられた。
さて、現在卓上計算機を発明した魔法学者の学生ということで、王都が公に発行している雑誌の発行元からインタビューの打診が来て、今に至る。フーコー先生に一緒に出席してくれないかと頼んだが、忙しいこと、あくまで俺が発明者であることを理由に断られてしまった。
前世でも同じような取材を受けたことがある。その時は『天才数学者の頭脳に迫る』みたいな題名で雑誌の見開き1ページにまとめられていた。あの時は数学雑誌からの取材だったので取材に来た人はある程度数学に関する知識があったのでスムーズに話が出来たが、今回はどうだろうか。例えば三角関数すら目の前の女性には通じないだろうから、計算機の仕組みについて聞かれても答え方に困るのだ。
「さて、早速ですが、レオンさんが発明された計算機を見せていただけますか?」
「…あっ、研究室から持ってくるのを忘れちゃいました」
相手の心配より自分の至らなさを心配した方が良いかもしれない。相手に知識がないだろうとか失礼なことを考えていたのが恥ずかしい。
「ふふ、そうでしたか。では…」
「あ、いえ、すぐ持ってきますから!」
返事も待たず、羞恥心を覚えながら逃げるように部屋を出て研究室に向かう。両手を使わないと持てないくらいの重さがある計算機を抱えて小会議室に戻る。
「すみません、戻りました。準備不足で申し訳ありません」
「いえ、気にしないで下さい。それで、それが計算機ですね?」
「はい、そうです、よいしょ」
やや重い魔道具をテーブルに置いて答える。
「私は下手に触らない方が良いですかね。大きさはだいたい30cm四方と…。では質問をさせていただきます。まず、計算機を開発しようと思い立ったきっかけは何でしょうか」
「えーと、両親に頼まれてカール領の経済について色々と計算してくれと頼まれまして、それを引き受けてちまちまと計算していたのですが、万を超えるような大きな数の計算があまりにも煩わしくなりまして」
「それで代わりに計算してくれる魔道具を作ればいいじゃないかと?」
「まぁ、そういうことになりますね」
「計算させる魔道具を作ろうと考えるのが既に素晴らしいのですが、実際に作れてしまうことはもっと尋常じゃないことだと思います。噂では大発明だと言われているとか」
「はは…ありがとうございます」
地球にいた頃はもっと小型な電卓もあるし、なんならPCで微分方程式を解いて初期条件を指定した解の挙動をグラフに表すことすら可能だった。そこまでの発展を知っている身からすると、ただ四則演算+αが出来る程度の機能しかないのに両手で抱える大きさもあるこの魔道具はまだまだである。それに、この計算機はあくまで既にこの世界に存在する部品の組み合わせであり、仕組みもこの世界の知識で十分理解可能であるため、全くの突飛な発想をしているつもりはない。仕組みを理解すれば誰だってむしろ普通の考え方に感じるだろう。
これしきの事で大発明だの偉業だの言われるのは超過大評価であり、どこかむず痒いのだ。
「さて、どんどん質問させていただきます。この計算機はどんな人に使ってもらいたいですか?」
「算術学者はもちろん、算術を必要とする人、特により桁数の大きい数の計算をする人はぜひ使ってもらってその便利さを実感してもらいたいです」
「例えば、商人の方などは欲しがるのだろうと思いますね。ただ、この大きさ、重さだと持ち運びには向きませんね」
「ええ。小型化、高性能化はこれからの課題になります」
この世界にはペアノ先生やフーコー先生をはじめ、自分より明らかに天才と呼ぶに相応しい人がたくさん存在するので、この計算機の仕組みを理解したら直ちに改良する人が現れるだろう。
「では次の質問ですが…」
こうして1時間近くにわたり、記者からの取材を受けたのであった。
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数日後。計算機のメンテナンスを終えて下校した時のことであった。
「あ、おかえりなさいませ、レオさま」
「マリーさん、その雑誌って…」
「はい。レオさまが載ってらっしゃいますから買ってきました」
マリーさんが机に置いた雑誌には付箋が貼ってあった。しっかりチェックしているようで。
「お父様、お母様にも必ず見てもらうべきだと思ったので、同じ雑誌をもう一冊買ってお屋敷にお送りしましたよ」
「あ、そうなんだ」
雑誌にどのような形で自分が載っているか興味ないから確認していないが、両親に見られて恥ずかしくない内容になっていればいいなぁ、と思う。取材中におかしな受け答えはしなかったと記憶しているからおそらく大丈夫だろうが。
「王都発行の雑誌に載られるなんて、仕えるメイドとして大変誇らしいです。お父様、お母様も鼻が高いでしょう」
「そういうもんなのかね。とりあえず食堂に行こうか」
見知らぬ人に褒められたところで何も思わないのだが、これだけ身近な人となると、とたんに恥ずかしさを感じるのはなぜだろうか。




