第五回目 初心者向きなのは三人称視点か一人称視点か。一人称視点では「僕」や「私」という主語は無い方がいい!?
第五回目は初心者さんにお勧めする人称視点です。
小説には一人称や二人称、三人称などがあることをご存知ですか。私もそうでしたが、初心者さんがやりがちなのが一人称視点で書き始めるということです。一人称なら自分が主人公になった気になってさも自分のことのように書けばいいだろうから簡単そうだな、と思いますよね。ところがどっこい一人称が小説の中でもバカみたいに難しい書き方なんです。だから初心者さんは大抵この落とし穴にどっぷりハマって無駄な時間を何ヶ月と過ごすことになりやすい。これじゃいけないので私も最初にこの話題を持って来るべきだったと後悔しています。
ではどの人称視点から書き始めたらいいのでしょう。一人称については後ほどご説明しますが、とりあえず先にこの問いかけの答えを言います。ずばり、三人称視点。
ソースはなろうの先輩であって有名作家ではありませんが先人の知恵の偉大さを感じる核心を突いたアドバイスだったのでご紹介します。
そもそも三人称とは。まずはここからですね。三人称視点というのはよくトラックに轢かれて転生してる主人公を、主人公になりきって書くのではなく、はたから見ている神様とかになりきって書く書き方のこと。一人称なら「痛かった」「こんなはずじゃ……」とか「まだ死にたくなかったのに」と書くところでしょうが、三人称では「小説太郎はこんな死に方をして痛かったに違いない」だとか「こんなはずじゃ、と小説太郎は自分の死を悔やんだ」だとか「まだ死にたくなかっただろうに、彼は若くして天に召されてしまった」とか他人事っぽく書くことになります。簡単に言えばまんま他人事な書き方ですね。
難しそうに見えて案外この他人事な書き方の三人称視点が初心者にも易しいものなので、これから書く方は三人称で、一人称で書いてしまった方は三人称への書き直しを始めなければなりません。
三人称をこれほど強くお勧めするのは一人称がそれだけ難しいということも理由です。前回ご紹介した井上ひさし氏。彼のご著作である「握手」は一人称で書かれています。国語の教科書にも載った作品なのでご存知の方も多いのでは。当時はお気づきにならなかったかもしれませんし私自身も気づかなかったのですが、このルロイ修道士でお馴染みの「握手」には一人称視点で描かれているのにも関わらず、なんと一人称の主語「僕は」や「私は」などといった表現が無いんです。井上ひさし氏によれば一人称視点で描くときは「僕」や「私」といった主語はなるべく取り除いた方が読みやすくなるそうで、実際とても読みやすい作品でした。こんな書き方、初心者の頃は愚か、4年も経験を積んだアマチュアの私も無理です。何度トライしてもメモみたいになって小説として成り立ちません。私はもうあまりの難易度に諦めていますが、試してみたい方はどんどん試してみてください。この最高レベルの一人称が書ける作家の登場を願って今こうやって書いているまであります。……あれ、なんか最初に言っていたことと矛盾してますね。
まあともかく、一人称だと小説の書き方に慣れないうちはやたらと主語が多くなって読みにくいものになりやすいんです。それで読み返して散々改稿作業をしているうちに改稿ばかりで次話投稿ができず「小説って難しいなぁ、無理だわ」と諦めることになってしまうんじゃないでしょうか。
結構重要な話題に転換するので少し間を空けました。
三人称で他人事っぽい書き方をしていく中で必ずぶち当たるのが「心理描写」をどう表現するのかという壁です。
まあこれは井上ひさし氏の「吉里吉里人」を読んでください。そうすればここから先はもう読む必要は多分ありません。
他人事っぽい地の文を続けた後、次のようにやるのです。例として私の書いている「黒猫通り三丁目裏世界の夕陽 〜殺人兵器は黒猫に転生し魔法少女に溺愛される〜」から見てみましょう。心理描写に入るため少し長いです。
この世界は夜の地域にでもいかない限り空が暗くなることはほとんどないのに、寝るときは暗い環境を好む。
夕陽の国では睡眠の妨げにならない程度の明るさであったために寝るときはカーテンや雨戸を閉めるだとか、明かりを消すだとか、とにかく部屋を暗くする文化は存在しなかった。けれどこのサスリカは厚い雪雲が太陽を隠しても夕陽の国よりも明るいから寝るときは光による刺激を遮断するのが当たり前だったらしい。
黒羽は真夜中に目を覚まして、受け継いだロードの知識を借りてそのことを知った。
「シロ……?」
寝ぼけながら辺りを見回し、シロがいないことに気がつく。
シロも黒羽と同じく部屋を暗くして眠る文化は知らなかったはず。その証拠に昨日の夜は窓の外の雪景色の眩しさを我慢して眠っていた。
それなのに部屋が暗い。シロもいない。これはどういうことか。
黒羽が寝ていた間に誰かが部屋に入ってきたに違いない。そしてシロを攫っていったのだ。
黒羽は愕然とした。いつもならシロを頑丈な結界で包んでから寝ているからこんなことはそうそう起こり得ないが、今回は迂闊にも自分の方が先に、しかも風呂場で眠ってしまった。自分でも気がつかない間に眠っていたせいでもちろんシロに結界も張っていなかった。
だがおかしい。この部屋の扉はオートロックだったはず。魔法やら超能力やらが当たり前の世界で無駄とも言える技術が珍しく役に立つところではなかったのか。
黒羽は扉の前に来てノブを見上げた。そして思い出す。アステリアが来たとき、向こう側からこの扉にぶつかって少し開けていたことを。
(まさか、あのガキぶっ壊したのか! どんだけ強くぶつかったんだよ!?)
試しに念力で扉を引っ張ってみる。すんなり開いた。
隙間ができないくらいかすかに開けてすぐに閉めた。その間、いかにも壊れていますと主張するかのごとくカチャカチャと金属の部品が触れ合う小さな音がしていた。
最悪の事態だ。美味い話には裏があるものだからと慎重に注意していたはずが、やられてしまった。アステリアがあのときこの扉にぶつかったのはわざとだったのだ。
けれど、シロが連れ去られたにしては部屋の中が散らかっていない。ベッドも今夜は一度も入らなかったみたいに整っているし、しかも例の魔女のとんがり帽子もローブもきれいにたたまれてベッド脇に置かれている。
黒羽はもっとよく部屋を見ようと厚いカーテンを開けて部屋の中を照らしてみた。するとシロのとんがり帽子の中に何かが入れられているのが見えた。
近づいて見てみると、誰かからの手紙だった。
——シロちゃんへ。
あなたは今、サスリカにいるのね。クロハネさんが一命を取り留めて、快方に向かっていると姉から聞いたわ。二人ともどうにか助かったみたいで本当に良かった。
でもね、あなたにはまだ分からないかもしれないけれど、これからもっとたくさんの危険が待ち受けているに違いないの。だから、この魔法の衣装を贈るわ。外は危険がいっぱいで、安全なところなんかないと思って、必ずこれを着て過ごすのよ。この衣装があればどんな危険からもあなたを守ってくれるわ。
夕陽の国の街の受付嬢 マリー・ミラーズ——
黒羽はほっと胸を撫で下ろした。このシロの私物を通じて彼女の居場所を六感的に探り当てることができたのである。
理由までは分からないが、どうやらシロはゼゼルの部下のミラーズの部屋で彼女と一緒にいるよう。ミラーズは命の恩人なので信頼できる。よってユーベルとアステリアはオートロックを破壊したこと以外は潔白だった。
が、しかしこの手紙は何だろうか。黒羽は読み終えて小首を傾げていた。
(要はあの夕陽の国の街にいた受付嬢が、ゼゼルの部下のミラーズの妹だったってことなんだろう。確かに赤い目をしていたし、それは確かなんだろうが……、はて、こんなにシロと深い関係だったのか?)
黒羽は初めて夕陽の国の街に入った時のことを思い出す。あのときはロードの部屋から瞬間移動を繰り返して街へ向かったせいで疲れ果て、目を覚ました頃にはシロが街へ入れてくれていた。
長々とすみません。盛大なネタバレを含むのであんまりやりたくなかったのですが、まあ仕方ないですね。
心理描写のポイントとしてはまず地の文で主人公がやってきたことやその周りの状況などを利用して描写していくこと、そして丸いカッコで主人公の考えていることを直接書くこと、地の文で「(主人公)はアイツあたま悪いんか、と思った」という具合に文末で「と思った」と加えて書くことの三つくらいあります。井上ひさし氏をはじめ多くの作家さんの作品で見られる手法ですのでいかに読書することが勉強になるか分かりますね。
三人称でもこうやって心理描写をすることができるので、たくさん本を読んで勉強しつつ書いてみてください。あ、言い忘れていましたが、アニメやマンガみたいに登場人物全員の心理描写をすると読みにくい作品になりますので注意です。やるなとは言いませんが難しい上に返って分かりにくくなるのでお勧めできません。主人公だけ心理描写をして、他の登場人物の考えていることや気持ちに関してはあくまで主人公が推測するということにすることをお勧めします。そうすれば主人公が他人の気持ちを推測する場面で主人公の心理描写もついでにできますから。
では、また次回もよろしくお願いします。