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欠陥子供

作者: 火群潤

 0 その場所、放置されていく場所、破棄していく場所。


 そこにはこの子を守ってくれる存在がいる。

 と。

 しかしそれは何百年も昔の話で、既に伝説の類で。

 残された子供は。

 8人。


 1 仮面少女。穴から覗く瞳は美しい金眼。しかし、仮面で顔を覆う。


 見知らぬ土地である。右も左も分からない。光る石を持っていないので帰れもしない。

 仮面少女は森で1人佇んでいた。見渡す限り、木ばかり。

 迷ったとは違う。置いて行かれた。介護者は迎えに来るから、と随分森の奥に連れて来た。…だがしかし。

 予想は出来ていたというか、こうなってほっとしているというか。

 仮面の内側でどんな表情を作ったって、誰にも見られない。

 仮面少女はまた周りを見渡す。彼女の右目は見えない。左目だけで視界を捉える。しかも仮面を上から被っている。見づらい。辺りは薄暗い。夜に近付いているのだ。こんな森の中で夜を迎えるのはあまりにも危険。

 危険。

 何が?

 命が?

 しかし。

 介護者は自分を見放した。こんな鬱蒼とした森の中に。仮面を被った、こんな得体の知れない自分を、だ。

 命なんて?

 仮面少女は仮面の内側で欠伸をした。普段なら寝ている時刻だろう。というかほぼ1日中寝ていた。見放されるか、そりゃ…。寝る時も仮面を外さない自分だ。

 仮面少女は所在なく、適当に歩く。視界が悪いからつまずいてばかりだ。その度に仮面が取れそうになるので慌てる。誰も周りにいないのに。

 薄暗さが増していくと同時に、歩き疲れも溜まってきた。普段何もしていなかったので体力など無論ない。

 終わるのかここで。

 終わり。

 小さく呟いてみる。不思議と何も感じない。介護者と同じように、自分も自分を見放していたのだろう。

 自分が好きかと問われたら。

 即答できる。嫌いだ。

「誰かいるの?」

 ふと、声がした。男の子の声だ。きょろきょろと周りを伺う。しかし視界が悪い。周りはほとんど真っ暗だ。仮面に片目、更に森の中。視覚はほぼ機能していない。声のした方へ慎重に進んで行く。

 木の裏から男の子が1人出てきた。

「あ、やっぱりいたの」

 眼鏡をかけて、仮面少女と同い年くらいの男の子。にこっと微笑んで言った。

「この森、随分昔に子供を保護してくれるとこがあったんだって。随分昔だよ?今は当たり前にない。ここ、捨て子いっぱいいるんじゃない?」

 捨て子。

 彼も自分も、捨てられた。

「仲間だ。よかったあ」

 彼は場違いな笑いを浮かべた。

「君名前は?」

 仮面少女は首を振った。名が無いわけではない。しかし、無口なのだ。眼鏡の男の子は笑ったまま困った顔をして

「仮面ちゃんって呼ぶよ?」

と聞いてきた。

「君も訳あり?捨てられるくらいだから、よっぽど何かしたんだね。俺も似たようなもんだけどさ」

「何もしてないよ」

 聞こえないように呟いた。自分にも聞こえないように呟いた。何もしてないから、ここにいることを自覚するように、仮面の内側の口を動かした。

 彼にはやはり聞こえなかったらしい。その笑みのまま言った。

「じゃあ俺のことは、えー…と、そうだな。“感覚麻痺”って呼んでよ。君が“仮面”なら俺はそうなるね。…そうだ、仮面ちゃん」

 感覚麻痺は、この状況の深刻さが分かっているのかいないのか、人見知りなんて言葉を知らないかのように、無口なんて存在と相対するかのように笑う。

「さっき、この森の奥で、大きな建物見かけたんだけど、どうする?行ってみる?この森、狼出るらしいし、建物に入った方がいいと思うんだ」

 感覚麻痺は、変わらず笑う。そんな性格なのか、捨てられたことを、嬉しがって喜んでいるのか。

「介護者、嫌いだった?」

 仮面少女は、無口は、感覚麻痺に聞いた。自覚しているが儚くなるほど小声だ。感覚麻痺は、仮面少女が呟いたことにも気付かなかったようだ。じゃあ行こー!と言って、仮面少女の手首を握って歩き始めた。

「……」

 小声ではあるが。

 感覚麻痺…。


 2 感覚麻痺。眼鏡は機能しているのか。しかし、笑い、笑い、笑う。


 気持ち悪い仮面被ってるな、この子。

 感覚麻痺は仮面少女を引っ張って歩きながら思う。自分の手がどこにあるのか所在ない。ちらちらと仮面少女を確認しながら歩く。

「何で仮面被ってるの?」

 なんて聞かないけど。彼女も彼女で色々あるからここにいるんだし。

「ほら、でっかい建物。見えたよ」

 森を抜けたところに、いや、森の中の木が切り開かれているところに邸宅はある。何年前からあるのか随分古い建物であるし、古さで趣も感じられる。仮面少女はその邸宅を見上げてぼーっとしている。仮面で表情は全く分からない。

「入ろっか」

 声を掛けると仮面少女は小さく頷いた。反応が小さすぎてよく見ないと分からなかった。

 豪勢な両開きの玄関扉を開けた。ベルは壊れているから無断でも構わないだろう。ギイっと大きな音を立てて玄関扉は開いた。

 明るい広間。

「んん?」

「ありゃっ?」

 広間に女の子がいた。髪の長い、黒いコートを着た女の子。手にトレーを持っている。トレーには料理の乗った皿が三つ。

「どしたの?君達もっ?」

 大きな目をキラキラさせてその女の子は言った。そう言えばこの邸宅明かりが点いていたのか。てことは人が住んでいる、と。

 その人…ってのが、この森に、

 捨てられた子供?

 感覚麻痺と、感覚麻痺の後ろにいる仮面少女と同じ。

 捨て子。

「介護者に捨てられた?」

「そだね」

 感覚麻痺はにこっと笑った。そうしたらコートを着た女の子も笑った。

「このお屋敷、捨て子が5人住んでるの。よかった!仲間だね!」

 女の子は大きな目をまたキラキラさせた。

「何て呼ぼっか?」

「俺、感覚麻痺。この子仮面ちゃん」

「あたし上下移動恐怖症。略して“上下”!」


 3 上下移動恐怖症、略して上下。ジャンプも苦手。しかし、こだわらない。


 感覚麻痺、眼鏡してにこにこしてる男の子。

 仮面ちゃん、仮面してて長くて綺麗な金髪の女の子。

「嬉しいな、仲間が増えるのはいいことだよ。たとえ変なことを抱えていても」

 あたしもそうだから、と付け加える。

「上下移動恐怖症って何?」

 感覚麻痺は上下に聞いた。気にしているわけではないから、上下はあっけらかんと答える。

「あたし極端な上下移動ができないの。面倒臭くなったのかあたしも介護者に捨てられちゃった!」

 全く気にしてはいない。ああ、そうなのかと受け入れて、3日前からこの森のこの邸宅にいる。

 あ、そう言えば、あたしは夕飯を運んでたんだった!

「2人も一緒に食べよ!えっと、食堂に他に2人いるの、行こう!」

 上下は食堂に向かおうとしたが、その前に仮面少女が首を振った。待っても何も言わないから、上下は頑張って考えた。

「…あ。ごはん食べたくないの?えっと、仮面取らなきゃいけないから?あ!ごはんは食べれるよね!えっと、そうだなぁ」

「仮面ちゃんは別の所で食べる?」

 感覚麻痺は仮面少女を見ながら言った。仮面少女は暫くして頷く。

「だって」

「そっか!んじゃ、まずは2人共食堂に行こうよ。一緒にごはん食べたくない子は他にもいるよ!」

 上下はコートを翻してぱたぱたと食堂に向かった。感覚麻痺と仮面少女は上下の後ろを付いて歩く。

 この邸宅に来た捨て子はこれで7人になった。一番古くからいる子は、1か月くらい邸宅に住んでいる。捨て子だけで、この深い森の中の邸宅で生きていけるのは、この邸宅に一番古くから住んでいる子のお陰だろう。

 車椅子に座る、隻腕しか残っていない男の子。


 4 隻腕。彼は天才である。しかし、反発する。

 

 食堂でコミュ障と、上下を待っていたらなんと3人もやって来た。しかも2人知らない子供。1人は気持ち悪い仮面を被っている。

「どしたの、その子達」

「仲間だよ!」

 上下が明るく答えた。そーかと隻腕は頷く。こんばんは、と眼鏡の男の子が笑った。

「俺、感覚麻痺。この子、仮面ちゃん。俺らもここにいていいのかな?」

 隻腕は右手を振った。

「許可なんて誰も決めることじゃないよ。ここに捨てられた子供が勝手に住んでいるだけだから。勝手に協力しているだけだから。勝手に生きているだけだから。この森を出ていく気もないんだから」

 ふふふと隻腕は笑った。勝手に生きている僕達にとってこの深い森のこの邸宅はとても都合がいい。捨て子という仲間は多ければ多いほどいい。

「介護者に見放されたのは運がいいことだよね。日常生活をするに当たって何か欠けているんだから。大人になることを諦められた捨て子」

 なら!と隻腕は右手を上げる。

「帰んない方がいいんじゃない?ここが本来の僕らの居場所なんじゃない?」

 って感じで。

 隻腕は反抗し、家出した立場なのだが。ここにいる捨て子達とは隻腕は立場が違ったりする。

 自分が嫌で嫌で嫌で嫌でこの森に逃げ込んだ。子供がよく捨てられるというこの森に。

 上下がトレーをテーブルに置いて明るい声を出した。

「この、さっきから難しい話をべらべら喋るのが隻腕!さっきから黙ってにこにこしているのがコミュ障だよ!おかしい子供ばっかりだから仲良くは無理かも知んないけどっ!」

 隻腕はまた右手を振る。コミュ障はにこにこしっぱなし。感覚麻痺はそうだねーと笑った。仮面少女の表情は伺えない。

「この建物は好きに使っちゃっていいよ。みんなの物だから。だからこの森もみんなの物だよ。子供だけの力でどこまで生きていけるのか楽しみだね」

 本音ではない。未来のことなど隻腕は見向きもしていない。今しかないのだから、今を精一杯生きている。

 明日のことなんて、考えられない。

「上下、2人分夕飯増やしてくれ」

「ラジャー隻腕!あ、そうだ。仮面ちゃんは一人で食べたいんだって!コミュ障、仮面ちゃんを1階の奥の客間に案内してくれない?」

 上下は食堂から出た。急に呼ばれたコミュ障は、にこにこと表情を変えないまま、

「■±※>Δ」

 何かを言って、変な手振りをすると食堂を出て行った。おろおろする仮面少女に隻腕は付いて行ってと笑う。少し首をきょろきょろさせたかと思うと、仮面少女も食堂を出て行った。食堂に残ったのは隻腕と感覚麻痺。

「俺は?何かしようか?」

 感覚麻痺は笑い、そう言った。

「じゃー僕と話しようぜ。感覚麻痺って何?」

 感覚麻痺は笑ったままだった。

「俺の感覚、視覚と聴覚しか残ってないんだよ」


 5 コミュニケーション障害、略してコミュ障。私のコミュニケーション能力は皆無です。しかし、笑っていればなんとかなるんじゃないかと。


『私のコミュニケーション能力は皆無です』とでかでかと書かれた札を常に首から提げている自分、コミュ障。

 しかしこれは自覚している。自分は世間的に使われている“コミュ障”とはずれている。言いたいことを言おうとしても口から飛び出るものは、自分でも分からないほどに意味不明なのだ。

 自分の後ろを歩く仮面少女も捉え方としたら“コミュ障”に入りそうな類い。しかし、自分と仮面少女ではコミュニケーション方法は違う。

 黙ってコミュ障の後ろを付いて来る仮面少女。コミュ障は仮面少女と会話がしたかった。

「○△Γ▽ΕΛ♪ΠΦ?」

「……」

「Ηβη⇔●■☆!」

「……」

「*÷▼$←%Χ#!」

「……」

 言語ですらない。外国語でもない。自分でも何を言っているのか分からない。

 仮面少女の表情が見えないのがせめてもの救いだ。

「%。≦ゑα●…」

 髪綺麗だねって言いたいだけなのになあ。

 人を不快にさせるから、だから黙ってにこにこしていろって言われた。何があっても喋るなと。そのうち『私のコミュニケーション能力は皆無です』と書かれた紙を渡された。その介護者も今は自分の近くにはいない。

「着いたよ!」

と言いたいのだが、意味不明の言葉が口から出た。

「もうすぐ上下が来るよ!」

と言いたいのだが、やはり意味不明の言葉が口から出た。

 客間は広くて薄暗い。コミュ障は照明を探したが、先に仮面少女が見つけてくれた。コミュ障は上下が来るまでこの部屋にいることにした。ソファに座ったら仮面少女は隣に座ってくれた。嬉しい。

「…『私のコミュニケーション能力は皆無です』」

 仮面少女が何かを言った。コミュ障の札の文を読んだらしい。

「…“コミュ障”?」

「□△★?」

 返事をしたつもり。

「…コミュ障というよりは…声帯が…?」

 仮面少女の声はとても小さい。


 6 不眠症。痩せていくばかり。しかし、隈の濃さはもう変わらない。


「やあ、不眠症!」

 食堂から隻腕の明るい声がした。食堂を覗くと、隻腕と眼鏡をかけた男の子が向かい合って座っていた(隻腕は車椅子だが)。

「彼、感覚麻痺。今さっき仮面ちゃんと来たんだ」

「は?」

 気が合ったのか、2人ともすごく楽しそうだが。

「俺、感覚麻痺。今さっき仮面ちゃんと来たんだ。君大丈夫?ごはん食べてんの?」

「食べてねーよ、あんまり」

 そう言って不眠症は隻腕の隣の席に座った。と同時に上下とコミュ障が食堂に入って来た。

「ありゃ、勢揃いだねっ!」

「#υΔ☆Ξ!」

 上下は感覚麻痺の隣に、コミュ障はその隣に座る。

「また面倒臭いのが来ちゃったね、感覚麻痺」

 そう言った隻腕に、感覚麻痺は苦笑した。

「あれ、不眠症の分のごはんは準備してないよ?」

 上下が口を挟む。不眠症はいらねーよ、と呟いた。

「それで、感覚麻痺はやっぱり感覚が麻痺してるのかなっ?」

「そーだね」

 感覚麻痺は答える。

「触覚と味覚と嗅覚が無くて、今食べてるこのスープも」

 感覚麻痺は苦笑いを浮かべながら、スプーンでスープをかき混ぜた。申し訳ないと言っているように。

「なーんにも味がしない」

「■>ΩΘγ!」

「おいしいぜ、上下!」

 コミュ障と隻腕がフォローした。そう言えば今日のめし作ったのは上下か。自分が食べないからさっぱり興味がわかない。上下はむふふと嬉しそうに笑った。

「更に匂いもしない」

「$&Μδμ!」

「おいしそうな匂いがするぜ、上下!」

「さらにこのスプーン。持ってる感覚がないから、目で確認しないと持っていることを確かめられない」

「不安定な体だな」

 不眠症はそう言って、人のこと言えねえなと思い直した。

「くすぐられても何も思わないし、虫に刺されてもかゆくないし、怪我をしても痛くない」

 最後のは深刻だ。

「それヤベえんじゃねえの?」

「一番酷かったのはあれだね。足折れたことに気付かなくてさ、介護者におぞましい物を見るような目で見られた」

 笑いながら言うな。

「痛みを感じないから、恐れなんてものもなくてさ」

「それ以上言うな」

 不眠症は感覚麻痺の言葉を遮る。隻腕はうーんと悩む格好をした。

「毎日怪我点検をしないといけないね。それに…熱さとか冷たさにも」

「うん、鈍いどころか気付かない」

「風呂一番に入っちゃ駄目だぞ」

「料理もしちゃ駄目だねっ」

「てか体調管理自分でできんの?」

「☆〇◇+ΨπИ×」

 捨て子の中で上位に入る面倒臭さだ。


 7 蛙少年。酷い偏食。しかし、彼は不幸とは思わない。


 階段を降り切って気付いた。奥の客間の明かりが点いている。誰がいるんだろうと何気なくぱたんと開けてみると、火のついていない暖炉の前に仮面をつけた女の子がこちらを向いて立っていた。

「お?」

「……」

「あ、えーと」

 表情は見えないが驚いているのだろう。女の子は暫く固まっていた。中央の机の上に食器があるから夕食を食べた後。ついさっき、この邸宅に来た捨て子だろう。

「び、びっくりさせて悪ィ。名前は?」

「……」

 この仮面の少女、人見知りするタイプか。無口っぽい。このまま立ち去るわけにもいかないよなあ、と蛙少年は仮面少女に近付いた。

「俺みんなに蛙くんって呼ばれてる。えっとね、俺好き嫌い激しくてね。蛙しか食べたくないんだ。だから蛙くん」

「…蛙」

 表情こそ見えないが、引いているんだろう。さらりと下手物を食うんだと言った奴への反応は、それが普通。だが蛙少年はここに来た仲間にこのことを隠す気はさらさらなかった。

「みんな嫌な気分になるだろーから、さっき1人でめし食ってたんだけど、お前は?」

「…食事をする時は、仮面を外さないといけないでしょ?」

「……」

 人に顔を見せたくないのか、絶対に。

 どんな顔をしているんだろう。

「何で仮面なんてしてんの?」

「……」

 やはり沈黙が返って来た。よく見たら仮面の穴から見える瞳は金色でとても綺麗だ。しかし右目は見えない。髪の色も金色ですごく綺麗だし、仮面を被るほどのどれほどのコンプレックスを持っているのだろう。

「なー、仮面ちゃん。これからは2人でめし食わねー?」

 表情が見えないというのは、こうも喋りづらいのか、新発見だ。

「俺、正直ぼっち飯嫌なんだよねー、慣れたけど。1人で食べるもの同士なら…駄目?」

「……」

 そういやこの申し出、仮面ちゃんの方はメリット無い。

「駄目か」

「……」

「あー!ワリ!俺、図々しいこと言ったな、本気で謝る、ごめん!」

「……」

「みんなの所行こーぜ!どーせ俺ら以外全員集まってるよ。あ、食器持ってやる」

「…うん」

 蛙少年と仮面少女は客間を出た。


 8 感情欠如。笑ったことなど一度もない。しかし、嘘笑いは何度もある


 介護者が口を開く。

「この森の置いていくけど、いいかい」

 車を無理矢理森の中で走らせている。ガタガタと車体が揺れる。

 いいかい、と聞くけれど、断っても受け入れる気はないだろう。しかし、こちらも断る気はない。

「いいんじゃない」

 感情欠如は後部席で淡白にそう言った。迷惑な子供を引き離すには、捨てるという方法が最適と介護者は考えたのだろう。金を払ったとしても、そんな子供を保護してくれる場所など、この国にはありはしない。何百年か前にはあったらしいが。

「ここまで来ればもう歩いて森から出られない距離だろう」

「そうだね」

「出なさい」

「分かった」

 感情欠如が車から降りると、介護者は逃げるように感情欠如の前からいなくなった。

「……」

 特に何も思わない。

 …さて、これから何をしようかな。時刻は朝。お腹も空いていない。適当に散歩でもしようか。

 何も考えずに森を歩く。しかし、木しかない。こんな所で自分は何をしていく気なのだろう。

 振り返る思い出もなく、馳せる未来もなく。

 しかも彼女は、今に塵ほどの興味もなかった。現実問題の深刻さに気付きはしていても、興味は全くない。興味を持てと命令されるのであれば興味も持つが、ここには自分しかいない。

 自分一人。

「……?」

 しばらく歩いていたら、それが違っていたことに気付いた。声が聞こえるような気がする。むしろ近づいている気がする。

「ほ?」

 やっぱりいたか。

 感情欠如は声を出した奴の方を見た。

 3人の子供。虫かごを持った男の子。かごの中には蛙が数匹。その男の子の後ろに2人の女の子。髪が長くて黒いコートを着ている子と、金髪で仮面をつけている子。3人。

「君も捨て子?」

 コートの女の子が目をキラキラさせながら聞いてきた。そうかもしれない、と感情欠如は答える。

「わーい、なんだかんだ8人も集まってる、嬉しーい!奇跡かなっ?」

「お前名前は?俺、蛙くん。こっちは上下。後ろのは仮面ちゃん」

「何だソレ」

 それなら自分は…何だ?自覚しているのなら即答できはずだが。

「それなら私は感情欠如だ」

 2人はきょとんとした。仮面少女の顔は分からない。

「感情…」

「…欠如?」

「感情がないの?」

 仮面少女が感情欠如に聞いた。感情欠如はそうだな、と頷く。

「お前は蛙を食うのか?」

「へ?お、おう」

「上下だけはよくわからんな」

 しかしこれはこの3人を見た時の淡々とした考えであって、思い入れがあるわけでも気になるわけでもない。

「あたし上下移動恐怖症なの!だから上下!」

 答えてもらっても

「そうか」

と淡白な生返事しか口にしない。


 1 仮面少女

 2 感覚麻痺

 3 上下移動恐怖症

 4 隻腕

 5 コミュニケーション障害

 6 不眠症

 7 蛙少年

 8 感情欠如


 9 仮面少女。この森に来てから2日。


 髪がカールの、凛とした態度の女の子。この森にいることに怖がっている様子も、寂しがっている様子も、楽しんでいる様子も、ない。

 全てに当てはまらない。

 感情欠如。

「何でこんな所に子供がぞろぞろといるの?」

 表情は何も変わらず、無表情が口だけを動かしている。

「蛙の採取」

「もう少し奥に行ったらね!お屋敷があるの!そこでみんなでなんとか生きてるんだ!」

 むふふと上下が笑う。感情欠如も来るよね!と誘った。

「そんなところで何してんの」

「何してるって…その日暮らし?」

 感情欠如は黙った。上下は珍しく困ったような顔をした。確かに“感情欠如”、対応が難しいのだろう。次に口を開いたのは蛙少年。

「まーよかったら来いよ。いつまでこんな生活が続くか分かんねーけど、俺らも理由なく生きてるんだ。そんな奴らといたって、悪くはねーだろ?」

「分かった、行こう」

 決断が早かった。感情欠如は無表情を動かさず、口のみを動かす。

「私は人の気持ちなんてもの、さっぱり分からないからな。つまり団体行動にまるで向いていない」

「…そうか」

 変な奴が来たな、蛙少年は呟いた。

「上下、感情欠如を屋敷まで送ってってよ」

「ラジャー!蛙くんの食料集めに付き合わせるわけにもいかないもんね!」

「上下は勝手に付いて来たんだろ」

 ふふーっ!と笑って、行こう感情欠如!と上下は感情欠如と一緒に邸宅に戻って行った。残った仮面少女と蛙少年。

「あの子俺らと少しパターンが違うな」

 蛙少年はそんなことを言った。

「感情が無い。そうだとしたら思い入れなんてことないんじゃない?」

「…演技、を覚えたら、あの子は世間で生きていけるかな」

 蛙少年は黙って仮面少女を見た。沈黙には鳥の鳴き声が大きく聞こえる。

「やっぱ仮面ちゃんってけっこー頭いいんじゃねーの?」

「……」

 褒められるのには慣れていない。

「じゃ、蛙採り再開するか。もう少し行ったところに小っさい池があったはず!」

 この蛙少年が仮面少女を気にかけてくれる理由は何なのだろうか。

 8人とも。

 共通点なんて数えるほどしかないのに。

 親近感を持ってくれる理由は何なのだろうか。


 10 上下。今日の食事当番。


 感情欠如を食事作りに誘おう!

 感情欠如がこの邸宅に来て3日。そろそろ慣れたはず。

「感情欠如ーっ!」

 玄関ホールで叫んでみたが、返事はない。

 …あれー?どこ行ったかなぁ。暫く叫んでいたら階段から不眠症が下りて来た。

「うるせェ。黙れ。殴るぞ」

「うひゃああぁぁ~っ!ごめんなさいいぃぃぃぃ!」

「感情欠如なら屋根裏部屋に行ったぞ」

「最上階じゃないかっ!」

 最上階となると上下にはもうどうしようもない。上下は2階以上にも地下にも行けない。

「しょうがないなぁ…。じゃあ不眠症、一緒に作ろう」

「面倒臭ェ。書斎にコミュ障がいたぞ」

「書斎も階上じゃないかっ!」

「食堂で隻腕が何か機械いじってたぜ」

「片腕の車椅子が調理場にいたら邪魔だよっ!」

「感覚麻痺が寝室で暇そーにゴロゴロしてた」

「感覚麻痺は論外っ!蛙くんも同様っ!あとは?」

「仮面ちゃんなら風呂」

「まだお昼前だよ!?」

「…察してやれよ」

 あー成程。絶対に人が来ないような時刻を選んでるのか。

「…となると、やっぱり不眠症作ろう!」

「面倒臭ェ」

「不眠症でも食べれるような消化にいい物、作ろうよ!」

「……」

 不眠症はわざとらしく大きなため息ををついた。

「お前の心遣いが面倒臭ェよ」

 ふふふーと上下は笑う。この邸宅に住んでいる8人の捨て子はみんなどこかしらおかしい。その中でも1番病人顔しているのは目の前にいる不眠症である。濃い隈とぶかぶかの服。なんとなく守ってあげたいような気持ちになる。

「じゃあ一緒に作ろうぜっ!いやぁ、不眠症と料理なんて初めてー!」

「俺はやるなんて一言も言ってねーぞ」

「あっ、そうだ不眠症。隻腕に伝言!そろそろ食糧庫の食料なくなるかもって!」

「何?言いに行けって?」

「言いに行けーーー!」

「……」

 なんだかんだ行ってくれるらしい。むすっとした顔で不眠症は食堂に向かった。


 11 隻腕。外出。

 

 隻腕だけは家出でした立場である。しかも保護者と連絡を取り合っている。

『両親へ、僕、暫く家出するんで、そんな風に』

 その手紙の返事が。

『お金は好きに使いなさい。病院には定期的に行きなさい』

 である。

「……」

 それはそうと、上下曰く、食料があと少しとか。

「街行く人ー」

 玄関ホールに全員を集めて、隻腕はそう聞いた。はああ?という反応をされた。むろん、仮面少女の表情は見えないし、コミュ障と感情欠如はにこにこと無表情のままだが。

「食料の調達に行く人ー」

「はー?ちょ、隻腕、そんな簡単にこの森抜けれんの?」

 蛙少年が慌てた様子でそう聞いてきた。上下も頷いている。

「抜けれるよ。この邸宅の裏に車1台停めてあるだろ?」

 頷く蛙少年。あったっけそんなもの、と上下、不眠症、感覚麻痺。

「あれ僕の。ここに運転してきた」

「えええええ!?」

「車!?」

「隻腕まだ子供だろ!?」

「足ねえのに!?」

 騒ぐ4人。相変わらず反応のない3人。

「あれ僕専用車。僕が改造したんだ。右腕だけで運転できる」

 更に騒ぐ4人。面倒臭いので騒ぐ4人のセリフはカット。

「一緒に行く人ー。3人までオーケー。つーか荷物持ち誰か来てくれない?」

「行くーーー!楽しそーーーーーっ!」

「あ、上下は駄目。君車に乗れないだろ。上がらなきゃ乗れないのに」

 ゴーンと落ち込む上下。車乗ってみたかった、とうわ言のように呟く。

「非力そうな不眠症も駄目な」

「行かねーよ、面倒臭ェ」

「怪我させない自信ないから、感覚麻痺も駄目」

「えー!」

「誰来る?」

 残ったのは、仮面少女、コミュ障、蛙少年、感情欠如。女子ばっかだ。

「…私行かない」

 小さな声でそう言った仮面少女。

「行きたくない」

「……」

 仮面少女はそう言うだろうと踏んでいたが。ここにいる自分含め7人の子供にも、仮面少女あまり心を開いていない。蛙少年は頑張っているみたいだが。そんな彼女が知らないものばかりがいる街に行ってもいいと言うとは、初めから思えなかった。

「じゃー、コミュ障と蛙くんと感情欠如、行こーぜ!」

「Ε〇←▼」

「了解ー」

「分かった」

 素直過ぎる。

「街に出たついでに介護者の所に戻ってもいいよ」

 本気と冗談の間くらいの気持ちでそう言った。反応する子はいなかった。

「じゃあちゃーっと行って、ちゃーっと帰って来よう。30分後出発ー。明日の夕方には帰ってこれるかな」

「ええっ!そんなにかかるの?」

 上下が寂しそうな声を出した。


 12 不眠症。就寝(?)前。


 テラスの手すりに寄り掛かって、不眠症は空を見上げていた。

 夜空である。

 星の光なんて頼りないし、部屋からの明かりばかりが煌々としていた。森というのは暗い所だ。

「何してんの?」

「ああ?」

 感覚麻痺がこちらを見ていた。髪が湿っているから風呂上りなのだろう。

「見りゃ分かんだろ。空だ空。上を見てた」

「楽しいの?」

「やることねーもん」

 夜は屋敷の照明は全て消す。燃料が勿体ないし、自分の為だけに付けておくわけにもいかない。ていうことでやることが何もねえ。

「今夜は特に隻腕という暇潰し相手がいねーし」

「明日の夕方には帰ってくるんだろ?」

「暇だなぁっ!」

 暇、とは言うがやりたいことがあるわけではない。むしろ何もしたくない。常に体中に力は入らない。不眠症はいつもどこかにへたり込んでいる。

 常に目は冴えている。

「てかさ、聞きたかったんだけど、不眠症って何で寝れないの?」

「介護者がな」

 言いかけて口が止まった。なるべく感情を出さないように喋ろうとしたが難しい。ゆっくり喋らないと怒りが爆発する。

 しかし、聞いてほしいという気持ちがある。

「俺の睡眠の邪魔ばっかしてくるから」

 感覚麻痺は黙って不眠症を見ている。

「寝ること自体が恐怖になっちゃって」

 思い出してしまった。ここに来て落ち着いてたってのに。

「寝れなくなっちまった」

「ごめん、聞かない方がよかった?」

 そう感覚麻痺に言われて、不眠症はやっと自分が酷く顔を歪ませていることに気付いた。

「あん?違ェーよ。お前のせいじゃねーよ。俺がいつも不機嫌そうな顔してんのはお前も知ってんだろ」

「そういう問題じゃ、ないんじゃないか?」

「いいっていいって。ここなら俺も寝れるようになるかもしんねーし?」

 しかし、捨てられて20日くらい経っているが未だに眠れていない。

「そっか。寝れないと食欲もないの?」

「うん」

 痩せすぎは自覚しているが、食べたくないのだからどうしようもない。

 体は壊れていくばかりだ。

「うーん…。じゃあ今夜は俺起きとく!」

「はあ?」

「今夜は俺が暇潰し相手になろう!寝落ちするかも知れないけどな!」

 にこっと感覚麻痺は微笑んだ。


 13 コミュ障。帰宅。


 付いて行かなければよかった。

 本音は誰にも伝わらない。伝えられない。

 奇怪なモノを見る目を、コミュ障は久し振りに見た。確かに自分はどこをとってもおかしい。車椅子に乗る隻腕、まだ大丈夫。蛙少年と感情欠如は見た目は普通の子供だ。しかし自分は…。

 首からおかしなことを書いている札を掛けた、ずっとにこにこしている変な子供。

 奇怪だ。

 帰りの車の中でもコミュ障はにこにこしていたが、内心は酷くやつれていた。

「隻腕、これ大人に見つかったら叱られるどころじゃないだろ。しかも片手運転」

「片手でもできる運転だよ、蛙くん?」

 昼下がりの山道を大量の荷物と子供4人を乗せた車が、がたがたと進む。微動どころではなく、地震だ。

 隻腕は思った以上の安全運転だったが、子供なので不安定だ。

 運転席に隻腕、助手席に蛙少年、後部席にコミュ障と感情欠如が座っている。

「てか隻腕、食料はいいとして服もこんなに買っちゃって」

「8人いるからなー。でも服に関しちゃ困ってたと思うよ、特に上下と仮面ちゃん」

「仮面ちゃん凄いよな!ワンピース以外着ないからって、誰も着ない服集めて自分で作ってた!」

「上手だしな!あれは僕もびっくりしたね!それに比べて上下!」

「ずっと同じコート!」

「一回洗濯した方がいいからって脱げって言ったら、号泣された」

「まじかよ!」

 男子2人がぎゃいぎゃい言っているのを、女子2人は黙って見ていた。

 1人はにこにこと、1人は無表情で。

「コミュ障」

 そんな自分を呼んだのは誰だろう。感情欠如だった。感情欠如は無口というわけではないが、必要以上を喋らない。ましてや、彼女から喋り始めることなどほとんどないからコミュ障は驚いた。その驚きも表情に出さず、にこにことしたままだったが。

「◎:**▲?」

「お前は私と同じではないんだろう?ならば何故ずっと笑っているんだ?」

 え…?

 同じってどういうこと?

 “感情欠如”?

「普通は私と違って、悲しかったら泣いて、嬉しかったら笑って、怒ると顔を歪ませるのだろう?お前はずっと笑っているぞ?」

「□#×+★」

 コミュ障はにこにこしながら感情欠如にそう言った。そもそも“コミュ障”。感情欠如はコミュ障の返答を当てにしているわけではないのだろう。疑問に思ったから聞いてみただけ。コミュ障と感情欠如は暫く目を合わせていたが、感情欠如の方から目を反らした。

 もう、何かを聞く気はないらしい。

 コミュ障と感情欠如は、表情を全く動かさない同士なのだ。

「あ、蛙くん。そういやチェス買ったよ」

「もしかして遊び道具それだけ?」

「うん、いらないでしょみんな。チェスは僕がしたいから買った」

「仮面ちゃんとか強そうだね」

 車体ががたがたと揺れる。コミュ障と感情欠如はにこにこと、無表情で、男子2人の会話を聞いていた。


 14 感覚麻痺。迎え。


 仮面少女がテラスで何か、独り言を言ったのが聞こえた。何を言ったのかは聞き取れなかった。テラスからぶわっと風が入ってくる。カーテンが揺れた。しかし、感覚麻痺には風を感じることができなかった。

 しばらくして、外から何かの音が聞こえた。よく耳を澄まして聞いてみると、車のエンジン音だった。

「帰って来たーーーーっ!」

 上下の声が下の階から聞こえてきた。仮面ちゃん降りよう、と誘うと仮面少女は黙って頷いてくれた。

「食糧庫に荷物を運べー!」

と、隻腕が叫んでいる。自分は車椅子なので運ばない気なのだろう。

「お疲れさん、隻腕、蛙くん、コミュ障、感情欠如」

 玄関ホールに着いて感覚麻痺は4人に言った。

「お礼はいいけど感覚麻痺。不眠症はどこにいるの?」

「不眠症は荷物運びサボる気満々だよ?」

「コラーーーっ!」

 また隻腕が叫んだ。

 上下は大量の服を見て騒いでいた。いつも同じコートなのにファッションに興味があるのだろうか。コミュ障と感情欠如は黙って荷物を運んでいる。蛙少年と仮面少女は荷物を運びながら何か話していた。

「じゃ、僕車動かしてくる!」

 荷物も全部下りたっぽいし、と言って隻腕は車椅子を動かし1人外に出て行った。

 俺は不眠症を呼んで来ようかな、とそんなことを思って階段を見上げた。

 昨日の晩、不眠症と色々話してふと思ったのだが。

「感覚麻痺、服を奥の部屋に運ぶの手伝ってー!」

 上下が感覚麻痺を呼んだ。

「待って、不眠症呼んでくるからー」

「分かったあー!」

 感覚麻痺は階段を上がる。

 昨晩ふと思ったが。

 “感覚麻痺”は進行していくが、“不眠症”は完治が可能だ。恐らく、この捨て子の8人の中で、一番治る可能性が高いのが不眠症。仮面少女はよく分からないが。

 羨ましいなどは、欠片も思ってないが。

「不眠症ーー!」

 感覚麻痺は不眠症を呼んだ。


 15 感情欠如。雨降り。


 雨が朝からざあざあと降っていた。

「蛙が大量発生するぞー!」

と、蛙少年が朝から喜んでいた、水を飲みながら。蛙少年は食事を人前ではしないが、みんなとは一緒にいたいと言う。食堂には感情欠如と、蛙少年、隻腕、コミュ障、上下、感覚麻痺がいた。仮面少女は別室で食事、不眠症は腹減ってねえ、だそうだ。

「蛙を食べるなら何故蛇じゃないんだ?」

 感情欠如は思ったままの疑問を口にした。

「そういやそうだな、何でだろ」

「第一印象だよ。うわー蛙食べてるー蛙くんだー、みたいな」

 隻腕が口を挟んだ。食事を終えている隻腕は、コミュ障とチェスをしていた。黒の駒が圧倒的に多い。コミュ障が圧勝していた。隻腕という天才は、ゲームの才能はないらしい。

「隻腕!傘ある?傘!」

「え、何?蛙取りに行くの?ざーざー振りだよ?」

「何とかなるって。仮面ちゃん誘おー」

 蛙少年が席を立った。上下が声を出した。

「えー!何で仮面ちゃんー?私も行きたいー!」

 上下の皿はまだ半分以上朝食が残っている。

「まだ食べ終わっていない奴は連れて行けねーな!」

「えー!1時間もあれば食べ終わるから待ってよー」

「それに仮面ちゃん、まだ俺らのこと頼りに仕切ってないっぽいし…」

 蛙少年は行ってきまーす、と言って食堂を出て行った。

「私もぉぉぉ」

「上下はもっと早くごはん食べれるようになってから言いなよ。あ、コミュ障、次俺とチェスしようよ」

「駄目だ感覚麻痺!まだ僕する!勝てるまで!」

「隻腕には無理じゃないかなぁ…?」

 感情欠如も席を立った。上下のを残してみんなの使った皿を重ねていく。今日の食事当番は感情欠如である。後片付けまでが仕事だ。

「あ!感情欠如!後で俺とチェスしよう」

「分かった」

 何の思いも無く即答して、感情欠如は食堂を出た。一人で食器を洗っている間も何も思わない。手伝ってほしいとか、寂しいとかを全く思わない。片づけを終えて食堂に戻る。感覚麻痺が駒を並べて待っていた。隻腕とコミュ障もまだ食堂にいる。上下の皿は未だに半分以上だ。

 感覚麻痺が黒のポーンを動かす。感情欠如も白のポーンを動かした。

「感情欠如ってさ演技とかしないの?」

 隻腕が感情欠如にそう聞いた。演技?と聞き返す。

「例えば?」

「褒められた時に笑ったり、怒られた時に泣いたり、驚いた時にびっくりしたり」

「え、ちょっと、感情欠如強くない?」

 感覚麻痺が慌てている。

「演技を覚えたらどうなるんだ?」

「んー…別にどうということはないけれど、世間で生活するには少し楽になるんじゃないか?」

「じゃあ、必要ないんじゃないか?」

 ここは世間から程遠い所にある。そうかも、と隻腕は苦笑いした。

「笑う感情欠如を演技でも見たいってのは嘘じゃないけどね」

「ああーっ負けた!感情欠如すっげー強え!瞬殺されたああ!」

 感覚麻痺が悔しそうに悲鳴を上げた。感情欠如は上下を見る。

「上下、勝負で勝った時、どう喜ぶ?」

「んん?勝った時?やっっったぁぁぁ!って感じ?」

 ふむ、成程。口は大きく、口角は上げる、声も大きく。手を胸の前で合わせる、と。

「やったあああ!感覚麻痺に勝ったあ!」

 感覚麻痺と隻腕と上下があんぐりと口を開けた。開いた口が塞がらない様子で目も見開いていた。流石のコミュ障もにこにこが崩れていた。

「こんな感じか、隻腕?」

「え…お、おう、うん…?」

 “感情欠如”なのだからプライドなんてものも持っていない。

 4人がフリーズしたので感情欠如は食堂から出た。今日の昼食のメニューでも考えようと書斎に向かった。


 16 蛙少年。号泣。


 屋敷に戻ったのは夕方だった。まだ雨はざあざあと降っている。玄関ホールには不眠症と上下がいた。

「あれ?蛙くん?遅かったね」

「何でお前びしょびしょなんだよ。しかもどろどろ。傘どうした」

 2人の顔を見るとまた涙が込み上げてきた。ぎょっとする2人。

「え?お、おい蛙くんなんで泣くんだよ。仮面ちゃんは?上下、タオル持って来い」

「オーケー、ラジャー!大丈夫、蛙くん?」

 上下はぴゅーっと走って行った。不眠症が蛙少年の濡れた頭をぽんぽんと叩く。

「何があったんだよ。何で泣いてんの?おい、蛙くん」

「ご…ごめん」

 蛙くんは声を絞り出した。言うまでもなく酷い掠れ声だ。

「ああん?何で謝んの?」

「仮面ちゃんと逸れた」

 不眠症が目を見開いた。


「あ…いるよ、そこにも」

「いるー!雨の日大好きだ!」

 虫かごはもう蛙だらけだ。蛙がうじゃうじゃと動き回っている。

 雨の音で仮面少女の声は余計に聞き取りづらいが、それ以前に喋ってくれていることに喜ぶ。

「ねえ…靴がもう泥だらけ…」

「あ、ほんとだ。お昼も来るし帰ろっか」

 傘の下で仮面少女は頷く。

「蛙…なんて、おいしいの?」

 屋敷に帰る途中、仮面少女は蛙少年にそう聞いてきた。仮面少女から話しかけてくることは珍しい。警戒を緩めてくれたということだろうか。

「おいしいというか…他の物を食べたくないんだ」

「ん…?蛙しか食べられないんじゃないんだよね」

「俺だって蛇じゃないから、蛙を料理して食べるよ。だから調味料とかは食べてる。なあ、仮面ちゃん。嫌いな食べ物あるか?」

「……」

 雨音で聞こえなかったのかと思ったが違った。恥ずかしいのか、仮面少女は暫く黙っていた。

「パプリカ…」

 ピーマンじゃなくて、パプリカが嫌いなのか。

「俺の蛙以外の食べ物が、仮面ちゃんにとってのパプリカなんだよ」

 表情は見えないが、仮面少女は傘を上げて蛙少年を見てきた。何を思ったのだろうか。呆れたのか、同情したのか、馬鹿にしたのか。

 自分ではこれを過度の偏食だと思っている。偏食だとしたら、蛙以外も食べ続けていれば治るのではないかと思うのではないかと思うが、しかし…そうは言っても。

「仮面ちゃんは?」

 踏み込んでみた。

 警戒心はもうほとんど無いと思って、踏み込んでみた。

「何で仮面なんてしてんの?」

 初めて会った日に言ったのと同じ質問を言った。仮面少女は歩みを止めた。

 言いたくないなら言わなくてもいい、なんて言わない。ずっと気になっていたことだし。言いたくないと断られたら諦めるが。

 仮面少女は立ち止まって俯いている。蛙少年も黙って待っていた。

 と、仮面少女が仮面に手を掛けた。

「……!」

 仮面を、取ってくれる、のか?

 取った。

 仮面少女が仮面を取った。俯いていた顔を上げる。

「……」

 え。

 え?

 何だコレは?

 どうなっているんだ?

 自分がどんな表情をしているのかにも気が回らず、ただただ。

 驚愕して。

 恐怖して。

 退いた。

 初めて見た仮面少女の素顔は、見る見る泣きそうな顔になっていった。

 しまった。俺そんな酷い顔してたのか。繊細な仮面少女の心を一瞬にして破壊した。

 仮面少女は蛙少年に泣き顔を晒し、傘も仮面も放り捨てて森の奥へ走り出した。

「か、仮面ちゃん!」

 蛙少年は仮面を拾い上げ、慌てて仮面少女を追った。

 何てことしちゃったんだ、俺は。せっかく仮面ちゃんが勇気を出して仮面を取ってくれたってのに。ずっと仮面をしている仮面ちゃんにとっては、相当の覚悟と勇気が必要だっただろうに。

 破壊してしまった。

「仮面ちゃん!」

 邪魔だから蛙少年も傘を放り捨てた。蛙が大量に入った虫かごも落とす。

 ごめんごめんごめんごめん!

「ごめん仮面ちゃん!」

 蛙少年は大声を張り上げたが。

 森の中と降雨という状況が、2人を逸れさせた。


 17 仮面少女。


 仮面少女が生まれた時、仮面少女の母親は驚愕したという。

 仮面少女は小さな田舎の村で生まれた。その中でも人間関係はほとんどなかった。

 自分の顔を見て驚く者達に、彼女自身も恐怖を感じた。

 その、自分の中にある酷く脆く儚い何かを、彼女は仮面をして守った。しかし、それはそれで逆効果だったのかもしれない。

 母が得体の知れないモノを見るような目で自分を見、父が得体の知れないモノを見るような目で自分を見、姉が得体の知れないモノを見るような目で自分を見、終いには村の人全員が得体の知れないモノを見るような目で自分を見た。

 でも、仮面をしなかったら、みんなもっと嫌な目で私を見るんでしょ?

 気が付けば、家を一歩も出なくなった。

 毎日毎日、布団に潜り込んでは耐えていた。

 もう人を不快な気持ちにさせないようにしよう。

 もう自分の心を壊さないようにしよう。

 その為には、

 人に会わなければいい。

 彼女は引き籠もり続けた。

 ある年、その村は思った以上の凶作だったらしい。仮面少女の家族も然りだ。どうしようと言いながら冬は越せたが。

 そう言えば。

 働きもせずに引き籠もっている娘がいる。

 ずっと仮面を被っている娘だ。

 あの娘を、どうする?

 仮面少女は、その森にやって来た。


 18 感覚麻痺。


 彼の両親は彼の感覚が弱いことに数年気が付かなかった。目の悪い子だと眼鏡を与えたくらいだ。

「お母さんの料理って味しないねー!」

 なんて笑いながら言う息子に苛立ちを募らせるくらいだ。

 味がないと分かるくらいだから、以前は味覚が残っていたということなのに、両親は彼の3感覚が消えるまで何も気が付かなかった。

 しかし、それも仕方の無いことと言えるかも知れない。

 貧乏な家庭で生まれた彼は、無用な気遣いをしたのかも知れない。彼はどんどん薄れていく感覚に、恐怖を感じながらも両親にそれを隠していた。互いに嫌悪する両親、家庭は貧乏、彼が入る隙間もなかったのかも知れない。

 ずうっと隠してきて。

 ある日、足の骨が折れた。

 木から落ちた。

 折れたことにも気付かず帰宅。両親は驚愕した。 

 その時には既に両親の中の悪さはピークに達していた。

 感覚麻痺の、手に負えない息子。

 彼の骨折が完治して直ぐに、両親は別れた。感覚麻痺はどちらに付いて行くのだろうと思って。

 どちらでもなかった。

 母は涙を流しながら、その森に感覚麻痺を置いて行った。


 19 上下移動恐怖症。


 物心ついた時から階段が嫌いだった。上がると足がすくむ。下りても足がすくむ。


 上がる時に頭でもぶつけたのか、下りる時に足でも滑らせたのか、高いことに寒気がしたのか、地面より低いことに閉塞感を感じたのか。

 どれかなのか。全てなのか。どれでもないのか。

 原因は本人にも分かっていない。物心つく前から恐怖していたのかも知れない。自分の、位置が変わることに。自分の目の高さが変わることに。

 幼い頃は、階段の前で愚図り泣きじゃくって親を苛立たせていた。上がりたくないよーや、下りたくないよー、を連呼して。

 そのうち、階段ばかりではなくなった。玄関の少しの段差にも恐怖し、ベッドにも上がることが出来ず。

 何でこんなことができないの!?と声を張り上げてくる両親。

 しかし、そんなことを言われても彼女にはどうにもできなかった。

 上下移動恐怖症。

 配慮して貰わなければ生活自体が困難になってきた。

 何をしているのか分からない娘に、両親の暴力も増えてきた。

 ある時、親に無理矢理階段を上がらされた。

 気絶した。

 この結果に、両親は彼女に愛想を尽かした。


 20 隻腕。


 生まれつき足2本、腕1本無かった。

 隻腕は有名な家柄の長男。さらに一人っ子。彼は大事な後継ぎである。

 しかし隻腕しかない。

 彼は持ち前の天才的な頭脳と、両親が稼いでくる有り余る金を使って遊んだ。片手で動かせる車椅子。片手でできる遊び。片手で運転できる車。片手で着替えられる服。片手で…。

 最後には、彼は1人で何でもできるようになったが。

 ……。

 僕、何してるんだろう。

 そう言えば最近両親に会ってないなぁ。

 片腕しかない僕に何が出来るんだろう。

 何でもできるけど。

 父と母に認められたくて、1人で何でも出来るようになったが、父と母は僕に何を求めているんだろう。

 隻腕なのに。

 そう思うと、酷く悲しかった。

 こう思った後、直ぐに家出を決めた。

 自分はましなんだと思う為の家出。親に構って貰いたいが為の家出。自分の為の家出。

 それを、自分で確かめる為の家出。


 21 コミュニケーション障害。


 声を出すのをやめなさい。

 何も言わないと相手が嫌な思いをするでしょう。ずっと笑ってなさい。

 笑っているだけじゃ何が言いたいのか分からないでしょう。これを常に首から提げていなさい。

 ……。

 何であんた普通に喋らないの?

 …何でもかんでも、はい、分かりました、と頷いていたのがいけなかったのだろうか。そんなことをしたって何も変わらないよと思っても、伝えれは出来なかったが。

 あいつ何言ってんの?気持ち悪ー。あいつ何でずっと笑ってんの?気持ち悪ー。あいつ何変なこと書いた看板提げてんの?気持ち悪ー。

 負の連鎖。

 でも言いつけ通り、ずっと笑っていれば、何とかなるんじゃないかと。

 思って。

 でも。

 どうにもならなくて。

 泣きたいのも怒りたいのも我慢してずっと笑っていたのに。

 気持ちが悪い。

 ぽいっと。

 森の中に落とされた。


 22 不眠症。


 寝たら殴られるという生活を送っていた。

 兄と2人、肉親でも何でもない奴らのことをせっせと聞いていた。働けば働くほど生き長らえられた。しかし、働いている途中でうとうととしてしまうと、そのあとされる仕打ちが生きるより辛かった。

 唯一の救いは兄がいたこと。

 2歳年上の兄も、彼と同じように毎日を耐えていたが、兄弟は仲が良かった。

 何をするのも、何をされるのも2人一緒だった。

 兄がいたからここまで耐えられたのだと、何度も思った。兄も同じことを思っていた。

 しかし、彼と兄にも違いがあった。

 耐久力は、兄の方が上だった。

 寝ることが困難になったのは、彼だけだった。

 言うまでもなく、体力も落ちていった。食欲もなくなった。

 体が確実にぶっ壊れてしまったの、不眠症だけだった。

 こうなってしまえば。

 もう。

 何の価値もない、

 役立たず。

「弟をどこに連れて行くんだ!」

 最後に見た兄は、そんな悲鳴を上げていた。

 直接何もされなかっただけ幸運なのだろうか。

 でも、この森に兄はいない。


 23 蛙少年。


 食べる物、食べる物、全てが泥の味がした。

 よく吐き戻し、たまに無理矢理呑み込んでいた。

 おいしい、という感覚を、彼は知らなかった。心配をされ、迷惑をかけていた。

 ある日。

 どこかの国の、料理名は何だったか。

 ある日、初めて蛙を食べた。料理として出てきた蛙を初めて見て、何故か直感で食べられると思った。

 食べれた。

 何を思うことなく、ぱくりと。

 あ、俺にとってこれしか食べ物ではないんだ、と。

 始めは、変な好物だな、と思われるだけだったが、次第に、味覚のおかしい異常者になった。蛙が好物という変わった子なら未だしも、彼は蛙以外をまともに食べられない。

 異常だ。

 異常だ。

 彼が家庭の中で孤立していくのは、必然だっただろう。

 気持ち悪い、と罵られても仕方がなかった。彼にとっては食べられる物を見つけられたという、安心が大きかった。死ぬまで泥の味を含み続けるよりも、食べられる物を食べた方がいいに決まっている。

 周りがどう言おうとも。

 と、この浅はかな考え。

 普通にごはんを食べられないなら、帰ってくるな。

 どうにもこうにも、浅はかだった。

 自分がこうも、周りと浮いていたとは。

 浅はかだった。


 24 感情欠如。


 彼女に感情が全くないことに初めて気付いたのは、彼女の1歳年上の姉だった。

「お母様!この子笑わないし泣かないし怒らないよ!」

 子供の戯言は、実は的を射ていたのだ。

 確かに彼女は、誕生日にプレゼントを50個貰っても笑わなかったし、ずっとお世話をしてくれていた執事が亡くなった時も泣かなかったし、窓から突き落とされて大怪我を負っても怒らなかった。

 それを全て確認したのは、1歳年上の姉。

「お母様、お父様!やっぱりこの子感情無いよ!」

 だからどうなのだと思った。

 自身に無いものに必要性は感じなかった。

 彼女の父親は、息子と娘達によく諭した。

 兄妹は仲良くしなさい。生き物を大切にしなさい。思い遣る心を持ちなさい。

 しかし。

 彼女には到底無理な話だった。

 仲良く?大切?思い遣る?

 お父様。

 きっと私は貴方が死んでも何も思わない。

 ……。

 何ですか?

 例えが悪かったのですか?

 何ですか?

 何か言いたいのならはっきり言って下さい。

 遠慮なんて言葉も、私には理解が出来ません。

 一番理解できないのは、いつも言っているお父様のお言葉ですけど。

 何ですか?

 手に負えない?

 そうですか。

 そうなんだな。


 25 蛙少年。洗面所。


 蛙少年は泥だらけになった仮面少女の仮面を洗っていた。今は仮面をしていないので仮面少女とは呼べないが。

 もう夜が近い。雨はまだ降っている。

 ザーザーと。

「蛙くん、お前まず仮面より自分の体洗えよ。風邪引くぞ」

 蛙少年の後ろで不眠症が不機嫌そうに声を出した。

「うん」

「さっさと食堂に戻るぞ。作戦会議って隻腕が言ってた」

 ここに不眠症がいるのは、自分がとても酷い顔をしているからだろう。鏡を見る。確かにやつれていた。

「……」

 仮面少女と違って、健全だった。

「仮面ちゃんとさぁ、喧嘩しちゃって…」

「うん?」

 蛙少年の後ろで不眠症は反応する。

「仮面ちゃんの顔見たんだ」

「見たのか!?」

 不眠症は目を大きくしていた。蛙少年は黙って頷く。

「どんなだったんだ?」

「それは…」

 洗ったばかりの仮面を見る。早く返してあげなくちゃと思う。

 でも。

 ずっと仮面を被ったままというのも、駄目だと思う。

 仮面ちゃんに、会わないと。


 26 コミュ障。食堂。


 こういう場では自分は声を出さない方がいい。話の内容が深刻なのでにこにこも今はやめた。

 隻腕が声を上げる。

「どうしよう!?」

 何とも頼りなさげなリーダーだ。

「早く捜さないとヤバいのはわかってるよ。さあどうしよう!?」

「早く見つけないと外真っ暗になっちゃうよお」

 泣きそうな顔で上下が言った。

「蛙くん、仮面ちゃんと逸れたのはどの辺り?」

 隻腕が蛙少年に質問した。えっとと蛙少年が答える。

「屋敷の正面に真っ直ぐ言った辺りだと思う。そこで、引き返そうとして、喧嘩して…逸れた」

 蛙少年の声はどんどん小さくなっていった。それいつごろ?と感覚麻痺も聞いた。

「お昼前。その後、夕方までずっと探してた」

 ううん、と唸る感覚麻痺。

「ここにいる全員で捜したら見つけられないのか?」

 いつもと声のトーンを変えないまま感情欠如はそう言った。

「1人と7人では効率が違うだろう」

「うーん…でもね、感情欠如。この森すごく広いんだよ。しかも最悪なことに雨降り、更にもう暗くなる。子供が何人いようが、困難なことに変わりはない」

 隻腕は顔をしかめて言った。

「大きな声で仮面ちゃーーーーーん!って叫んだら!?」

「雨の音で大声も消えちゃうよ、上下」

「屋敷の明かり全部点けたら仮面ちゃん気付かないかな?」

「仮面ちゃんが屋敷の見えない所に居たらどうするの、感覚麻痺」

 うーーーんと悩む一同。

「…こんなこと喋ってるより、可能性低くても俺らで捜した方がいいんじゃねーか?」

 不眠症がやっと声を出した。

「今も仮面ちゃんは傘も持たずに森の中にいるんだぜ」

「それはそうだけど」

「じゃあ今すぐ捜しに行こう!」

 蛙少年が立ち上がった。ばたんと後ろに椅子が倒れる。

「待って蛙くん。今、僕みんなに告白したいことあるんだ」

 急に隻腕がそんなことを言った。怪訝な顔をする蛙少年。

「何?」

「僕ん家、実はすっごい金持ちなんだ」

「知ってるよ!」×4

 見事に綺麗に揃った。

「あんだけ食料と服買い込んで!」

「車持ってるし!」

「しかも子供なのに自分専用の!」

「初めっから分かってたよっ!」

 ぎゃいぎゃいうるさい4人。

「ちょっと落ち着いてよ、蛙くん、不眠症、感覚麻痺、上下。()()()って言ったろ?」

「それがどうした!」

「黙ってたけど、僕捨てられてないんだ」

「……」「……」「……」「……」

 黙った4人。元々黙っている2人。

「僕、家出してここにいるんだ」

 よく考えたら分かることだったろう。未だに親のお金を自由に使えているということは、縁が切れていない。捨てられているわけがない。

 でも。

 捨て子と家出では、まるで立場が…。

「だから僕は金持ちの息子だ。だから僕は親のお金を自由に使える。だから!」

 どん、と、隻腕は右手だけで机を叩いた。

「大人に頼んで仮面ちゃんを捜して貰うことができる」

 感情欠如以外、目を見開いた。もちろんコミュ障もそうしていた。

「…でも」

「みんなが大人が嫌いなこと、分かってるよ。でも!そうしないと!」

「〇■△」

「まあ、こういう場合、大人を使った方が確実だな」

 感情欠如が頷いた。コミュ障は自分でも何を言ったのか分からなかったが、賛成だ。

「いい?みんな」

 蛙少年と不眠症と感覚麻痺と上下は、黙って頷いたり、頷かなかったり、何かを呟いたり。

 みんな思い思いに大人に対して、何かを思っているのだろう。好きと嫌いと言えば、特に嫌いを。感情欠如にそんな思いはないだろうが。

 もちろんコミュ障も大人は嫌いだ。しかしコミュ障は、隻腕の一生懸命さに賛成した。

 この賛成が、良い方向にこの状況を運んで欲しい。

「じゃあ僕は今すぐこの森を抜ける。飛ばして行く。すぐ帰ってくるから」

「俺らは仮面ちゃんを捜してる。これでいいか?」

 蛙少年がそう言った。隻腕は頷く。

「仮面ちゃんの二の舞になっちゃ駄目だから3人1組で行動して。あとこの屋敷の明かりを全部点けて出ること。感覚麻痺の考え採用ね」

「おお!」

「雨だから獣もほとんど出ない筈。みんな、本当に気を付けてよ。絶対に無理はしないで」

「隻腕もな。飛ばし過ぎて事故んなよ、雨だし」

「分かってるよ。あとさ、みんな」

 隻腕は尋ねた。

「捜索機関に頼むなら必要になるかもなんだけど。仮面ちゃんの本名って知ってる?」

「……」「……」「……」「……」「……」「……」

 今気付いた。

 誰一人として互いの名前を知らないことに。


 27 感覚麻痺。森の中。


 仮面ちゃんを見つけるぜ!と意気込んでいたのはいいが、完全に足手まといだった。目も耳もいいとは言えない奴が、カンテラ片手に雨の森の中を人捜し。

「感覚麻痺。寒くないんだろーし、雨も感じないんだろーけど、傘はきちんと差せ」

「無茶言うなよ、不眠症。傘とカンテラ持ってるかどうか確認するだけで精一杯なのに」

「…って、感情欠如も先々行くな」

 ザーザーという音が大きくて、2人の声が聞き取りづらい。その中で仮面少女を大声で呼ぶ感情欠如。仮面少女に聞こえるだろうか。

「仮面ちゃーーーーーーーーん!」

「感情欠如って大声出せるキャラだったんだな」

「私に個性はない」

「…そうか」

 屋敷の明かりを見失わないように進む。地面は水を含んで随分足場が悪い。

「仮面ちゃん大丈夫かなぁ」

「お前は自分の心配もしろよ。枝とか引っ掛けて怪我すんなよ」

「不眠症さっきから優しいな」

「後々が面倒なだけだよ」

 ただ、

 不安を紛らすために、ただ、淡々と会話する。

 紛らしたいが為に、笑顔を作る。


 28 上下。雨の中。


 地面に空っぽの虫かごが落ちていた。

「これ蛙くんの?」

「だろうね」

「じゃあここら辺で逸れたってことか」

 コミュ障が泥だらけの虫かごを拾い上げた。カンテラと一緒に持つ。

「=☆〇…」

「蛙くんって仮面ちゃんの顔見たの?」

 聞いてみた。蛙少年の持っている物は、傘とカンテラと仮面少女の仮面だ。

「…見た」

「どんなだったの?」

 気になるから聞いた。それが原因で喧嘩したと言っていたけれど、それでも気になるから聞いてみた。

「びっくりした」

 蛙少年はそれしか言わなかった。

「それだけ?」

「うん」

 ふと思ったが、コミュ障はにこにこしていなかった。


 29 不眠症。真夜中。


 感覚麻痺の目がとろーんとしている。普段全く表情が変わらない感情欠如の目もとろーんとしている。

 眠いらしい。当たり前か。

 数時間森と雨の中をうろうろしている。子供ならとっくに寝ている時刻だ。雨なので月がどの位置にあるかは分からないが、ほぼ真上にあるだろう。少し前から仮面少女を呼ぶ大声も出していない。疲れた以前に、体力が事切れていた。

「仮面ちゃん眠いんじゃねーかな」

「多分ね。…ふわぁぁ」

 感覚麻痺が大きな欠伸をした。隣で感情欠如も欠伸をしていた。

 …まずいな。他の3人もきっとこんな感じだぞ。

「1回屋敷戻るか?」

「馬鹿言うなよ不眠症ー!仮面ちゃんが戻りたいんだよ」

「私は今すぐ寝たいな」

 2人とも頭が回っていない。

 ふと気付いた。木々の間から明かりが見えた。

 3つ。

「……」

 しまった。合流しちゃった。

「あれぇ?何してるの3人共」

 上下の声が聞こえた。

「合流しちゃったら手分けして捜せないじゃーん…ふわあ」

 上下が大きな欠伸をした。

「いた?」

 と蛙少年が聞いてくる。不眠症は首を振る。

 その時、蛙少年と上下の後ろに居たコミュ障がこけた。雨でぬかるんだ地面がべちゃっと音を立てる。

「……」「……」「……」「うわっ!」「え!?大丈夫!?」

「〇Μ*@⇔…」

 気の毒なことに顔から爪先まで泥だらけだ。

「…ちょ、誰かタオル」

「持ってきてるわけないだろ」

「だ、大丈夫?コミュ障」

 コミュ障はのろーっと立ち上がって、持っていた傘を投げた。見る見ると頭から濡れていくコミュ障。しかし泥は落ちていっているようだ。

「わっ、楽しそうコミュ障!私も!」

 上下も傘を投げた。呆気に取られる男子3人。呆気に取られない感情欠如。

「あれ?コミュ障、足元の何?」

 上下がコミュ障の足元を指差す。コミュ障は首を傾げて、上下が指差した物を拾った。

 靴だった。

「……」

 靴?

「誰の?」

「泥だらけだけど古い物じゃなさそうだよ」

「なあ」

 感情欠如は眠そうな声を出した。

「仮面ちゃんってどんな靴履いてた?」

 その瞬間、蛙少年、上下、コミュ障、感覚麻痺の眠気は吹き飛んだらしい。

「すぐ近くにいる!?」

「仮面ちゃんもコミュ障と同じ所でこけたのかな!?」

「☆☆☆☆★彡△!」

「早く見つけよう!」

 蛙少年と感覚麻痺も傘を投げた。4人で仮面少女を大声で呼ぶ。

「なあ」

 と、感情欠如。

「私は眠いが」

「もう少し付き合えよ、感情欠如」

 不眠症は言う。

「お前は『仲間』って言葉を理解しろ」

 不眠症も傘を投げた。感情欠如は暫く傘を見ていたが、畳んでその場に落とした。


 30 感情欠如。森の奥。


 あれだけ煌々と点けた屋敷の明かりが見えなくなっていることに、みんな気付いているのだろうか。カンテラの燃料もあと少しということに、気付いているだろうか。雨に打たれながら人捜しなど、体力が余計に奪われてしまうことに、気付いているだろうか。

 今一番重要な問題は、それだと思うが。

「仮面ちゃーーーん!」

 こんなどしゃ降りの雨の中、声が届くわけないだろう。

「いたら返事してーーー!」

 仮面少女が返事をするとは思えないが。

「みんな心配してるよーーー!」

 私は心配なんてしてないが。

「#$Δ●▽ーーー!」

「……」

 もの凄く眠たい。

「感情欠如ぉ!お前今にも死にそうな顔してるぞー!」

 不眠症が珍しく大声を出した。

「そうか?」

「面倒臭ェって顔だよ」

「……?」

 面倒臭いは感情か?面倒臭いとはどういう感じなんだ?

「みんなと合わせるのが面倒臭ェって顔だろ?でもな、やってみろよ。案外悪くねーぜ」

 その後の、達成感とかさ、と不眠症は呟く。雨でよく聞こえなかった。

「仮面ちゃーーーん!」

 不眠症は4人と同じように、大声で仮面少女を呼んだ。

「……」

 わけがわからない。

 理解が出来ない。

 けれど。

 感情欠如は眠たいのと、疲れたのとを我慢して、大声を出した。

「仮面ちゃーーーん!」

 まぁ。

 悪くはないのかも知れない。

「……――……」

 その時。

 雨の間から声がした。

「何?何か聞こえたの?」

 感覚麻痺には聞こえなかったみたいだが、他の5人は何かを感じた。

「仮面ちゃん…?」

 蛙少年は、もう泣きそうな顔をしている。もしかしたら雨水で濡れていて、涙がどれか分からないだけかも知れない。

「仮面ちゃん、近くにいるの!?」

 雨はザーザーと降って。

 周りは闇。

 上下のカンテラの明かりが消えた。

「仮面ちゃん!!」

 みんなで、仮面少女を呼んだ。


 31 仮面少女。雨の奥。仲間の隣。


「仮面ちゃん!!」

 みんなの、声がした。

 顔を上げる。

「みんな…?」

 1人になって、ずっと泣いていたが、また涙が溢れ出てきた。左目から止めなく涙が零れる。

「みんな、みんな、みんな…」

 仮面少女は大声を出した。

「みんなぁ!!」

「仮面ちゃん!!」

 みんなの声がした。

 蛙少年が見えた。

「仮面ちゃん!」

 蛙少年の後ろに、上下とコミュ障と感覚麻痺と不眠症と感情欠如がいた。

「大丈夫!?」

 さっき、変にこけてしまったらしい、足が痛すぎて動けなかったが、今は気にならなかった。立ち上がって蛙少年に抱きついた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 蛙少年に抱きついたまま号泣した。涙はもう止まりそうになかった。

「ごめんなさい!ごめんなさい!蛙くん、ごめんなさい!」

「何で謝るんだよ。仮面ちゃんは悪くないよ」

「ごめんなさい」

 今の自分には謝ることしかできないみたいだ。

「大丈夫?仮面ちゃん」

 横から上下が覗き込んできた。コミュ障が頭を撫でてくれた。

「無事でよかった」

 蛙少年の後ろで感覚麻痺が笑っていた。不眠症は相変わらず不機嫌な顔で、感情欠如は無表情だ。

「★%♭○」

 コミュ障が靴を差し出してきた。そう言えばどこかで脱げた。ありがとう、と呟いてずぶ濡れの靴に足を入れる。顔を上げると、コミュ障がじーーっと仮面少女の顔を見ていた。

「×+◇#Λα☆?」

「仮面ちゃん目がいっこしかないね」

 上下がそう言った。

 仮面少女には右目がない。しかしこれは、右の目玉がなく眼窩がぽっかりと空いているのではない。

 本来右目がある筈の場所には、何もない。

 ぬっぺりと。

 ただ、肌があるだけだ。

「右側、眉毛もないんだね」

 びっくりした、と上下が言った。

「仮面ちゃん、仮面」

 蛙少年が仮面少女仮面を持ち上げた。仮面少女の顔の前で止める。

「しないでよ」

「……」

「俺の方こそごめんな、仮面ちゃん。でもさ、もう仮面しないでほしいんだ」

「……」

「上手く言えないけど、俺、仮面ちゃんには、仮面なしでも大丈夫ってこと、これから証明して行きたいんだ。だからさ…仮面で、もう、隠れないでほしい」

 コミュ障が、また仮面少女の頭を撫でた。

「そうだね」

 仮面少女は蛙少年から仮面を受け取った。

「私を捜してくれたみんなには、顔見られても平気な気がする」

「右目の所に絵の具で目を描けばいいだけじゃね?」

 不眠症がそんなことを言った。みんなでくすくすっと笑った。

 その時。

『僕の仲間のみなさんはどこですかーーーーーっ!』

 隻腕の声がした。

「え…何?」

「何コレ、拡声器?」

「かくせーきって?」

「声をでっかくするやつ」

『“隻腕”の救世主だぞーーーっ!』

 夜の森に、隻腕の声が響いた。


 32 隻腕。夜明け前。


「みんなぁ!無事でよかった!」

 隻腕は車の助手席で手を振った。仮面少女もいる。蛙少年に背負われて疲れた顔をしていた。仮面はしていない。

 …右目の所に何もない。

 驚いたが今はそれどころではない。というより、むしろ7人の方が驚いていた。感情欠如は微妙だが。

「おい、隻腕…その立派な車何だよ」

「あと…あの、運転席に座ってるのって」

「僕の父だよ」

 うわーっとみんな驚いていた。

 隻腕の父が運転席を下り傘を差して、7人の前に来た。

「息子が世話になったね。ありがとう」

 大人に対しても子供に対してもあまり態度を変えない父は、隻腕の憧れでもある。夜中なのにも関わらず立派な服をびしっと着こなしている父を、7人はぼーっと見上げた。やはり感情欠如は微妙だが。

「早く乗りなさい。風邪を引くぞ」

「え?でも、こんな立派な車に」

「俺らどろっどろだけど」

「いいって!気にせずどんどん入れ!この車大きいから9人乗ってもへっちゃらだぜ!」

「隻腕の車じゃないでしょ!…って感情欠如!?」

「何だ?乗ってもいいと言われたら私は乗るぞ。私は眠い」

 他の6人も顔を見合わせて、どどっと車に乗り込んだ。その際上下は無理矢理乗せられた。そんな7人をみて父は微笑んでいた。

「ごめんなさい、父様、色々と」

「守りたい仲間ができたことはいいことじゃないか?」

 父が隻腕に笑いかける。隻腕は大きく頷いた。


 33 アリシア


 次の日、みんな仲良く風邪を引いた。

 あのまま車で森を抜け、隻腕の自宅に転がり込んだ。森の中にある邸宅より更に大きな邸宅だった。そのまま風呂に突き落とされ(しかも大浴場)、その後今まで使ったことがないくらいふかふかのベッドでみんな眠りこけた。

 次の日には、部屋中に咳が蔓延していた。

「隻腕~助けて~」

 上下が呻いた。もちろん、風邪を引いたのは隻腕以外のみんなだ。

「なんで上下はそんな所で寝てんのさ?」

「ベッドに上がりたくないんだよぉ、げほごほ」

「隻腕、そんな奴ほっとけ。俺に水をくれ」

「だから人数分、水持ってきたじゃないか」

「お前、神か!」

 昼。

 まだぐーぐーと寝ているのは蛙少年と感覚麻痺と感情欠如。上下は床で、不眠症とコミュ障と仮面少女はベッドの上で体を起こしていた。

「仮面ちゃんはもう仮面しないの?」

「…うん」

 仮面少女は水を受け取りながら頷いた。仮面は枕元に置いてある。何故か懐かしく感じた。

「じゃあ、()()()()()じゃないね。なんて呼ぼうか」

「アリシアだよ」

 アリシアは呟いた。

「みんな私を見つけてくれてありがとう。私はアリシアだよ」

 親がくれた名前だ。

 それでも自分の名前だ。

「そっか、アリシアちゃんか」

 隻腕は笑った。

「寝てる3人にもあとで教えてあげてよ。そっかそっか!」

 隻腕は本当に嬉しそうだった。

「ここらで一度、自己紹介でもしとく?」

「はい!はい!私、シェリル!」

「お前は風邪引きなのに何でそう元気なんだ」

「不眠症は?」

「…クライヴ」

「僕はルースだよ。コミュ障は?」

「○▽$★」

「……」「……」「……」「……」

 コミュ障はベッドの側に置いていた、いつも首から提げていた札を手に取った。『私のコミュニケーション能力は皆無です』の文字は雨に濡れてインクがほとんど落ちていた。その札を、コミュ障はくるりと裏返す。

『Liz』と書いていた。この字もインクが落ちかけていたけれど、そう読めた。

「リズ?」

 リズはにこにこしながら嬉しそうに頷いた。

「Жβ◎□Ω!げほげほ」

「後で3人にも自己紹介してもらおっか」

「イライザだよ」

 感情欠如改め、イライザは起きていたらしい。そう言った。

「名前を聞きたいならあと2人、起こせばいいじゃないか」

「病人だぜ」

「お前もな」

 イライザは転んだままの体制で自分の頭を乗せていた枕を、蛙少年に向けて投げた。ジャストヒットした。

「うぐ」

「蛙くん起きろ。ついでに感覚麻痺も起こせ」

「へ?…おう」

 蛙少年は寝惚け眼で感覚麻痺を起こしにかかった。体を揺すりながら耳元に声を出す。

「おーい。起きろだってー」

「……?何?」

「おーい。起きろだってー」

「…何ってば…」

「知らないよ。…何?みんな起きてたの?つか何で枕が2個あるんだ?」

「返せ。私のだ」

「何でここにあるの?」

 まだぼーっとしている2人にルースは笑いかける。

「今自己紹介してるんだ。2人の名前は?僕はルース」

「名前…?ケン」

「感覚麻痺は?」

「ん…ー、ヘネシー」

 ヘネシーは枕元を細目で見ながら眼鏡を捜していた。

「んじゃ、初めましてみんな!名前早く覚えろよ!」

「…待って?何してたの?話に付いていけない」

「眼鏡どこ…」

「風邪治ったらみんなでごはん食べような!」

 みんなで、ごはん。

 森の中の屋敷では、一度も集まって食事を食べたことがなかった。


 1 仮面少女 アリシア

 2 感覚麻痺 ヘネシー

 3 上下移動恐怖症 シェリル

 4 隻腕 ルース

 5 コミュニケーション障害 リズ

 6 不眠症 クライヴ

 7 蛙少年 ケン

 8 感情欠如 イライザ


 34 アリシア。食卓。


「ルースの父さんにさ、俺蛙しか食べないって言ったら表情変えずにそうかって言われてさ」

 ケンの前には蛙料理が山積みで置いてあった。

「すげーな!」

「うん」

 アリシアは頷く。

 2日振りのまともな食事だから、みんなばくばくと食べている。アリシアとケンは2日と半日振りだ。不眠症のクライヴでさえばくばく食べている。

「みんなでごはんって…楽しいね」

「あったりまえでしょ、アリシアちゃん!」

 シェリルがパンを頬張りながら嬉しそうにそう言った。物を口に入れたまま喋るな、とクライヴがシェリルを睨む。イライザとリズは、無表情で、にこにこしながら、食べている。味覚の無いヘネシーも楽しそうにみんなを見ていた。

 その時、ルースの父が部屋に入ってきた。

「君達全員捨て子なんだってね」

 みんな押し黙った。そうだな、と返事が出来たのは感情が空っぽのイライザだけ。

「それで、みんなどうしたい?」

「どうしたいって…」

 大人になることを諦められた子供たちだ。未来のことなんて、考えられない。

「それだよ、父様!」

 ルースが父を見上げた。そして右手で7人を示した。

「僕が7人を雇う」

「……!?」

「…へ?」

「…それは、何をするつもりなんだ、ルース?」

 ルースの父は息子に問いかけた。ルースは決心したように言う。

「僕ら8人で、彼らみたいな子供を保護する施設を作ってみせる。僕が施設長。絶対に投げ出さない」

 いいかなみんな、とルースは聞いてきた。

「施設…って、俺らが?」

「捨て子の気持ちは捨て子にしか分からないと思うんだ」

 その、隻腕のルースの決心に満ちた表情は、

 私達の返答をひとつに絞らせたのだろう。

「みんながいないとできないと思うんだ」

「分かった。やろう」

 一番初めに、アリシアが応えた。

「私も…みんながいたら、できる気がするよ」

「そうだね。じゃあ俺も加わる」

「俺も賛成」

「私も私も!」

「〇●☆%!」

「…じゃあ、俺も?」

「この流れは、私もイエスか」

「ありがとう、みんな!」

 ルースは笑った。ルースの父が頷く。

「君達に、共通したものはなさそうだけど、きっと何かで繋がっているんだね」

「よし、目標が出来たー!円陣組むぞー!」

「お前、腕1本しかねえだろ」

「ちょっと感情欠如!途端に興味失っちゃってるよ!」

「±↓△∞αあはは」

「落ち着いてよ、みんな」

「大騒ぎする理由が分からないな」

 みんなぎゃーぎゃー騒いでいる。アリシアはふふっと微笑んだ。

「アリシアちゃん」

 ケンがアリシアを呼んだ。

「これからもよろしくね」

「うん」

 アリシアはまた笑った。


 35 アリシア。森の側。


 シェリルとクライヴには会いたい人がいるらしい。

「コートくれた人!このコートくれた人!近所だったお兄さん!会いたいよぉぉぉ」

「俺も兄だけど実兄な。俺と同じ境遇にいたんだ。会いに行かないと」

 というわけで2人で出かけて行った。

 さらに。

「なんだかんだ病気かも知れないし、ヘネシーとリズを病院に連れてくね」

と、ルースは2人を引っ張って出かけて行った。

 邸宅があった森の側に建てた家には、アリシアとケンとイライザが留守番していた。

「お前、仮面をやめたら次は眼帯か?」

「…しない方がいいかな」

「どっちでもいいというか、どうでもいいが」

 庭のベンチにアリシアとイライザ2人座って、蛙を採取しているケンを眺めていた。

「きっと自分をあまり好んでいないのはお前だけだからな。見ろ、あの蛇男を。好む好まないどころか、俺は好き嫌いどーでもいいし、みたいな」

「よく分かるね」

「感情爆発娘がいたからな。人間理解がスムーズになった」

 感情爆発娘とはシェリルのことだろう。アリシアはくすっと笑った。

「きっとお前は自分を好きになれる。あんなものを抱えていても受け入れている仲間に、出会えたんだ。お前は運がいいよ、きっと」

 自分に無関心のイライザは、淡々とそう言った。

「そうだね…。周りを好きになっていくうちに、そんな自分を好きになっていくんだね」

「ああ」

 アリシアは空を見上げた。左目、もといひとつしかない目で光を感じる。

 うん、きっと私は、大丈夫だ。

 眩しさに目を細め、アリシアは微笑んだ。


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