伯爵子息は戸惑う
年末年始って忙しいですね!
はい!
言い訳です!
申し訳ありませんでした!
いまいち何故に呼び出されたのか分からないまま、解散となってしまった。作戦計画の進捗について知りたいのかと思ったけど、そもそも関わっていない感じだったしなぁ。
なんだか普通の世間話が終始だったし……、ただシャルロット嬢とのことを聞かれたのは驚いたなぁ。公爵家も優秀な目と耳を持っているみたいだ。
しかし、これからどうするかな。作戦計画は次の段階に移行していて、俺のする仕事はほとんど無いんだよなぁ。ここからは外での活動がメインで、父上たちの戦果しだいなんだよ。
とは言っても、今さら学業に身を入れるのはなぁ。教員を含めた職員たちも入れ替えで良い感じに混乱するだろうし、特にやることがないな。
……ん? 人が……。クリステル様がよく使うサロンにはあまり人は近寄らないのに……。背丈や衣装から女性だろうとは思う。学園にいるだろう年頃の女性にしては小柄だが……、まあそういうこともあるだろう。
特に見覚えのある顔でもないので、軽く会釈でもしてやり過ごすか。
「……」
「……」
いや、あの……。
「少し待ってほしい」
予想外なことに、肘あたりの服の端を掴まれてしまった。そして予想外に可愛い声にびっくりしている。いや、見た目に合う可憐な声なんだけども、学園にいるには幼く感じる声色なのよ。
「……何かご用でしょうか」
人間、予想外な情報で殴られ続けると動けないものなのね。歩くのを途中で止めた状態の男と、その男の服の端をつまんだ少女が一組。……なんだ、この絵。
「エリク・ベクレールで間違いない?」
「左様ですが……」
今日はよく人に話しかけられるなぁ……。なんなんだ、いったい。そろそろ一人で過ごす時間が欲しいんだが。
「話がある。ついて来て」
俺がついて来るのを疑っていない、迷い無き足取り。間違いない、この学園に通っているどこぞのご令嬢だな。……このままついて行かずにどこかに行ったらどうなるかな?
「どうしたの?」
そんな邪な考えをしていると、俺を追い越して歩いていたご令嬢が振り返ってきた。
「あぁ。いえ、少し状況整理を」
「そう」
そう言って、また歩き出した。正直に言えば、一人の時間が不足してきていて、なかなかにストレスを感じ始めている。今日は朝からイベントが目白押しだったからな。そろそろ落ち着く時間が欲しいものだ……。
今この状況も、とうぜん部屋で休めるものだという前提が覆されたストレスで、正直に軽い頭痛と苛立ちを覚えている。俺はどうするべきか……。
そもそもこの令嬢の誘いについていく理由も義理もない。が、従おうとしている自分がいるのも確かだ。幼少の頃から刻まれた習慣とは末恐ろしい……。女性に反抗するという心はすでに折られている……。敵ならば、どれほど、良かったでしょう……。
はぁ、敗北者は大人しく従うのみ……。「ねえ」「ちょっと」「早く」「ちっ」「は?」「うるさい」。すべて姉上の口癖だ。口癖……? いや、うん、よく聞いた言葉だな。文章を羅列されていた時もあったような気がしないでもないけど。短い言葉で区切るの止めてくれないかなぁ……。
「入って」
雰囲気は似ても似つかないんだが……。こう、なんて言うかな……、「これだけ言えば伝わるでしょ?」って感じ? いや、伝わるけども、ねえ?
「失礼します……」
案内された場所は、あまり高位の方が使用されないエリアのサロンだった。ふむ、態度や言葉選び的に伯爵家か侯爵家くらいの家の令嬢かと思ったけど、伯爵家や侯爵家の令嬢なら多少は見知っているはずか……。そんなに数いないし。
「突然お誘いしてしまって、ごめんなさい?」
お茶の準備が終わると、第一声に謝罪がきた。まったく謝意の感じられない謝罪ではあったが……。何というか、全体的に感情が伝わって来ない感じだな……。
「いえ……」
ま、マイペースな方なのかな? その見た目が幸いしてか、不思議と苛立ちは感じないが……。
「わたしはラブレー男爵の娘のリリアーヌ」
男爵家! え、伯爵子息の俺って子爵待遇で扱われるもんだけど、あの、あなた、社交界で爪弾きにされてない? 大丈夫? いや、別に俺は身分を振りかざすタイプじゃないけど、波風立てない振る舞いぐらいは心得ているよ……?
「ベクレール伯爵子息のエリクです」
「知ってる」
いや、うん、最初に聞かれたからね……、知っていることは知ってるよ。でも礼儀的に名乗られたら、名乗り返すでしょ……。
「で、何用でしょうか……」
たぶん世界観が確立されているタイプのご令嬢だから、ツッコムだけ無駄だろうね。
「我が家は危地にある」
そうですか。
「はぁ」
いや、情報が少なすぎる。たぶん助けて欲しいんだろうけど、圧倒的に情報が足りないよ……。
「助けて欲しい」
まあ、落ち着け。お茶でも飲んで切り替えよう。……うん、公爵家の用意する茶葉って、やっぱレベルが違うんだな。
「そうですか」
いや、ごめんて。疲れているんだよ。頭の回転が鈍いんだ。一刻も早く思考を放棄したいんだ。ただ目を閉じていたいんだ……。ここから情報を引き出して、対策を検討して、伝えて、了解を取らないといけないの? いや、俺の裁量で処理できるものなんて大してないけど。
……。
「具体的にどう困っていらっしゃるので?」
無表情で、人形に話しかけているみたいだ……。
「わたしはフィヨン子爵の次男と婚約している」
フィヨン子爵といえば、現騎士団長を勤めているお家だな。確か長男は近衛の一隊を率いていたはず……。で、次男は……、王太子殿下の護衛……。なるほど。
「理解しました」
「ん」
いや、ん、じゃねぇよ。具体的にどう助けて欲しいか言って貰えないと、動きようがねぇよ。
「男爵はどのようにお考えで?」
お茶を一口飲んで、クッキーを噛る。いや、可愛いな……。じゃなくてッ、一服入れてるんじゃないよ!
「婚約は破棄。公爵の側に付きたい」
うむ。
「理由をお聞きしても?」
コクりと頷く。
「学園内の情報が、どこか変」
ほう?
「誰かに操作された印象を受けた」
ふむ。
「そして今日の」
なるほど。
「貴女の独断ですね?」
いや、目をそらしても無駄だから……。
「大丈夫……のはず」
はず、じゃ困るんですけど……。どう報告するんだよ……。こんな報告送ったら、良い笑顔した兄上が待ち受けてるよ……。
「それでは困ります」
「父様はわたしに甘い」
根拠は……?
「それに」
「それに?」
目を少し泳がし、カップを口元に運ぶ。
「個人的に貴方に興味がある……」
おいおいおい。
「笑うとより可愛いじゃないですか」
「ふッ」
あ、ハンカチ使いますか?
独断専行って悪いイメージがありますよね。