公爵令嬢は振り回される
月一くらいで更新していけたらいいなと思っています。
「ベクレール卿がお着きになられました」
一月近く音信不通だったエリクさんをようやく捕まえることができました。どうもベクレール伯爵と結託したお父様の企てにご協力なされていたご様子。
「そう、お通しして」
その企てを私が知ったのは数日前。お兄様からのお手紙で、数日中にアルチュセル侯爵家嫡男のセドリックさんが拘束されると知らされました。加えて校内が騒がしくなるだろうが、私は泰然としているようにと。
そのお手紙で、私の手の届かない所で事態は動き出していることを確信いたしました。内戦の回避。私程度では達成できるようなものではなかったようです。今でこそ水面下の暗闘で済んでいますが、最終的には武力衝突が起きるでしょう。何事も終わり方は目に見えて分かりやすいものが好まれますから……。
「はっ。……それとベクレール卿にドラブル家のご令嬢が接触していたようです」
「は?」
うふふふふ、何故シャルロットさんがエリクさんとお会いできたのかと思いましたが、そういえば今朝に捕り物がありましたね。その中心にいたのは、エリクさん。……なるほど、目標を捉えて行動に移るまでの速さ、流石はドラブル家のご令嬢ですね。
私はエリクさんが今回の企てに関わっていることを、バルテさんにお聞きするまで知らなかったのにどうしてかと思いましたが、一族譲りの野生の勘が働いたのかしら。
「そうですか、ご苦労様」
「は、失礼致します」
それにしても私と会う直前に、別の女性とお会いするなんて……。いえ、突然押し掛けられただけなのでしょうけれど。ふふふ、ドラブル家は有力な武門のお家、無下には出来ませんものね。ふふ。
そんなことを考えていると、エリクさんがサロンへと入ってきました。サロンに一歩足を踏み入れたくらいでしょうか、一瞬だけ動きが止まったように思います。
何か気になるものでもあったのでしょうか。特に変わったことはなかったと思いますが。
「どうかなさいましたか? さあ、お掛けになって?」
「ああ……、いえ特に大丈夫です。失礼します」
何か気にかかっていたように見えたエリクさんでしたが、私の顔を見て何かを納得なされたようです。席に着くと、お茶を準備している侍女に目を向けられました。
……ええ、何となく動くものを目で追ってしまっているのはわかるのですが、目の前にいる私を無視して他の女性を視界におさめるのは不躾ではなくって?
いつもより遅く感じたお茶の準備も整いました。用意したお茶とビスケットを一口づつ口をつけます。するとそれを確認したエリクさんも一口づつ口をつけます。……あら?
「少し、所作がお綺麗になられましたね」
以前にお会いした時よりも洗練された所作になっています。この所作ならば、公式の場に出席されても恥をかくことはないでしょう。
「ああ、それはよかった。クリステル様とまたお茶をする機会もあるかもしれないと、知人に指導を願っていたのです」
私とのお茶のために……? わ、悪くはないお考えですね。
「まぁ、私のためにわざわざ?」
少しからかってみましょう。公爵家の娘に対応するためのものでしょうが、一方的にしてやられる趣味はありませんので。
「ええ、魅力的な女性の前では、男とは見栄を張りたいものですから」
し、正面から真っ直ぐに言われると、面映ゆいですね……。ええ、もちろん社交辞令の類いのものでしょうけれど。……しかし、エリクさんに照れたようすが見られないのが、悔しいですね。
「あら、お上手ですこと。会った女性の方すべてに言っているのではなくて?」
例えば、シャルロットさんとか。あら、彼女の名前を思い浮かべただけでモヤモヤした何かが……。あまり好ましい類いのものではありませんね。
「まさか、貴女よりも素敵な女性を私は知りません。なので他の女性に対しては、失礼ながら数段落ちた言葉となってしまいます」
私の発言を受けて、笑みを深くされるエリクさん。ああ、困らせてしまっていますね……。爵位が上の家の娘に気をつかった発言をするのは当たり前なのに、つい調子に乗ってしまいました……。
「本日はお招き頂いた身ですが、本来ならば先にクリステル様のお話しを聞くのが筋と存じております。しかし、先にお詫び申し上げたく、失礼を承知で申し上げます」
私の一瞬の隙をついて、エリクさんが言葉を紡ぎ始めました。先ほどのような落ち着いた、冷静な雰囲気ではありません。一種の覚悟を決めたような真剣な雰囲気です。突然このような変化を見せられて、私の体も硬直してしまいました。
「クリステル様のお考えに沿うと言っておきながら父の命に従い、その言葉に背く行動をしてしまいました」
軽く頭を下げられた状態で言葉を発するエリクさん。私は持っていたままだったカップをソーサーの上に戻しました。そして姿勢を正しました。何故かそうすべきだと思ったからです。
「申し開きのしようもございません」
ここまで真摯に私の言葉を聞いてくださった方が、これまでの人生でいたでしょうか。お父様やお兄様は幼い子の、家臣たちは主君の娘の、他の貴族の方は公爵の娘の、殿下は親に決められた許嫁の言葉として聞いてはくださっていたでしょう。
「申し訳ありませんでした」
私個人の意を汲んで行動しようとしてくれた人は、いませんでした。出来る範囲で叶えようとはしてくださったのでしょう。より深く下げられたお姿を目にすれば、わかります。しかし、貴族家に連なる者として、家長の命は絶対です。故にこの謝罪なのでしょう。
「頭をお上げください」
しかしエリクさんは頭を上げてくれません。……はぁ、男性のこういう所は面倒ですね。頑なというか頑固というか……。形式に沿った行動を取るときの融通のきかなさは筋金入りです。
「頭をお上げください」
二回目でようやく上げてくださいました。それでも目は合わせてくださいません。まあ、そういった流れが決まっているのですが……。
「お気になさらないでください。現実を甘く見ていた小娘の戯れ言です」
「ですが」
何故こうも形式にこだわるのでしょうか……。それだけ真剣に謝罪しているということなのでしょうけど……。私としてはこう……、エリクさんの素のお言葉を聞きたいと言いますか……。
………………。
「はぁ」
ピクリとエリクさんの肩が跳ねます。ふふ、その動きは少しお可愛いですね。
「私はエリクさんのお言葉が聞きたいです」
「は?」
あ、ようやく私の目を見てくれましたね?
「そのような形式ばったお言葉なんて聞きたくありません」
「え゛っ!?」
その言葉は貴族家の子息が、ましてや貴族家の令嬢に向けて発してはいけないような言葉なのですが、何故か心が暖かくなりますね。……あっ、ですから殿下は私に対して冷たい態度をお取りになられていたのでしょうか。私が王太子殿下としてしか応対していなかったから……。
「あー、えー、あんなに格好つけて出ていった手前、父の命に従って、思いの外に楽しくて、ついうっかりはしゃいだ後に、クリステル様の言葉を思い出しまして……、ははっ、……すいません」
………………は?
「い、いえっ、けしてクリステル様の言葉を忘れていたわけではなくてですねっ! 父から聞いた計略が面白過ぎてですねっ! 公爵閣下も乗り気でいけるなと感じましてっ! つい張り切ってしまいま……し、た、はい……」
ふふふふふ、つまり私個人の言葉とはその程度だと? ふふ、私はエリクさんを過大評価していたみたいですね? うふふ、そうですか……。
「つまり」
「は、はい」
「私を素敵などと言った言葉もその場しのぎのものだったと……?」
「は? いえ、そのあたりの言葉は限りなく本心ですが……」
……そういうところが狡いと思います。
クリステル様、頑張ってくれっ……!