伯爵子息は声をかけられる
この作品は難産な上に見切り発車したので、投稿間隔はバラバラだし、投稿頻度も低いです。
ご了承下さいまし。
はぁ、面倒くさい……。クリステル様に咎められるようなことをした覚えはない。むしろ公爵家の動きに追従した形なんだから、称賛されるようなことじゃね?
とは言っても無視するのは不可能なので、従者をクリステル様のところへ走らせる。向こうも探してはいたんだろうが、バルテが先に見つけたんだろう。
程なくして従者が戻ってきた。今日の午後の講義が終わった後に集合らしい。準備はあちらがするので、こっちは迎えの者が来るまで待機だ。
午後の講義が問題なく終わった。講義の間になぜ呼び出されたのか考えていたが、全くわからなかった。……いや、何で呼び出された?
公爵家からのメッセージを伝えるためかと考えたが、そんなものはウチからの連絡で伝えられるはずだ。内々の言伝だとしても、俺は普通に父上に報告する。公爵閣下がそんな間抜けなことをするわけがない。
ならば、元侯爵家嫡男殿を排除したことや、やり方についての抗議かとも考えたが、公爵閣下公認の策である。これで内々に抗議されるとか理不尽でしかない。
下手の考え休むに似たり。とはいえ今は休憩時間みたいなものなので、このまま考察を続ける。といっても本気で考えるつもりはもうないので、適当なサロンで寛いでいる。
俺の他にもそこそこの数の学生が、各々で集まったり、一人で寛いだりしている。なかなか広いスペースがサロンとして解放されていて、特に何かしらの目的も無く、何となく時間を潰すために利用する者が多い場所だ。
顔見知りの何人かに声をかけられたが、待ち合わせまでの少しの時間だからと一人で席につく。このサロン付きの使用人が、何回も利用しているだけあってか、俺好みのお茶を出してくれる。素晴らしい仕事だ。
目を閉じて、オーケストラの生演奏に耳を傾ける。学園に来て初めて聞いたが、俺は結構気に入っている。落ち着いた調べは、リラックス効果が高い。
が、しかし。完全にこちらへ向かってくる気配で、台無しの気分だ。ずかずかと一人で利用しているテーブルの向かいに、一人の人間が座ったのを確認してから目を開ける。
「ごきげんよう、少しよろしいかしら」
シャルロット・ドラブル伯爵令嬢。勝手に向かいの席に座っておいて、よろしいもクソもないだろう。
「迎えが来るまでならば」
案の定、サロンの利用者に注目されている。本来ならば未婚の令嬢が男性の許しもなく同じ席につくのは、はしたない行為とされる。ましてや彼女は未婚約の状態なので尚更だ。
なんだがこの女、何の躊躇もなく座りやがった。令嬢ほどではないが、俺にもそれなりのダメージはあるというのに。
令嬢が遠慮無く近くに寄るのは、近しい関係の相手が基本だ。つまり家族や婚約者などだ。そして俺は婚約などしていないし、こいつは元侯爵家嫡男殿の元婚約者である。頭おかしいのだろうか。
「……何も言わないのですわね」
「まあ今の貴女と家の立場は、それなりに把握しているので」
まあ、確信犯だよな。未婚の、それも現状は婚約者のいない者同士が、あたかも親密そうな行為を取ったのならばどう思われるかなど一目瞭然だ。……面倒なことを。
「さすがはベクレール家の……。わたくしも形振り構っていられる状況ではありませんので、不躾ながらも行動に移させていただきましたわ」
失脚した家の子息と婚約関係にあった家がどのように見られるのか。まあ良くて運の悪い家。悪くて公爵派閥と敵対している家の一つだろうか。
現状は公爵派閥が優勢。王家側に反撃の様子は見られない。なんせウチが相手の諜報網を圧倒しているからな。取っ掛かりどころか、事態の正確な情報の把握も危ういんじゃないか?
父上が入念に準備された計画が動き出したんだ。そもそもレベル的に上のウチが初手でブチかました。態勢の建て直しを許すとも思えない。第一、父上よりも前の代から準備されていた可能性もある。
軍事力トップと諜報力トップが組むって、悪夢だな。これまでは上手いこと潰されてきたチャンスだったんだろうが、当代で綻びが出来ちまったな。どんなに完成度の高い計画も、時間経過によって綻ぶもんだ。次の作戦も数日後には動き出すだろ。
「私から実家に送った情報が上手く伝わっていなかったようなのです」
「そうですか」
流し目を送ってくるシャルロット嬢。ふむ。
「当家に公爵家と敵対する意思はないのです。お口添え、いただけませんか?」
しなをつくるシャルロット嬢。うむ。ご立派なものをお持ちだ。心なしか胸元を強調するような衣装な気がする。過剰ではないが気合いが入った装いなのは、気のせいではないだろう。
……俺も男だ。そういった所に目が行くのは、どうしようもない。このように女性に迫られるのも嫌いじゃない。むしろ気分が高揚する。なのでニコリと微笑みながら返答する。
「私は公爵家の人間ではありませんが?」
一瞬の間をおいて、シャルロット嬢は不貞腐れたような態度を取る。
「わかってはいましたが、こうもつれなくされると傷つきますわ」
ふむ。
「まさか、とても魅力的で心が揺れ動きましたよ」
実際、形振り構わず動く人間は嫌いじゃない。自分の評判よりも家の状況を考えて動くのも好感が持てる。
「お口が達者ですのね」
「ふふっ、その拗ねたような表情も私は好きですよ」
「なんっ!?」
年相応で可愛いじゃないの。普段のお高く止まっている姿とのギャップがいいね。
「ベクレール卿、お迎えにあがりました」
「ああ」
シャルロット嬢と話している間に向こうの準備が整ったようだ。ゆったりと過ごすのも好きだが、楽しくおしゃべりするのも嫌いではない。
「あっ……」
どうやらシャルロット嬢は、この従者が公爵家の人間だと知っているようだ。彼女もそれなりにおしゃべりを楽しんでいたようだが、公爵家の従者を目にして現実に引き戻されたようだ。少し不安そうな顔になる。
「ご安心を、口添えはいたしましょう」
ドラブル家は精強な騎兵で有名な家だ。ウチの領土が山がちといえど、同程度の騎兵を持つ公爵家といえど、敵じゃないことに越したことはない。
それに政や諜報面では見劣りする家だ。そっち方面からコントロールすれば脅威度はグンと下がる。それに領地はこっち派閥で半包囲されているしな。
まあ、決めるのは俺じゃないので、最終的にどうなるかは知らないけどな。
歩兵も連れず、木々に指向された騎馬などーー。




