伯爵子息は浮わつく
ここから新話です。
どうもこんにちは、エリクです。公爵令嬢のクリステル様に連行されております。図書館で私語なんてするものじゃないですね。こうやって報いを受けるのですから。隙をついて逃げられないようにでしょうか、腕を捕まれております。まあエスコートの体はとられていますが。
「エリクさんはこの後どうすべきとお考えですか?」
今日の夕食は何だろうか、肉料理だったら辛いな。などと考えていたら、クリステル様に今後の展望について問われた。なぜそれを俺に問うのか謎だが、俺は蛇に睨まれた蛙。大人しく従うのさぁ。
まあ、数を集めるのが鉄板だよな。戦で物を言うのは数だ。大軍に兵法要らずなんて言葉もあるくらいだ。下手に策を弄すると統率がとれなくなるのもあるが、単純に数で押し潰せるのだからそうしろよって話だ。人間誰しもしなくていい面倒はしたくないからな。
問題なのは、相手も同じくらいの数を揃えられる点だな。相手は腐っても王家と有力貴族家が数家、全力でかき集めればほぼ同数だろう。
そこで重要になってくるのが速さだ。兵は拙速を尊ぶ、と何かの兵法書で読んだことがある。多少の穴がある作戦でも素早く動いて勝利を掴むべし的な意味だったはずだ。別に王都って守りに適した都市ではないから、囲めば勝ちみたいなとこがあると思う。
もちろんこれにも問題点はある。まず包囲に失敗する。論外だな。次に援軍が無い。敵の援軍と挟まれて終わる。そして敵の援軍を阻むために味方が各地で拘束される。包囲が不完全に終わりそう。
詳細を詰めれば埋められる穴も多いと思うが、即興でそこまでは考えられないです。あとはお宅の優秀な家臣団にお任せで……。
「ちょっと待ってっ!」
はいっ、すいません! 伯爵家の三男坊風情がナマ言ってすいません!
壁際に控えていた使用人が近づいてきた。まずい、何か身分差的にヤバそう! 具体的に何がヤバイのかわからないけど、ヤバそう!
が、しかしクリステル様は視線だけで使用人を下がらせる。……ふむ、何を考えていらっしゃられる? わからん、とりあえず様子を見るか。目は口ほどにものを言う。視線をそらすな、喰われるぞ。
「私は争いを望んでいる訳ではありません。貴方方の話を聞いて、それを回避しなければと考えています」
ん?
「なので貴方にも不用意に触れ回ってもらいたくないのです」
なるほど? ぶん殴るのがお望みではないと……。うーむ、なら俺の言ったことって的はずれにもほどがあるな。クリステル様って気の強そうな顔してるから、勝手に攻撃的な人だと思ってた。
「なるほど、クリステル様の考えはわかりました」
んん? いや、よく見たら強く手を握りしめてるじゃないか。なるほど、舐められて悔しくはあるが、武力に訴えるのはリスクもあるからな!
「父に相談してみます。私では駒が足りませんが、父ならどうにかなるかもしれません」
兵力の減少は隣国による侵攻の危険が上がるし、出征は金もかかる。その上に農民の逃散も招きますもんね! 国力を損なわずに、相手を屈服させるのかぁ。いいねぇ、民を苦しませたくないっていう美辞麗句も使えるなぁ。
「ああ、ご心配無く。父も私も民を不幸にすることを望んではいません。我が領は貧しい土地ゆえに民と手を取り合いやってきました。同じ王国に住まう者として、他領の者にも不必要な不幸など与えぬように尽力いたします」
無用な混乱を生んで民を苦しませようとしたって攻撃にも使えるな。
「ですので、どうかそのようなお顔をなさらないでください」
正直に言って顔なんて見えないけど、プライドを傷つけられて悔しくない訳ないもんな! 令嬢は大変だ。負の感情を人に見られたらいけないなんて教育されるんだもんな。俺も姉上の八つ当たりで酷い目にあったよ……。
お? 手が伸びてきた。誓いの言葉とか必要ですか?
「ご安心を、貴女の御心のままに」
おぉ……。ノリでやっちゃったけど、これすげー恥ずかしいな……。
「それでは失礼いたします」
「あ、はい」
ま、まあいい、さっさと出ていこう。使用人どもの目が俺の心を掻き乱す。そんな目で見るなや。クリステル様も消え入りそうな声だ。クリステル様も恥ずかしかったのだろうか。それとも、感情を抑え込めきれなかったのだろうか。……きっと前者だな!
ふふ、しかしこれから公爵家と王家の間で暗闘が繰り広げられるのか。家の連中にその様子を報告してもらおう。どんな戦いが繰り広げられるのだろうか。結果も凄い気になるな。
「おい、エリク!」
そんなことを考えていると後ろから声をかけられた。
「ああ、バルテか」
図書室から切り上げたのか、廊下で声をかけられる。と図書室に置き去りにしていた道具を渡される。持ってきてくれたのか、ありがたい。
「で、どうだったんだ」
どうやら何を話していたか気になる様子。まあ無理もない、話してる内容が内容の話の途中で拉致られたからな。
「余計なことはするなって釘を刺されたよ」
「そ、そうか」
俺の聞きたいことはそれじゃねぇって思いと、上位貴族の会話を詮索する恐怖が織り混ざって何とも言えない顔をしている。ははっ、そんな顔するなよ。
「安心しろ、早々に全面衝突するようなことは無さそうだ」
「本当か?」
信じたいけど、信じきれないといった顔だ。気持ちはわかる。往々にして部外者に話は伏せられるものだ。王国の民のすべてが部外者な訳ないのにね。
「ああ、むしろ変に話が広がると、その通りに動かざるをえなくなる可能性があるからな、余計なことを話すなよ?」
どんなにデカい船だって潮の流れに逆らうのは一苦労だ。それが舵をとられるレベルの嵐だった場合なんて尚更な。凪いだ状態でやりあうのが当事者にとって一番やり易いのさ。外野は黙ってろってやつだな。そして当事者は少ない方がいい。
「……そうだな。俺は何も見てないし、聞いてない」
賢明な判断だと思う。大船でさえコントロールするのが困難な航海を、小舟でするようなものだ。乗員として大船に乗れるまで待って、楽しようぜ。
「じゃあな、また明日」
とはいえ整理するのに時間はかかるだろう。実際に飲み込みきれていない顔をしているしな。知らないのは怖いことだ。しかし知るためには力がいる。分不相応な力で知りに行くと、潰されるのが貴族社会だ。でも知らないのは怖いことだ。なので弱い家は強い家に近づく。知りたいからな。
「あ、ああ……、じゃあな」
さて、俺は父上に報せなくては。といってももう既に把握していそうだけどな。だからといって報せないのは悪手だ。実は知らないかもしれないし、実際に学園に生徒として居る俺からの報せでは情報の精度が違うからな。
ああ、今なら肉料理だって食べられそうだ! どんな無理難題を吹っ掛けられるかと思っていたが、大人しく見ていろとは……。ええ、大人しく見ていますとも、場外乱闘は既に始まっているだろうけどな。
学園内のことに介入することはしないが、学園外の暗闘には協力することになるだろう。当主の命には逆らえないからなぁ。クリステル様の要請よりも重いのだ。悪く思わないでほしい。
「エリク・ベクレール殿、少しいいだろうか」
上向いた気分が、急降下する。油断した。どうも浮わついているな……。気を引き締めなければ、呑気な学園生活は終わったんだ。
「どうしましたか、セドリック・アルチュセル殿」
アルチュセル侯爵家の嫡男であり、現宰相の長男だ。そして家の領地の隣に領地を持っている。勢力拡大前からの家老を隣に置くとか、これ如何に。
「いえ、クリステル嬢と図書室を出ていくのを見かけまして、珍しいなと思い……」
見えていたのか……。周りを見る目なんて無くしたと思っていたんだが、まだ腐っていなかったか。
「ああ、少しばかり話を」
「ほう、どの様な」
面倒臭い……。大方、敵大将と新たに接触を持った俺を探りにきたんだろうけど、仮想敵にぺらぺら話すほど馬鹿じゃない。
「レディとの会話の内容を尋ねるなど、野暮というものでしょう」
「……それもそうですね」
さっさと男爵令嬢の下に帰れ。あの令嬢に縁の下の働きを評価する器量なんざないと思うぞ? 派手で表面的なことしか見えないタイプだろ、あれ。あんたのことも顔の良い根暗とか思っていそう。
「引き止めてすまなかった」
「いえ」
はぁ、しばらく潜るか。