伯爵子息は忠告する
いやぁ、一息に書けました。
「ありがとう」
あ、そのまま返してくるのね。そこは洗って返しますって流れじゃないのか。残念な奴だ。だが、まあいい、話の本筋からは逸れた問題だからな。
「私に妙案があります」
俺はいい笑顔をしていることだろう。良いものを見せて貰えた上に妙案が浮かんだからな。小動物と戯れる施設を作るというのはどうだろうか? 儲かると思うんだ。癒しとはストレスを吹き飛ばす効果があるはずだ。効果の程は今しがた俺が検証した。効果は認めざるを得なかった。家では犬を飼っているんだが、その子犬が可愛いんだ。姉上からはこき使われ、兄上からは謎のプレッシャーをかけ続けられる生活で荒れた心を癒してくれた。いつの間にか犬の管理の責任者にされていた。だが、いいんだ。合法的に子犬と戯れられたからな。だが、俺は学園へと送られた。兄上は鬼に違いない。素晴らしく良い笑顔で、足にすがり付いて懇願する俺から子犬を奪っていったからな。鬼畜眼鏡めッ! 滅びろッ! なぜ面倒極まりない勉学をしに学園なぞに来なければならなかったんだッ。俺はあのまま可愛い猟犬たちと戯れる生活で満足だったんだッ。獣だけでなく、人まで狩ってくる優秀な子たちだった。誉めてやれば尻尾を振って喜んでくれる。なんて可愛い奴らなんだ……。俺は満ち足りていた。それなのにッ!
「どうしたの?」
「ああ、いえ、失礼しました」
危ない、過去に囚われていた。プティはどうしているだろうか。俺が初めて育て、調教もした猟犬だ。生まれたての頃は両手に収まるほど小さかったのに、学園へと飛ばされた頃には押し倒される程にまでデカくなったなぁ。優秀な奴で、プティと出掛けた猟で獲物を獲れなかったことはなかったな。風下に潜み、俺が追いやった鹿を一撃で仕留めた時のことは今でも鮮明に思い出せる。あれは会心の猟だった。今はどうしているだろうか。群れのリーダーになっていてもおかしくないな。いや、なっているに違いない。他の奴らも可愛く優秀な猟犬だったが、プティほどではなかったからな!
「大丈夫?」
「え、大丈夫ですよ?」
何を言っているんだこいつは。プティがリーダーになれないと言いたいのか? なんだ? 戦争か? どんなに可愛らしい姿をしていようが、所詮は人間だ。例え女性であろうが、手加減する理由にはならないな。プティは最愛の相棒だ。覚悟はよろしいか?
「お、怒っているの?」
「いえ、怒ってなどいません」
怒りは思考を鈍らせる。心は熱く、なれど頭は冷徹に。家の家訓だ。
「そ、そう」
何を怯えているのか。先に仕掛けてきたのはそちらだろう。覚悟無き挑戦ほど滑稽なことはないぞ?
「それで、妙案とは?」
あん? 妙案?
「さっき妙案があると言った」
そんなこと言ったか? って、お茶が冷めているじゃないか。冷やす用の品種じゃないから、微妙な味だな……。さて、妙案か。妙案、妙案……。そもそも何の話をしていたんだっけ。今すぐ実家に帰りたいということしか頭に浮かばないんだが……。
「公爵家に渡りをつけてくれると言った」
え、そんなこと言ったっけ? チッ、不味いお茶だな。だが、思い出してきた。渡りをつけるとは一度も発言していない。
「そんなことは一言も発していませんね」
「上の空だったから、いけると思ったのに……」
甘いな。言質をとられるような発言をしないように調きょ、教育されているんだ。心ここに在らずと言えど、発言する時には戻って来る。
「まあその可愛らしい拗ね顔に免じて、先程の発言は水に流しましょう」
他の子犬に現を抜かしてしまった時のプティを思い出せた。うん、プティの拗ね顔の方が愛らしいな。フハハ、そのような上目遣い、怒って目を合わせないようにしてきたプティの足元にも及ばんなッ。
「まあ、妙案という程でもありませんが」
ふふ、目を反らしてくるとは、プティの真似か? 残念だが、人間風情ではプティの愛らしさを再現することは不可能だ。
「婚約破棄の件はそちらで書状でも送って下さい。こちらで勝手に裏は取ります。破棄できる理由はいくらでもあるでしょう?」
学園や警戒度の高い貴族家から出る情報は、すべて諜報網に引っかかるからな。殿下の側近の婚約者の家が警戒されていない訳がない。そこに俺からも報告を送ることで信憑性が増す。もちろんスパイの可能性もあるが、そこは俺の責任外の話だ。集まった情報を吟味して、最終的な決断を下すのは兄上や父上、そして公爵閣下の仕事である。俺の出る幕じゃない。
「その程度で大丈夫なの?」
何故か驚いているようだ。何か特別なことをしなくてはいけないとでも思っていたのか? むしろそういうのは父上とかは気に入らなそうだけどな。余計なことをせずに、当たり前のことをしてくれる方が面倒がなくていいもんな。だってオタクとウチって信頼関係を結べていないし。
「信頼の置けない誰かの常道を外れた行為など、警戒対象以外の何物でもないではないですか。変に奇をてらったことなどせず、当たり前のことを為すべきだと助言しておきましょう」
兵は詭道なり? 残念、まだ詭道を弄する前の準備段階なんだ。戦とは、それを行う前の準備で勝敗が決するもんだからな。万全の準備を整えて挑み、相手も万全の準備を整えていた時に初めて策を弄するのさ。
ラブレー男爵家の立場からしたら今は策を弄する場面なのかも知れないが、我々の立場からしたら無駄に場を乱す狼藉者にしか感じられないのだ。何故か。事前に立てた計画通りに事を進めている段階で、予定に無く、計画を変更する必要のない場面で、自分たち以外の何者かが、計画に変更を余儀無くされるような何かをされるとどう思う?
敵の行動による結果ならば仕方ない。戦とはそういうものなのだから。しかし、敵ではない、味方でもない相手だったら? ましてや男爵家は現状では敵寄りと見られている。敵と判断されても仕方なくないか? 何故なら利敵行為なんだから。
もちろんこちらに利する策の可能性もある。しかし、俺は戦局の全体像を知らない。あくまで学園内における情報関連の責任者程度だ。本営への取り次ぎはしましょう。職責の範囲なのだから。事前計画を狂わせかねない情報を知ったならば、本営に知らせつつ、相手に改心の気があるならば諌めつつ、それも本営に知らせましょう。俺を通された以上はそうするしかない。
「もちろん貴女や男爵閣下のお考えを上奏されても構いません。これは、私は止めましたよというパフォーマンスなので」
これで男爵家が普通の内応工作で終わっても、男爵家の策に興味が出た場合は、本営から男爵家へと連絡が行くことだろう。そこに関しては俺の感知するところではない。まあ、この事くらい既に知っていそうではあるけど。
「わかった」
理解が早くて助かる。どこまで理解しているかは知らないが、余計なことはするなということは理解してくれたはずだ。
「それで、貴方は婚約者はいるの?」
うん?
「いませんが」
なんだ突然。今までの会話で婚約者の話題に飛ぶような内容があったか? 無表情を装っているようだが、目が泳ぎまくっているぞ?
「なら、次の婚約者には貴方を選ぶように進言しておく」
「いえ、私の所まで降りてくる前に兄上の候補で止まると思いますが」
いい歳の癖に婚約者候補すらいないからな。何度か候補は上がったが、すべてご破算になっている。溢れ出る鬼畜オーラを気取られたに違いない。人をいたぶることに快楽を見出だす悪魔の嫁になりたい令嬢などいるのだろうか? いや、いない。何故ならまだ兄上には婚約者候補すらいないからなッ!
「兄上の嫁になるには、並大抵の気力でなくては持ちませんよ? お覚悟を」
「………………」
この作品の主人公はエリクです。(暗喩)
それにしてもこいつ、チョロいな……。




