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魔の在る世界と戦う者たち  作者: 宮音 詩織
9/28

確認と契約

 翌日の朝早くから、聖ナータ教会の一室に、ジャスミンらは呼びだされた。呼びだしたのは当然ミランである。仕事の詳細な内容と、打ち合わせを行うためという名目だ。いちおう、ジャスミンらは武装を整えて集合することにした。三人を戦士として扱うのであれば、それが彼女らの正装である。

 ミランは先に部屋にいて待っていた。彼は布張りの椅子に深く腰掛け、くつろいだ様子を見せている。さすがに、卓に足を載せるようなまねはしていない。傍に、数人の侍従が控えている。彼は親しげな表情を浮かべ、ジャスミンに言葉をかける。

「やあ、依頼を受けてくれたこと、とても嬉しいよ、ジャスミン」

「そうね、割がよさそうだったから、つい釣られちゃったわ」

 ジャスミンは抑揚のない声で返した。イナンナは、ミランと目を合わせようとしていない。カイトは早くも退屈そうに大あくびをした。ジャスミンは内心、ずいぶん良い態度だわ、と皮肉交じりに感心しつつ、横目でカイトを睨んだ。ミランへ言葉を向ける。

「で、ひととおりの説明を聞いてもいいかしら?」

「もちろんだよ」

 ミランはカイトにちらりと視線をやった。その刹那、明らかな敵意が表情に浮かぶ。カイトは表情を一切動かさず、それを受け流していた。イナンナが反応してミランを睨む。が、すぐにカイトの手が伸びて、彼女の目を覆った。小声で彼女の名を呼ぶ。イナンナは小さく唸ったが、すぐにミランから顔をそむけた。ジャスミンは、安堵して肩の力を抜いた。

 ミランは人当たりの良い微笑みを浮かべ、部下の名を呼んだ。呼ばれたヒイラギが素早く進み出て、卓の上に地図を広げる。ジャスミンは歩み寄ってそれを覗き込む。ホートルノックを含む、この辺りの地方をおおまかに記したものだ。ミランは指で地図をなぞった。

「まずはエグナータに向かう。ここに魔導研究院の支部があるのは、兄上がそこでご活躍のジャスミンは知っているね?」

 折り合いの悪い相手が話題に引き出され、ジャスミンは不快感を露骨に表情で示した。ミランは構わず続ける。

「研究院で、予言の母メルクリアがお待ちだ」

 ミランは反応を確かめるように、そこで空白を置いた。ジャスミンは腹にふつふつと沸く苛立ちをこらえつつ、目だけを上げて続きを促す。ミランは笑みを深くして、地図に置いた指を滑らせた。

「メルクリアを迎えたら、次はこちらだ……銀灰の遺跡サロ」

 その名を聞いた瞬間、カイトの眉がぴくりと上がった。馬鹿な、と言葉がこぼれる。イナンナは全身を強張らせている。ジャスミンは青ざめた顔で、ミランを見つめた。

「本気?」

「本気さ」

 ミランは平然と返した。

 銀灰の遺跡サロは、この辺りに住む者たちにとって禁忌の場所と言われている。途方もなく大きな魔を封じているから、というのがその理由である。長寿のエルフたちでさえ記憶に残らない昔、遥か千年の過去より、その遺跡は存在していた。最初から遺跡となるべくして造られた場所、とさえ言い伝えられている。サロの遺跡に魔を封印するため、各種族の英傑たちが集い、人間の召喚師がその身と引き換えに封印をほどこした、という物語は、誰でも知っている英雄譚だ。遺跡では、サロの魔の存在を証明するかのような現象がみられる。一切の魔法が使えないのだ。治癒も、身体強化も、守護魔の加護でさえも、全てだ。同じように魔法を帯びた道具も、全く役に立たなくなる。

「サロに行くとしたら、あの令状は詐欺だわ」

 無謀とわかっている頼みなら受けなかった、というジャスミンの抗議に対して、ミランは不敵な笑みを浮かべた。

「予言の母メルクリアを伴えば、全ての危機は事前に察知することができる。わかってしまえば、回避は容易いだろう」

 それに、と彼は自分の侍従たちを自慢げに見回した。彼らは表情ひとつ変えることなく、まるでミランの影であるかのように、静かにそこに控えていた。人ごみにも薄闇にも紛れそうな、目立たない装いをしている。

「ヒイラギたちシノビの技には、魔法がないからね。サロでも変わらず力を発揮してくれる」

「そううまくいくかしら?」

 ジャスミンは懐疑的な態度を崩さない。ミランの言葉をどこまで信用してよいのか、測りかねていた。できれば最初からぜんぶ疑ってかかりたいところだが、それでは仕事にもならない。舌打ちしたい気持ちを抑え込み、黙る。カイトも何も言わないが、おそらくジャスミンと似たようなことを考えているのだろう。

 ヒイラギが無表情のままで主人ミランを見、低く言った。

「……どうしても、これらを伴わねばなりませぬか?」

「愚問だよヒイラギ。どうしたんだい、珍しいね?」

 ミランは優しくたしなめるような声音で、しかしその目線は厳しく射るように部下を見やった。ヒイラギは頭を深く垂れた。

「お許しを」

 ミランは満足したように息をついた。カイトが問うような視線を向ける。それに気づき、ミランはふっと鼻で笑った。

「僕の目的を知る者は、僕一人で構わない」

「なら、なんで俺たちを伴う必要がある?」

 ミランには信頼できる有能な部下がおり、護衛であればそれで十分なはずだ。サロの魔について究明するつもりならば、ホートルノックの戦士よりもエグナータの魔法研究員から人を雇うほうが、よほど効率がよい。誰の目にも、この仕事はただカイトに嫌がらせをしたいがためのものにしか見えない。が、それにしては、予言の母などという大仰な連れがいるというのも謎である。

「あいにくと、信頼できない相手からの仕事をやるつもりはない」

 カイトはきっぱりと言い放つ。ジャスミンは、ついに言ったか、と頭を押さえたが、反面、よく言った、とも感じていた。

 個人的に思うことがあるとはいえ、ジャスミンとカイトがミランの仕事を引き受ける気になったのは、彼が貴族であるからというところが大きい。何かあれば、彼の家の名が、そしてその後ろにいる王の名が傷つく。それはプラナウス家の信用を、民からも国外からも、王からも失うということに繋がりかねない。そこまで愚かな真似はするまいと判断してのことだ。だが、ミランの態度や話しぶりは、彼の貴族という背景さえかすむほど、信用ならないものだった。

 ミランは、やれやれと首を横に振った。

「サロへ行くのは、王の安寧のためだ。あの遺跡にいい噂はない。それを調べるのに、ヒイラギたちシノビの捜査能力と、予言の母の危険予測、それに、荒事や野営なんかに慣れた君たちの力が必要だ……」

 納得してくれたか、と挑戦的な笑みをカイトとジャスミンへ向ける。カイトは目を細め、ミランの真意を探るような目を向けたが、ミランは余裕の色を浮かべたまま、それを崩すことはない。ジャスミンもまた、ミランの腹を探ろうとその瞳を見つめたが、ミランはその視線を悠然と受け止め、逸らすことさえしなかった。真偽定かならぬ不穏な噂のあるサロを放置しておきたくないという王の意向は、たしかに頷ける。とはいえ、このあたりは王の管轄外の土地だ。ジャスミンは考えるように視線を落とし、カイトを見た。彼はまだ、ミランに目を据えている。ミランもまた、それを正面から返している。

 カイトとミランはしばし視線を衝突させていたが、やがてミランが、根負けしたかのように目を閉じ、はあ、と大袈裟な息を吐きながら天井を仰いだ。

「そう、我が王は、サロの遺跡に利用価値のある魔力が眠っていると考えている。その回収が可能かどうかの調査を、僕にご依頼されたんだよ」

 王に逆らうことのできない貴族であることを、弱りきったような声で主張する。嘘ではないように聞こえるが、真実とも判じづらい。しかし、理屈は通っている。また、ホートルノックがサロの調査に協力すれば、いちおうこの周辺の治安を守るユニオンの顔を立てたことにもなるし、王が勝手に遺跡をどうこうしたという状況にもならないだろう。ミランは、ジャスミンとカイトが納得するに足る理由を、いくらでも並べる用意があるようだった。

 これ以上の問答は、話が堂々めぐりするだけだろう。そう判断したのか、カイトは黙り、ミランから顔を逸らした。ジャスミンはまだ納得できず、憮然としたままだったが、カイトが問うのをやめたので、同じように黙った。危機管理に関しては、ジャスミンよりもカイトのほうが感性が鋭いのだ。彼が看破できなければ、もう認めるしかない。

「納得してくれたね?」

 ミランがどこか勝ち誇ったように言い、契約書を取り出した。卓に置き、ペンとインクを準備させる。

「ではカイト、ここにサインを」

 カイトは頷き、契約書に目を通した。ジャスミンも横からそれを覗き込む。目的は銀灰の遺跡サロの調査。カイトとジャスミン、そしてイナンナの役割は、調査の立ちあい、モンスターからの護衛、野営の補佐など。誰かが死亡したときには、残った者に賠償金が金百枚、支払われる。その後の仕事に支障があるほどの怪我を負ったならば、本人へ金百枚の手当てがある。ここまでの条件は十分満足できるものだ。ただし、サロで見聞きしたことについては王の許可なく触れまわってはならず、サロで入手したものはすべて王のものとすること、とある。ジャスミンは契約書を隅から隅まで三度、じっくりと読んだ。カイトを見ると、彼もまた同じようにしているらしく、視線が動いている。彼は目を上げ、ジャスミンに確かめるような眼差しを向けてきた。ジャスミンは眉間にしわを寄せつつも、頷いた。

 カイトはペンを取り、インク瓶に先をひたして、紙に走らせた。黒々としたインクの線が伸びて、カイト、と名前を綴る。それを目で追いながら、ミランが優越感に満ちた、そしてなにか含みのある笑みを浮かべた。ジャスミンは横で、それを睨むことしかできなかった。口に苦いものが広がった気がして、唇をゆがめる。

「では、明日の早朝に出立だ。今日は支度を整えて、よく休んでくれたまえ」

 ミランに言われると、カイトとジャスミンとイナンナは、すぐにその部屋を辞した。まるで敗走するような感覚が、胸に重くつかえた。


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