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魔の在る世界と戦う者たち  作者: 宮音 詩織
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帰路にて

 カイトたちの所属するユニオンは、その名をホートルノックという。千人ほどで構成された組織であり、ひとつの街である。ユニオンが形成する街は大陸各地にあるが、中でもホートルノックは、それなりの豊かさを保っていた。周囲の村落からの信頼も厚く、その保護のもとに下ろうとするものは少なくない。ホートルノックは少しずつ、そして確実に規模を拡大しているユニオンである。

 この小さな大陸ゴンテアには、人類をはるかにしのぐ数の魔物が跋扈している。動物とそう大差ないものから、恵みと災禍を気まぐれにもたらす圧倒的な存在、物語のそれがそのまま現実に現れたようなものまで、多様な種が存在する。海の向こうの大陸では、人類が地上の主のような顔をしているらしいが、このゴンテアにおいては、それも眉唾ものの話にすぎない。この大陸では、人類は生き残るためにユニオンと呼ばれる集団を形成し、それぞれのユニオンで城砦や城壁を築き、野良魔――モンスターから身を守って暮らしていた。

 もっとも、この大陸を支配せんとする者がいないわけではない。千年に至る歴史をもつ王都パラド=レアリエでは、その威光によるのか、「人類の繁栄」を至上の理念として掲げるゆえか、この大陸で比べるものない豊かな暮らしが約束されていた。王に仕える貴族たちが封じられた土地も例外なく豊かに栄えることから、あえてその支配を望む者たちは年々増えるばかりだ。

 ホートルノックは頑なに自治を保っていた。王の庇護を受けるためには、果たさねばならない義務がある。男は労働と兵役、女は出産と労働者の世話、子どもには徹底的に管理された教育である。そして何らかの事情でそれらの義務を果たせない者は、「空籾」と呼ばれ、捨てられるのだ。ホートルノックに集い暮らす人々は、それらの義務に大人しく従うような気性ではなかった。そも、ホートルノックを興したのは、元は「空籾」として扱われた王国民たちであった。

 いちど「空籾」とみなされた者たちには、それとわかるように印がつけられる。額の烙印がそれだ。ホートルノックでは、「空籾」とされた者たちがその噂を聞きつけ、亡命してきて身を寄せる、ということがちらほらあった。カイトもまた、その一人だった。十二の頃に、国の民にふさわしくない思考を持つとして烙印を押され、退治するモンスターをおびき出すための餌にされた。ほかの「空籾」たちがモンスターに引き裂かれ、喰われるなかを、死に物狂いで逃げ出し、そして偶然、ホートルノックの戦士に拾われたのだった。

 カイトとジャスミンは、山ほどの荷を積んだ車を押して、ホートルノックへの帰路を急いだ。報告もなく一晩を外で過ごしてしまったのだから、死んだと思われていてもおかしくはない。二人はホートルノックにおける数少ない「対モンスター戦闘」の専門家である。そのため、二人の安否はユニオン全体に影響を与えうるのだ。

 豊かな森と肥沃な大地の境目に伸びる馬車道を、二人は歩いてゆく。イナンナはその少し後ろから、まるでなにかの声に耳をすませるかのように注意深いようすでついてきている。空は昨日と同じような曇りだが、雨の匂いはしないから、いずれ晴れるだろう。大地のところどころには、頑丈な木の柵が見える。その内側には、田畑が広がっているのだ。モンスターがいつ襲ってくるかもわからないゴンテア大陸では、壁で囲わねば耕作もままならない。

 半分は森に埋もれ、半分は平原にせり出すようにして建てられた、石造りの城壁が見えてきた。数百年の歴史をもつユニオンもあるなかで、ホートルノックは五十年ほどの歴史しか持たないが、そのぶん、外壁には新しい技術が用いられており頑丈である。

 イナンナが、あそこ、と声を上げ、天の一点を指差した。カイトはその指の示す先に、白い翼を広げた女性の姿を見た。有翼の種族アンジェの、見知った顔である。間延びしたような声で三人の名を呼ぶ彼女は、豊満な体つきの成熟した女性ながら、子どものように無邪気な笑顔を浮かべている。

「おかえりー、みんなが心配してたよぉ」

 ジャスミンが大きく手を振って、その声に応えた。

「ただいま、キャンディ!」

 翼持つ彼女は、優雅な身振りで三人の前に降り立った。へえ、と感心した声をこぼしながら、荷車の上のドラゴンをまじまじと眺める。

「これは遅くなっちゃうねぇ、すごいすごい」

 有翼のアンジェは、豊かな感情と鋭い感性の種族ゆえか、思考することは不得手としている。そのため、外見から想定されるほど知性的な言動をとることは少ない。キャンディは子どものような好奇心のまま、三人の獲物をへ無遠慮に手を伸ばした。カイトとジャスミンは慣れており、気にかけることもしないが、イナンナだけは戸惑ったようにキャンディを見上げていた。幼い視線を察したのか、キャンディはイナンナへ向けて、親しげに両手を振った。

「こわくないよー、キャンディだよー」

 どう反応するべきか困って、イナンナは固まってしまう。カイトは助け船を出した。

「ところで、キャンディがわざわざ迎えに出てきたってことは、俺たちはかなり信頼されてないらしいな?」

「しょうがないよぉ、なかなか帰ってこないんだもん。あ、わたしはねぇ、心配とか、してなかったよー」

 これもまた、楽天的なアンジェらしい物言いである。ジャスミンがキャンディの肩に自分の肩を軽くぶつけた。並ぶと、キャンディのほうが長身である。

「キャンディは信じてくれなきゃ困るわよ」

「信じてたよぉ。わたしがふたりを心配するのって、ダメだもんねぇ」

 確かに、とカイトは苦笑した。キャンディは基本的に他人を心配したりしない。特に、カイトとジャスミンへのそれは決して揺らがない。二人がホートルノックから出かけても、必ず帰ってくると、無条件に信じている。そのキャンディが二人を心配しなければならない事態に陥ったときには、ユニオンのほかの人々はとっくに、カイトとジャスミンを諦めているだろう。

 キャンディはユニオンにいるどのアンジェよりも速く飛ぶことができた。また、風と雷を扱う魔術に長け、空を舞いながらそれを使いこなすことさえできた。そのため彼女は、ホートルノックで最も信頼を受けている配達人、キャリアーの称号を得ている。時に、カイトやジャスミンとともにモンスターと戦うこともあるほどの実力者である。

 キャンディは大きく翼を広げ、空へと舞いあがった。三人の頭上で大きく円を描きながら、声を張る。

「みんなに知らせてくるよぉ、帰ってきたーって」

 そうして誰の返事も聞かないまま、ホートルノックへと飛び去った。白い羽根がひとひら、イナンナの鼻先へゆっくりと落ちてきた。イナンナはそれを両手で包むように受け止め、キャンディを見つめた。彼女はまたたくまに小さな粒のようになり、壁の向こうへと降り立っていった。

 カイトは思わず呟いた。

「嵐が来て、一瞬で飛んでった」

 その言い草に、ジャスミンが横で吹き出した。イナンナが納得したような面持ちで、ゆっくりと頷いた。

 まるでその嵐が吹き飛ばしたかのように、雲が流れて、光が差し始めた。カイトは苦々しい表情を浮かべ、フードのついたマントを羽織った。ダイモンであるカイトは、太陽の光にさらされると、すぐにのぼせてしまう。ジャスミンが明るい声で、イナンナに言った。

「ホートルノックに入るころには、きっと晴れてるわね」

 空を見上げたイナンナは、明るい声でそれに同意した。


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