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魔の在る世界と戦う者たち  作者: 宮音 詩織
17/28

始まり

 松明が燃える。一行はサロへと足を踏み入れていた。

 奥に進む。狭い廊下を抜けると、先にあったのは広間だ。カイトは拍子抜けしたような声を出す。

「なんだ……これだけか?」

 ここまでは一本道だった。広間の先にも、行けそうな場所はない。ミランは部下たちに命じて、部屋をくまなく調べさせた。隠し通路や扉があるはずだ、と彼は言う。

 少しして、メルクリアが目を閉じた。

「静かにしや」

 その言葉に、ミランは素早く反応した。

「皆、作業を中断」

 手を振って部下たちをその場に待機させる。音が消えた。耳が痛いくらいの静寂。密やかな皆の息遣いだけが、そこにある。

 メルクリアはゆっくりと目を開いた。その目に、妙な光が宿り、揺れている。

「なるほど、この建物は、この遺跡は蓋に過ぎぬと……サロの本体は既に埋められ、誰にも手出しは叶わぬものとなっておる」

 その言葉に、カイトの表情が緩んだ。ジャスミンも口元をほころばせる。が、その視線がモスに向いたとき、それは再び強張った。モスは厳しい顔で、メルクリアの言葉の続きを待っている。メルクリアはその視線を察したのか、ふっと鷹揚に笑んだ。

「ミラン殿の読みの通りじゃの」

 ジャスミンが、思わず声を上げた。

「わかっていたの、じゃあなぜ?」

 ミランは笑みを深くした。

「ヒイラギ、始めろ」

 は、とヒイラギが答える。彼は細身の剣を抜き、そして、ジャスミンに向け突っ込んできた。

 カイトが素早く割り込んで、ヒイラギの剣を弾いた。二人の周囲をミランの部下が取り囲む。モスが斧を構え、振り上げた。

「ふんぬっ!」

 気合一閃、その勢いに、ミランの部下たちが怯む。

 カイトが剣を構え直し、ヒイラギに向ける。ヒイラギはカイトを見、ジャスミンと目を合わせた。ジャスミンが弓矢を構え、舌打ちする。

「なんのつもりよ?」

「……ミラン様の望みのためならば」

 彼は言って、再びカイトに斬りかかった。カイトが応じて剣を振るい、そして二つの剣は、交わらなかった。

 カイトの剣は宙を斬った。ヒイラギは彼らを大きく跳び越して、その背後に回った。刹那、ヒイラギの声。

「殺しはしない」

 モスがうめき声を上げた。

「ぬおっ!」

 どさり、という重い音を立てて、ドワーフが倒れ伏す。

「モス!」

 ジャスミンが悲鳴を上げる。直後、その動きが止まる。ヒイラギの腕の中にあるものを目にして。

「イナンナ!」

 細身の剣が、イナンナの首に突き付けられている。

 こらえきれない、とばかりに、ミランが笑い声を上げた。

「全く、読み通りだ。さすがはメルクリア。僕も彼らのことはよくわかっているつもりだったが、まさかこうもあっさりと」

「わらわの予言は外れぬ」

 メルクリアは悠々と応じた。カイトが舌打ちし、ミランを睨む。

「イナンナをどうする?」

「王のために働いてもらうのさ」

 ミランは言って、少女に歩み寄った。

「さあ……わかるね、どうすればいいか」

 イナンナはミランを睨む。

「利用なんかされない。殺せばいい。イナンナ、怖くない」

 声は震えているが、瞳には決意がある。ミランは至極優しい笑みを浮かべた。その視線を、カイトとジャスミンに流す。イナンナは息を呑んだ。

「わかっているよ、イナンナ……君が本当に怖いのは」

 うぐ、と唸ってモスが身を起こす。ジャスミンが彼に駆け寄ろうとし、多くの武器に阻まれる。多勢に無勢だ。シノビたちは対人戦闘の達人である。その気になれば、カイトとジャスミンとモス、三人を殺すのに、いくらの時間も必要ない。イナンナが声を上げる。

「やめて!」

 ミランは満面の笑みを浮かべた。

「君は本当にいい子だね、優しい子だ。本当ならば、こんな連中に……カイトなんかに執着していいはずがないんだよ」

 イナンナの顔を覗き込む。

「わかるね、イナンナ?」

 イナンナの表情に、明らかな恐怖が現れた。

「いや……いやだ、イナンナは」

「さあ、助けを請うんだ、カイトのためではなく、この僕のために」

 イナンナは首を横に振る。縋るような眼差しが、カイトに向く。カイトもどうしたら良いのか判断に迷い、イナンナを見つめ返す。視線がぶつかる。

 イナンナの瞳の中の感情が、凪いだ。

「……たすけて、いにしえの子……グイルグ=サロ」

 全てが静まり返った。

 大地が揺れた。轟音、サロが崩れる。カイトとジャスミンがイナンナの名を叫んだ。が、彼女は応じない。ミラン達はメルクリアの指示に従ってイナンナの周囲にいる。唯一、安全な場所に。

 やっと立ち上がったモスが、カイトの腕を掴んだ。

「逃げるぞ、ここにはおれん!」

「けど」

「出直すんだ!」

 モスの怒声。カイトはイナンナを見た。その瞳に、カイトもジャスミンも映ってはいない。彼女の周囲に、大きな力が収束しているのがわかる。それに耐えきれず、サロの遺跡はどんどん崩れていく。

 カイトは悪態をついて、ジャスミンの腕を掴み、駆けだした。ジャスミンは素直に従ってきた。放心しているのだ。モスが先導し、崩れかかる遺跡から、なんとか転がり出る。

 しかし、外も安全ではなかった。周囲の大地が隆起し、裂け、風が唸る。空は急激に曇り、雷が鳴った。カイトが怒鳴る。

「なんだよ、何が起きてるんだよ!」

「説明は後だ」

 モスは蒼白な顔をしつつ、ホートルノックの方角へ向けて走りだした。


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