始まり
松明が燃える。一行はサロへと足を踏み入れていた。
奥に進む。狭い廊下を抜けると、先にあったのは広間だ。カイトは拍子抜けしたような声を出す。
「なんだ……これだけか?」
ここまでは一本道だった。広間の先にも、行けそうな場所はない。ミランは部下たちに命じて、部屋をくまなく調べさせた。隠し通路や扉があるはずだ、と彼は言う。
少しして、メルクリアが目を閉じた。
「静かにしや」
その言葉に、ミランは素早く反応した。
「皆、作業を中断」
手を振って部下たちをその場に待機させる。音が消えた。耳が痛いくらいの静寂。密やかな皆の息遣いだけが、そこにある。
メルクリアはゆっくりと目を開いた。その目に、妙な光が宿り、揺れている。
「なるほど、この建物は、この遺跡は蓋に過ぎぬと……サロの本体は既に埋められ、誰にも手出しは叶わぬものとなっておる」
その言葉に、カイトの表情が緩んだ。ジャスミンも口元をほころばせる。が、その視線がモスに向いたとき、それは再び強張った。モスは厳しい顔で、メルクリアの言葉の続きを待っている。メルクリアはその視線を察したのか、ふっと鷹揚に笑んだ。
「ミラン殿の読みの通りじゃの」
ジャスミンが、思わず声を上げた。
「わかっていたの、じゃあなぜ?」
ミランは笑みを深くした。
「ヒイラギ、始めろ」
は、とヒイラギが答える。彼は細身の剣を抜き、そして、ジャスミンに向け突っ込んできた。
カイトが素早く割り込んで、ヒイラギの剣を弾いた。二人の周囲をミランの部下が取り囲む。モスが斧を構え、振り上げた。
「ふんぬっ!」
気合一閃、その勢いに、ミランの部下たちが怯む。
カイトが剣を構え直し、ヒイラギに向ける。ヒイラギはカイトを見、ジャスミンと目を合わせた。ジャスミンが弓矢を構え、舌打ちする。
「なんのつもりよ?」
「……ミラン様の望みのためならば」
彼は言って、再びカイトに斬りかかった。カイトが応じて剣を振るい、そして二つの剣は、交わらなかった。
カイトの剣は宙を斬った。ヒイラギは彼らを大きく跳び越して、その背後に回った。刹那、ヒイラギの声。
「殺しはしない」
モスがうめき声を上げた。
「ぬおっ!」
どさり、という重い音を立てて、ドワーフが倒れ伏す。
「モス!」
ジャスミンが悲鳴を上げる。直後、その動きが止まる。ヒイラギの腕の中にあるものを目にして。
「イナンナ!」
細身の剣が、イナンナの首に突き付けられている。
こらえきれない、とばかりに、ミランが笑い声を上げた。
「全く、読み通りだ。さすがはメルクリア。僕も彼らのことはよくわかっているつもりだったが、まさかこうもあっさりと」
「わらわの予言は外れぬ」
メルクリアは悠々と応じた。カイトが舌打ちし、ミランを睨む。
「イナンナをどうする?」
「王のために働いてもらうのさ」
ミランは言って、少女に歩み寄った。
「さあ……わかるね、どうすればいいか」
イナンナはミランを睨む。
「利用なんかされない。殺せばいい。イナンナ、怖くない」
声は震えているが、瞳には決意がある。ミランは至極優しい笑みを浮かべた。その視線を、カイトとジャスミンに流す。イナンナは息を呑んだ。
「わかっているよ、イナンナ……君が本当に怖いのは」
うぐ、と唸ってモスが身を起こす。ジャスミンが彼に駆け寄ろうとし、多くの武器に阻まれる。多勢に無勢だ。シノビたちは対人戦闘の達人である。その気になれば、カイトとジャスミンとモス、三人を殺すのに、いくらの時間も必要ない。イナンナが声を上げる。
「やめて!」
ミランは満面の笑みを浮かべた。
「君は本当にいい子だね、優しい子だ。本当ならば、こんな連中に……カイトなんかに執着していいはずがないんだよ」
イナンナの顔を覗き込む。
「わかるね、イナンナ?」
イナンナの表情に、明らかな恐怖が現れた。
「いや……いやだ、イナンナは」
「さあ、助けを請うんだ、カイトのためではなく、この僕のために」
イナンナは首を横に振る。縋るような眼差しが、カイトに向く。カイトもどうしたら良いのか判断に迷い、イナンナを見つめ返す。視線がぶつかる。
イナンナの瞳の中の感情が、凪いだ。
「……たすけて、いにしえの子……グイルグ=サロ」
全てが静まり返った。
大地が揺れた。轟音、サロが崩れる。カイトとジャスミンがイナンナの名を叫んだ。が、彼女は応じない。ミラン達はメルクリアの指示に従ってイナンナの周囲にいる。唯一、安全な場所に。
やっと立ち上がったモスが、カイトの腕を掴んだ。
「逃げるぞ、ここにはおれん!」
「けど」
「出直すんだ!」
モスの怒声。カイトはイナンナを見た。その瞳に、カイトもジャスミンも映ってはいない。彼女の周囲に、大きな力が収束しているのがわかる。それに耐えきれず、サロの遺跡はどんどん崩れていく。
カイトは悪態をついて、ジャスミンの腕を掴み、駆けだした。ジャスミンは素直に従ってきた。放心しているのだ。モスが先導し、崩れかかる遺跡から、なんとか転がり出る。
しかし、外も安全ではなかった。周囲の大地が隆起し、裂け、風が唸る。空は急激に曇り、雷が鳴った。カイトが怒鳴る。
「なんだよ、何が起きてるんだよ!」
「説明は後だ」
モスは蒼白な顔をしつつ、ホートルノックの方角へ向けて走りだした。




